今月、この曲

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ミュージックトレード社『Musician』2013年3月号 掲載コラム

 3月は入試が行われたり仕事も多忙を極める時期。心身ともに疲れた時、皆さんはどのような音楽を求めますか? 昔々18世紀のとある伯爵邸にも疲れ切った方がおりました......

カイザーリンク伯爵(以下カ)
「ふぅ今日も疲れた。最近過労で眠れないのだ......困ったものだ」
ゴールトベルク(以下ゴ)
「何かお弾きしましょうか」
「いやお前の演奏は充分だ。もう優れた音楽でさえ私の心を和ませてはくれないのだ」
「お力になれなくて残念です」
「何かこう不眠の悪い気分を紛らわせてくれるような音楽はないものだろうか。単調でなく心躍るような......心を落ち着かせて安らかな眠りへと導いてくれるような素晴らしい音楽は......」
「ではバッハ殿の作品がよろしいかと。バッハ殿の作品ならばいくつか弾けますが」
「確かにバッハの音楽は素晴らしい。だがいかに素晴しくとも飽きてしまったよ」
「ではバッハ殿に作曲をご依頼されてはいかがでしょう。彼ならば伯爵のご希望通りの曲を作ってくれるに違いありません」
「それは良い考えだ。早速バッハに頼んでおくれ。せっかくだからバッハにクラヴィアを習うといい。腕を磨き新しい曲をうまく弾けるようになって戻ってきておくれ」
「かしこまりました」

 かくしてバッハはゴールトベルクの依頼を引き受け、この変奏曲が誕生したのです。『アリア~30の変奏曲~アリア』という32曲構成で、全曲通すと1時間以上かかります。ゴールトベルクは伯爵が眠れない時は勇気や情熱が湧いてくるような変奏曲を繰り返し、うつらうつらしてくると激しい曲を省いて演奏したと言われています。眠りに落ちそうな気配を察するとアリアで静かに演奏を終わらせ足音を立てずに部屋を出て行ったことでしょう。
この中の〈アリア〉は弾くのも聴くのもおすすめです。ゆっくり素朴なアリアは「あなたの頑張りは知っているよ。だから少しお休み」と言ってくれるよう。疲れている方、このアリアをお手元にいかがですか。

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