Vol.07-4 ドイツのバロック音楽~ポリフォニー
鍵盤楽器の発達により、ひとりの奏者が複数の声部を支配するポリフォニー(多声部音楽)が可能になりました。厳格な対位法を使ったJ.S.バッハの「インヴェンション」「シンフォニア」と「平均率クラヴィーア曲集」のフーガは、テーマを追いかける形の緻密な進行が、脳と指と耳の訓練になることから、私たちの必修科目になっています。
当時の楽器チェンバロでは、打鍵の強弱でとが付けられませんでした。現代ピアノで弾くときに、ペダルを使って大きなクレッシェンド、ディミヌエンドでフレーズを作ると、バロックのイメージから遠くなります。指のレガートを助けたり、オルガンのような壮大な和音の響きを助けるために、ペダルは決して濁らないように使いましょう。 では、クレッシェンドやディミヌエンドはどうやって作るのかということですが、バロック期の作品は、シークエンス(同型反復)がよく出てきます。そのパターンの音が上がるたびに、段階的にクレッシェンドをつけていきます。タイルの模様のようですね。 バロック音楽には、「アフェクテンレーレ」という特殊な表現方法がありました。音楽のパターンによって、情緒を表現します。たとえば、宗教曲では、カノンや分散和音の反復は、キリストに対する忠誠を、トレモロは怒りを表します。半音階の下降型はキリストの十字架はりつけに対する深い哀しみを表します。調性、和声、旋律形など、曲の中で統一をはかり、1曲を一貫した情緒でまとめる方法です。 バロック音楽は、個人の感情を歌い上げるのではなく、大自然や神に祈る気持ちを忘れずに、アフェクレンレーレすることをお勧めします。 それでは、ドイツのポリフォニー曲より、J.S.バッハ「平均律第1巻8番変ホ短調」の3声のフーガを見てみましょう。 |
J.S.バッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻フーガ第8番 (出版:Peters 出展楽譜:J.S.Bach Das Wohltemperierte Klavier I) |
3声(上声・内声・下声)のうち、内声から始まるテーマは、落ち着いたなめらかなメロディーで、第1小節2拍目、第2小節4拍目が中心となり、下降していきます。この長い音の次にくる音をやわらかくスタートすることで、長いレガートが作れます。続いて、第3小節で上声より内声の5度上から、次に、第8小節で下声より内声の1オクターブ下から、テーマがそれぞれスタートして、3声がそろいました。 |
A 1~8小節 |
1拍目下声、2拍目内声、3拍目上声で、先ほどのテーマの反進行(逆の音の流れ)が続きます。この部分の中声は、左右2本の手の内側の指でリレーさせ、3本目の手のように弾きます。内声は、左右よくつないで練習。次に上声+内声、内声+下声、上声+下声の2声部ずつ。テーマの初めと長い音を出すように練習します。(右写真参照)
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B 54~56小節 |
下声の1拍目から「シーミー・・」と歌ってみましょう。テーマが2倍の長さで登場です。3回繰り返されて、4ページのフーガは終わります。教会オルガンの脚鍵盤のような効果が生まれ、神の栄光が降りてくるような不思議な気持ちになりますね。 フーガは各声部を手が覚えてから多声を手が覚えてから多声を弾きますが、耳が2声をはっきり聴き分けること。3声では耳も3つあるように聴くことが大切です。手も耳も3つ。超能力を手に入れて、ポリフォニーを楽しみたいものです。 |
C 62~66小節 |
ヘ長調→ニ短調→ヘ長調の3楽章にわたる"独奏曲"です。ヴィヴァルディ(イタリア)の協奏曲を模倣して書かれたことから、このタイトルが付きました。アルプスの北の国ドイツでは、南国イタリアへの憧れが強かったことも伺われる明るい曲です。全楽章を通して、はオーケストラのtutti(全員奏)を表し、はソロのパートを表しています。コントラストを付けて演奏してみましょう。
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6曲あるフランス組曲の中でも、よく知られる長調の曲。フランスの舞台に限定していませんが、宮廷舞曲の雰囲気があります。どの組曲にも、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの大きな枠があります。アルマンドはドイツのゆったりした曲、クーラントはフランスの活発な曲、サラバンドはスペインからイギリスを経てゆったりと威厳のある曲、最後のジーグは12/16や6/8拍子で進行感をもってさわやかに軽いハッピーエンドになります。(サラバンドの後に、メヌエット、ガボット、ブーレなどの舞曲が置かれます。)
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バロック期各地域の音楽や作品を見てきました。宮廷ではチェンバロのソナタや表題のついた楽しい小品や舞曲が演奏されました。ソナタは古典派で大きく開花し、ロマン派、近現代と通して名ソナタが生まれています。ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、ブラームス、ラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ・・・。ソナタ形式は、作曲家にとって魅力的なスタイルなのでしょう。標題付き小品は、古典期にはあまり見当たりませんが、ロマン派のメンデルスゾーン 「無言歌」、シューマン「子供の情景」グリーグ、チャイコフスキー、印象派のドビュッシー・・など、数々の名曲を生みました。教会のオルガン奏者兼作曲家だったバッハは、家族のために「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽手帖」や「インヴェンションとシンフォニア」などの教本をまとめました。「平均率クラヴィーア曲集」では、音階の12音すべてから始まる長調と短調を使ったプレリュードとフーガを作曲し、鍵盤音楽の「旧約聖書」と呼ばれるテキストを残しました。
このように、今日のピアノ曲の原点は、バロック期にスタートしていることがわかります。当時は電気がなく、ローソクを使いました。もちろん、ラジオ、テレビ、CDなどもなく、静かな生活でした。生の音楽は、さぞかし貴重な楽しみであったことでしょう。車も汽車もない馬車の時代ですから、他国の文化を知る機会は少なく、その土地に伝わる音楽を大切にしていたと思われます。今日から振り返ると、各地の特色が強いのは、そのためです。
私たちは、バッハ中心のバロック音楽を勉強する機会が多いので、今回はバロック期全体に視野を拡げて、その意味を探ってみました。新しい発見があったでしょうか。さらに、音楽や歴史の本を読んでみてください。チェンバロの音を聴いてください。それからピアノに向かうと、すばらしいアイデアが浮かんでくると思います。
Vol.7 INDEX
2008年6月30日発行 |
特集 現代ピアノで探るバロック音楽の世界 |
イタリアのバロック音楽~二部形式ソナタ |
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フランスのバロック音楽~クラヴサン曲 |
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ドイツのバロック音楽~ポリフォニー |
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・2008ピティナ・ピアノステップ 継続表彰コンサート ・イベント情報~もっとバロック音楽を学ぼう!楽しもう! |