今月、この曲

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ミュージックトレード社『Musician』2013年4月号 掲載コラム

えだをはなれて/ひとひら/さくらのはなびらが/じめんにたどりついた
いまおわったのだ/そしてはじまったのだ/ひとつのことが/さくらにとって/いやちきゅうにとって/うちゅうにとって/あたりまえすぎる/ひとつのことが/かけがえのない/ひとつのことが
(まど・みちお「さくらのはなびら」)

 桜はつぼみも五分咲きも七分咲きも、そして散りゆく姿までもが美しい。日本人が桜を好むのは、何と言っても満開の見事さにあるのでしょう。梅や桃と比べて花数が多く、樹が大きい。その満開の桜花が一陣の風に吹かれて散るときに立ち会うと、花吹雪と呼ぶのが決して大げさな形容ではないと納得できます。
花期が短く一斉に散る......桜の花の短命さは昔から「儚さ」「潔さ」として意識されてきました。桜の美しさはいつの時代も人々に変わらず愛され、その荘厳さと儚さは日本人の心に深く刻みこまれているのです。
日本を代表する音楽のひとつに、誰もが知っている日本古謡「さくらさくら」があります。もともとは箏のために作られた音楽で、陰音階(イ短調の4番目のレと7番目のソの音がない5音音階)を用いた日本的な雅を感じさせる旋律です。この日本古謡「さくらさくら」をもとに作曲家・平井康三郎がロマンティックかつドラマティックなピアノ曲を作曲しました。それが『幻想曲「さくらさくら」』です。
ゆるやかな風に花びらがはらはらと散り始め、その散り様が徐々に激しくなっていく情景を想起させる8小節の序奏から始まります。それに続いて「さくらさくら」の原曲が登場し、それを含む5つの部分で構成されています。次から次へと移ろう情景の変容が全4ページの譜面の中に、変奏曲風に凝縮されています。
辛い冬が過ぎ、命萌える季節が来た喜び。満開の下で浮かれる人々が踊る太鼓の音。満開の花びらが散る荘厳な花吹雪。弾く人・聴く人によって目の前に浮かび上がる桜の姿は様々です。4月は桜が満開。美しい季節です。

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