ピアノステージ

Vol.05-2 Stage+人(4)田村 響さん

2007/11/30
ロン・ティボー国際コンクール優勝 田村響さん
過去の再現ではなく、現在を創造したい
2002年のピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリを受賞した田村響さん(20歳)が、2007年10月にフランスで行われたロン・ティボー国際コンクールピアノ部門で見事に優勝。一時帰国中の田村響さんに、ステージでの演奏についてお話をうかがった。
今この瞬間に、全身全霊をかけて
Stage+人(4)
過去のピティナ・ピアノコンペティション
入賞写真

 何回も経験を積んでステージには慣れたでしょうと言われることもありますが、演奏会での緊張は、常に人生最大の緊張です。慣れた演奏というのは、練習どおりに演奏するような、既にでき上がっているものを"なぞる"だけの演奏になるのではないかと思います。出来たものを上げる様な先が見えて演奏していると、大体どのような演奏をするのか、予想がついてしまいます。
 僕はそうではなく、毎回毎回ステージごとに、過去の再現ではなく、今この瞬間に、全身全霊をかけて、現在を創造したいと思っているのです。一音一音エネルギーを溜めて、そこからどのように次の音につなげていくかを決めていきます。知っている曲を聴いていると、次に続く音が解っているはずなのに先が見えない状態、つまり作曲家が作曲している時と同じような気持ちになることがありますね。多分、演奏中の僕も同じなのだと思います。聴いてくださる方にも、そのように感じてもらえたら嬉しいです。態度、表情、しぐさ、オーラ、すべてのことに出てくると思うし、それが自然とお客さまにも伝わるはずですから。そのためには本番に向けて相当に集中し、緻密な練習をしなくてはなりません。ステージでいい緊張感をもって演奏できた時は、エネルギーの消費も多いけれど、充実感も大きいです。

2年前の壁と、今年の大きな心の変化
 留学する直前、リサイタルや受験などいろいろなことが重なって、切羽詰まったというか、自分で消化しきれていなかった部分がありました。何をすれば良いのか自分でもわからなくなっていたんです。でもそれから数ヶ月経って、何かが見え、自分の中で意識が変わった時、同時に周りの反応も自分の満足感もすべてが変わってきたように感じました。ピアニストではクラウディオ・アラウが好きなんですが、アラウの演奏を聴くようになってから、考えが変わっていったのかもしれません。その時期が僕にとっての1つの壁だったと思います。そして今年に入ってからの大きな心の変化も、今になってみると、とても必要な経験だったと思っています。想像するのではなく心の底から何かの変化が起こった時、違う世界が見えてきて、そこで学び、意思次第で人として変われるものなのだと実感しました。
Stage+人(4)
10月30日 ロン・ティボー国際コンクールのガラ・コンサートで、ラフマニノフ
を熱演。パリの聴衆からの拍手とブラボーが鳴り止まない。
自分の中には「僕はこうです」というものは無いですね。カメレオンのように色を変えられる存在でありたいと思っています。ピアノを弾いていても、その世界が自分に近づいてきて、その中に自分がフッと入って持ち上げる。そういうふうにいつでも自分を変えられるように、自分の中にいろいろな引出し、パレットを持ちたいですね。そして、それが自然に出てくるといいと思います。
一瞬一瞬を大切に、自分の芸術を高めていきたい
審査員長のアルド・チッコリーニ先生(中央)、
フランスの副審査員長フランス・クリダ先生の祝福を受ける

 ピアノを弾いているとずっと座っているので、下半身が鈍くなりがちですよね。ふだんはジョギングをしたり、K1選手のダイジェストを見ながらトレーニングをして鍛えています。ピアノのためだけではなく、まずは男として(笑)。人生でも、人として生きて、そのことが延長線上でピアノに影響していくというようになればいいな、と思っています。ロン・ティボー国際コンクールで優勝した後、今はたくさんの人がワッと来るけれど流されないようにしようと、母と電話で話しました。母は、僕のために何かを祈っているというような、常に精神的な部分で応援してくれています。
 優勝しても、これで自分の本質が変わってしまう訳ではありません。僕はいま二十歳ですが、人間はいつ死を迎えるか分からないということをいつも頭においています。だからこそ、今に感謝し大切にしようという気持ちを忘れずに、これからも生きている一瞬一瞬に全力投球して、自分の芸術を高めていきたいと思います。


田村 響 プロフィール
田村 響 Hibiki Tamura
1986年愛知県安城市生まれ。3歳よりピアノを始め、愛知県立明和高等学校音楽科卒業後、現在ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に在学中。これまでに、深谷直仁、清水皇樹、クラウディオ・ソアレス、クリストフ・リースケの各氏に師事。ピティナ・ピアノコンペティションC,E,G級金賞、2001年全日本学生音楽コンクール名古屋大会中学校の部第1位、2002年エトリンゲン青少年国際ピアノ・コンクールB部門第2位及びハイドン賞、第26回ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、第18回園田高弘賞ピアノコンクール園田高弘賞第1位を受賞。2003年度<アリオン賞>受賞。
第14回大幸財団丹羽奨励生。(財)江副育英会奨学生。2004年「田村響デビューアルバム」CDをリリース。 2006年第16回出光音楽賞受賞。
これまでに、ザルツブルク、ワルシャワ、ブラジル、オランダ、パリ、ロシアなど国内外で演奏、大阪シンフォニカー、日本フィル、東京交響楽団、名古屋フィル、関西フィル、アンサンブル金沢、神奈川フィル、大阪フィル、東京シティフィル、東京フィル等と共演。2007年10月ロン・ティボー国際コンクールピアノ部門で優勝(第1位)。

Vol.5 INDEX


2007年11月30日発行
Stage+人(3)
聴くものを心地よい安らぎの世界へ誘う 情感豊かな倉本ワールド
倉本 裕基さん
Stage+人(4)
ロン・ティボー国際コンクール優勝!
「過去の再現ではなく 現在(いま)を創造したい」
田村 響さん
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ピティナ編集部
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