ピアノステージ

Vol.04-1 <天才>を育てた母親の4つの理念 五嶋 節さん

2007/06/30
<天才>を育てた母親の4つの理念

一緒に練習することが楽しくなるように、
子どもに話をしてあげる
これが五嶋流・親子のコミュニケーション

 6月16日、五嶋節さんによる講演会が、 横浜で開かれた。五嶋節さんは、五嶋みどりさんと五嶋龍くんという二人の天才ヴァイオリニストを育てたお母さん、と同時に、幼い二人にヴァイオリンの手ほどきをした指導者でもある。
 みどりさんが10歳のとき、ジュリアード音楽院でドロシー・ディレイ女史に師事するために母子ふたりでニューヨークへ移住。その後11歳でヴァイオリニストとしてデビューし世界をアッと言わせた。その後の活躍はアメリカの教科書にも載るなど、天才少女として一躍有名になった。一方、17歳年下の龍くんは物心着いた頃から姉が世界的ヴァイオリニストという家庭に育ち、小さい頃からテレビのドキュメンタリー番組が放送されているので皆さんもよくご存知だろう。龍くんは7歳でデビューしヴァイオリニストとして活躍しながら、現在はハーヴァード大学に在学中だ。

理念1 ヴァイオリンは"楽しく"練習させてきた

 子どもにピアノやヴァイオリンを習わせている親にとって、どうすれば子どもが練習をするのかは共通する悩み。みどりさんだってきっと小さい頃は練習をいやがったにちがいない...。
 「子どもが弾いている曲のバックグランドを話してあげたりしていました。作曲家のことを本で調べて子どもに話す、曲について何かお話をつくる、何でもいいんです。自作でいいんですよ、子どもにはわからへん!
 子どもはつらい思いをしてヴァイオリンの練習をしているんです。だから母親が何か話をしてくれることが子どもはうれしい、お母さんの話を聞くのがうれしいからお母さんと一緒に練習するのが楽しい、子どもがそう思えるように努力しました。その場で話ができないときは、夜寝るときに話してあげればいいんです」
 「小さい頃から親子のコミュニケーションができていれば大丈夫なのではないでしょうか。中学生になってから急に子どもにベタベタしても遅い。自分の子どもの頃を思い出しても、子どもの頃というのはスポンジのように何でも吸収する、その時期からが大切なんです。  私は自分で読んだ本の内容を子どもに話して聞かせていました。食事を自分で作ってあげるのもいい。朝の起こし方、寝かせ方など、親と子だけでできることを探せばきっとあるはずです。みどりとは、ビーズ、刺繍、何でも一緒にやってきました。"楽しいこと"とは、子どもと遊園地に行くことだけではありませんから。」

理念2 お母さんと競争させよう!これも親子のコミュニケーション

 「子育てというのは、自分の子どもが世界一と思わなければやってられない。子どもというのは、ヴァイオリンを弾くのも、泣くのも、みんなお母さんに向かってしているんです。お母さんがこの子はイケる!と思ったら、それでいいじゃないですか。 それで恥ずかしいですか? お母さんが喜んで子どもといるのが一番。」
 「子どもは競争が好きです。今の日本は競争をなくしてますけどね、運動会でも順位をつけないとか。でも『お母さんと走って競争しようか』と誘えば、イヤという子どもはいない。みんな好きです。喜んでお母さんと走ります。10回のうち1回でもお母さんに勝ったら、もう大喜びですよ。  コンクールも競争。子どもが負けたり、受験に失敗したとき、その時こそがお母さんの出番です。」


理念3 「いじめ」はなくそうとするより、熱中できることを与える

 最近は学校での子どもたちのいじめ問題も深刻だ。「アメリカで、私の息子も日本人だからという理由でいじめを受けたけれども、日本人が日本人であることは変えられない。 人間性は家庭で、社会性は学校で学ぶべきこと。子どもたちが大人になるまでには、いじめを跳ね返せる力を付けさせなければならない。もし学校の先生がいじめに対して何も対応してくれなかったら、それを乗り越えられるだけの力を自分で身につけられるんだと、喜びなさい!」
 いじめによる自殺については、キリスト教でいう・死んだら罪・ということを親は教えなければいけない、ときっぱり。なぜ自殺をしたらいけないのか、節さん自身も子どもたちに話してきかせたと言う。
「太宰治の小説が高校の教科書に載っているのもおかしい。太宰は心中したんですよ。相手を殺し自分も殺した人間が教科書に載るなんて!死んではいけないと教えなければならない校長が自殺したり、自殺した大臣もいましたね...」
 節さんは近著のなかでも、「いじめをなくそう」という抽象的な正しい意見より、ポジティヴな思考回路を持つことが必要なのではないかと説いている。音楽でもスポーツでも、子どもが熱中してできることを大人は与えよう!と明確だ。

理念4 自分に自信のあるやり方で子供に接する

 「子どものためにどうしたらいいのか、と無理に子どもの側に立って悩むのではなく、自分に(少しは)自信のあること、自分に(少しは)自信のあるやり方で子どもに接する、そのほうが、子どもも疑いなく自信を持てるようになっていくのではないでしょうか。」という言葉で近著は終わる。
 節さんにとって「自分に自信のあること」がヴァイオリンを弾くことであり、「自分に自信のあるやり方」がヴァイオリンを教えることだったのだろう。自分に自信をもって、子どもにできることは何でもしようという節さんの強い気持ちが二人の天才を育てたのだ。
 子育て中の親御さんへのメッセージとして節さんは呼びかける。
「子育てに自信のないお母さんもおられるでしょう。でも、お母さん、もっと自信をもって! 『母は強し』ですよ。マリア様の名前は誰でも知っているでしょう。でもキリストの父親の名前はほとんどの人は知らないんですから。(世間のお父様、本当にご無礼いたしました)」

※この記事は、2007年6月16日(土)日本キリスト教団横浜港南台教会で行われた五嶋節講演会「私の子育てとこれから」と近著『「天才」の育て方』の内容をもとにまとめた。
みどりさんは、11歳でニューヨーク・フィルとの共演でデビュー、龍さんは、7歳で札幌のパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)にてコンサート・デビューし、世界的なヴァイオリニストとして、国内外で活躍中。みどりさんの趣味は読書、観劇。龍さんの趣味は、空手(二段)、ギター、音楽社会奉仕活動。
五嶋 節さん
五嶋 節 (ごとう せつ)
天才の育て方 「天才」の育て方
五嶋節 著
(講談社現代新書1890)
本体700円(税別)
1949年大阪生まれ。5歳でヴァイオリンを始め音楽学校に進学、オーケストラなどの音楽活動の後、結婚。71年みどり誕生。82年母子でニューヨークへ移住。みどりは名教授ドロシー・ディレイ女史に師事し同年デビュー。再婚後の88年に生まれた龍は7歳でデビュー、現在はハーヴァード大学在学中。現在、音楽をとおして子どもの心を鍛える「音楽道場」を日本で主宰。特定非営利活動法人ミュージック・シェアリング副理事長、非営利団体Midori & Friends(みどり教育財団ニューヨーク)理事も務める。今年5月に著書『「天才」の育て方』が出版された。

Vol.4 INDEX


2007年6月30日発行
<天才>を育てた母親の4つの理念
一緒に練習することが楽しくなるように、子どもに話をしてあげる
五嶋 節さん
教育の未来を考える(2)
専門家との出会いが子どもたちの夢や進路を拡げる
小正 和彦先生
ピアノの誌上レクチャー(1)
ピアノはどこで音が鳴っている?
武内 順一さん
音楽の仕事風景(1)
東京音楽大学(事務助手)加藤 千晶さん
フィリアホール(企画制作)保科 隆之さん
「私のちいさなピアニスト」映画評論
寺脇 研さん
ピアノ教養クイズ(2)
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ピティナ編集部
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