戦後の医学界とピアノ教育界の発展にそれぞれ大きな貢献をしつつ90歳を越した現在もなお第一線で活躍される、医師・日野原重明先生とピアノ指導者・藤澤克江先生。二人のお話から、生涯現役を続ける原動力を探りたい。
日野原重明先生●1911年山口県出身。
京都帝国(現京都大学)医学部 卒業後、
1941年聖路加国際病院の内科医として
キャリアをスタート。現在、同病院理事長・
同名誉院長、聖路加看護大学理事長・
同名誉学長、日本音楽療法学会理事長
など多くの役職を兼任。2000年からは
「新老人の会」を旗揚げして「75歳以上」
の新しい生き方を提唱している。
96歳の現在も多方面で活躍される医師・日野原重明先生にとって、実は音楽こそが大切なもの。10歳のとき急性腎臓炎にかかり、学校を休んでいる間にピアノを習い始めたことがきっかけ。大正7年頃のことだ。「当時、男の子はね、ピアノを弾くとね『女の子だ、ピアノなんか弾きやがって』とイジメられてね。ピアノを弾いてるのを見られるともうイヤなんですよ。先生はアメリカの宣教師の奥さんなんだけれども、優しいようで結構厳しくて。指の上に小さなリングを置いたり、コインを置いて、それが落ちないように弾けと...。手が動くとパーンとはねられるくらい、もう涙が出るような厳しいレッスンでね、3年間習って、中学に入ってからちょっと辞めたんですけれどね。それが私の、音楽へのきっかけ」
「それから、21歳の時に医学部で結核にかかって大学を1年休んだ時にね、寝たままでじーっとしているわけですから、レコードを聴いてそれを楽譜に写すということを独学でやっていたの。そして我流の作曲も始めたことから、ますます音楽に深入りしていってね...。大学院生だったときには40名くらいの教会の混声合唱団でフォーレの《レクイエム》などを指揮して。それ以来今日まで、クリスマスには僕が《メサイヤ》の棒を振るっていうことが続いてるの」
8年前には、ベストセラーになった絵本『葉っぱのフレディ』を日野原先生自身の作曲・脚本・演出でミュージカル化し、話題をさらった。看護大学生ではじめた公演だが、今では専門家の手も加わり10歳以下の子どもが50人も出演するミュージカルとなって、毎年公演がつづいている。そして来年はなんと、先生自身が80歳の老人役で主役を演じる!
「自分で作ったものなので、セリフを覚えるのは難しくないのですが、カーテンコールの時に踊らなければならないのです(笑)。それがちょっと難しい。私自身いくら音楽が好きだといっても、96歳にもなってパフォーマンスをやるなんて...。ふつうとても考えられないことを、やっているのだと思います(笑)」
藤澤克江先生●1917年生まれ。
東京音楽学校(現東京藝術大学)
ピアノ科卒業後、ドイツ・マンハイム
音楽大学にて研鑽を積む。その後、
積極的な演奏活動とともに教育者と
しても都留文科大学教授、国立音楽
大学ピアノ科教授、熊本音楽大学短
期大学(現平成音楽大学)ピアノ科客
員教授を歴任。現在、社団法人全日
本ピアノ指導者協会(ピティナ)監事。
藤澤克江先生は定年で国立音大教授を辞めたのちも全国各地で講座やレッスンなどを精力的に行い、そのなかで新たに気づいたことも多いという。「ピアノを教えはじめたころは、音楽というのは、才能があること、環境が整っていること、良い先生についてること、そういうことによって生徒は伸びていくもんだと思っていたんですが、だんだん、そうじゃない、日本人に共通した欠点があって伸びないのではないか、と思うようになりました。
ひとつは、日本の気候は湿気が非常に多いということに気づいていない人が多い。私はベヒシュタインとスタインウェイのピアノを使っているのですが、日本ではヨーロッパで習ってきた弾き方をしていたのでは全然駄目、音が鳴らないということがわかりました。弦楽器の方は早くから気づいているのに、ピアノはもう、それこそ『猫が歩けば音が出る』と考えられていまして...。ですからいまは日本では日本の気候にあった弾き方をすればピアノは鳴ることが解ってまいりまして、大変面白うございます」
「また、練習ではちゃんと暗譜で弾けていても、舞台に出ると真っ白になってしまうこと。はっきり言うと、指が勝手に動くという演奏ではなく、やはり頭の中できちんと覚えていていないと、人を感動させる演奏にはならないような気がいたします。ですが、なぜ緊張すると弾けなくなるのか、私どもは脳の中を解かりませんものですから、脳専門の先生にうかがったことがございます。すると、緊張する理由が"個人差"にあるのではなくて、そういう人にはある共通したマイナス点が多いようだ、というお話なんですね。それならそのマイナス点を少しでも除いてやれば緊張しないで弾けるんじゃないか。そういうことにちょっと目を付けだしたら面白くて、今、それをレッスンでやっております。」
イメージどおりの音色で演奏できるようにと考案された指のトレーニングは、2003年に本場ドイツでも講座が開かれるほど高く評価されている。後に井口秋子訳で出版された『現代ピアノ演奏方』(ワルター・ギーゼキング&カール・ライマー共著/音楽の友社)を学生時代に原文で読んだという藤澤先生のピアノへの探究心は、70年経った今も衰えることがない。
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