ロンドンレポート

ウィグモアホールの教育プログラム 第5回 スクールコンサート「ダーウィン探検!」

2010/04/09
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ウィグモアホールの教育プログラム
「ダーウィン探検!」のプログラム
「ダーウィン探検!」のプログラム
第5 回 '音楽×自然科学×歴史'スクールコンサート「ダーウィン探検!」

ウィグモアホールでは年に数回、小学校のグループをホールへ招き、1 時間のスクールコンサートを開催している。パーカッションやジャズといった音楽や楽器に焦点をあてたり、英国チューダー朝の宮廷音楽を素材に異なる時代の文化と音楽、ダンスや衣装、歴史を学んだりと、学校のカリキュラムとのつながりを持たせたテーマを掲げる。今回は「ダーウィン」をテーマに、歴史と自然科学の教科とのコラボレーションだ。

イベント情報
タイトル:スクールコンサート「ダーウィン探検」
日時:2009 年11 月27 日(金)11:00-12:00
場所:ウィグモアホール
出演:
プレゼンター:サム・グレイザー
アンサンブル:イグナイト(ヴィブラフォン、フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス)
対象:キーステージ2(7~12 歳相当)
参加費:1 人2 ポンド、学校ごとの申込

チャールズ・ダーウィン
チャールズ・ダーウィン
ダーウィン・トラストと協力した教科横断プロジェクト

2009 年はイギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィン(1809-1882)の生誕200 年にあたり、自然史博物館やテレビなど各方面で「ダーウィン200」にちなんだ催しが企画された。ダーウィンは世界的な自然科学者であるとともに、イギリス人にとって自国の歴史を代表する偉人なのである。ウィグモアホールでもスクールコンサートのテーマにダーウィンを取り上げることになった。

「ダーウィン探検!」と題されたこのプロジェクトは、チャールズ・ダーウィン・トラストとの共同で企画された。プロジェクトはキーステージ2、日本での小学校中高学年を対象とし、学校ごとに参加する形が取られた。この日のスクールコンサートには約10 校350 人程の児童が参加し、そのうち約半数の学校は、事前のワークショップと組み合わせて参加した。

ワークショップに参加した学校は、「音楽」と「自然・歴史」の2つの事前のワークショップを経て、最後にウィグモアホールのコンサートに参加するという構成。「自然・歴史」のワークショップはチャールズ・ダーウィン・トラストから講師が派遣されてキング・ヘンリーズ・ウォーク・ガーデンを散策し、
ワークショップの資料パック
ワークショップの資料パック
「音楽」の回にはワークショップリーダーのサム・グレイザーが、アンサンブル・イグナイトから2人の演奏家を伴って学校を訪れた。学校にはさらに、ダーウィンに関するミニ知識や、ダーウィンの思考法―注意深く周囲を観察する―を実践する1分間周囲の音に注意を払うアクティビティなどが記された資料パックが提供され、コンサートまでの補強教材として教室で活用できるようになっている。

ラーニング部門のエリザベスさんはこう語る。「ワークショップを受けた学校の子たちは今日のコンサートに何を期待できるか心の準備ができているので、コンサートにもより積極的に参加していたと思います。今回は『自然科学』とのコラボレーションでしたが、近年のイギリスではこうした教科横断的なプログラムの実施を望む学校が増えてきています。」


船乗りの歌を一緒に歌ってダーウィンの気分に

コンサート当日には、先生に引率された子どもたちが学校ごとにホールにひしめいた。コンサートは、ワークショップに行ったサムがプレゼンターとして語るダーウィンのお話と音楽とが交互に非常になめらかに紡がれる形で展開された。「後に偉大な自然科学者となるチャールズ・ダーウィンは、実は少年時代、学校では決していい生徒ではありませんでした。その代わり外で遊ぶのが好きで、いつも植物や石や虫を集めていました。」とサムがお話を始める。「そんな少年時代のダーウィンが庭を探索し、疲れて夜に家に戻る様子が目に浮かびますか?」とイグナイトの演奏を促し、コンサートが始まった。

イグナイト
イグナイト

お話でヒントを得た子どもたちは、演奏の中に自分なりの少年ダーウィンの姿を映し、吸いこまれたように聴いている。思わずサムも「素晴らしい聴き方だね。」とうなる。「大学を出たダーウィンは、その後何を仕事にしたらいいのか分からずにいました。そんな時、ビーグル号という船で船長のアシスタントとして南米へ航海に出ないかという話が来ました。反対していたお父さんを説得し、世界を1周する5年の長い旅に出ました。」

「こんな長い間船に乗るのはどんな感じだと思う?」とサムが問いかけると、会場から「船酔いになっちゃう!」という声が。「そう、実際日記を見ると、船の旅は悲惨で、船酔いしたり食糧が腐ったりしたそうなんだ。」と言うと子どもたちは「えー、かわいそう。」などと口ぐちに言う。「ここでみんなに、そんな船の旅を盛り上げる船乗りの歌を教えてあげよう!」とサム。イグナイトの演奏にあわせてサムが1フレーズずつ歌い、子どもが繰り返すという形で陽気な『Blow Ye Winds Of Morning』を歌う。歌詞を覚えやすいように、ロープを引っ張るジェスチャーなどのアイディアを子どもたちからもらって付け加えていく。そして、サムがダーウィンの日記からの抜粋を歌のメロディに乗せて歌い、さびの部分を全員で振りつきで声をそろえて、最後には輪唱で歌った。


鳥の音ってどんな音?
資料パックの中身
資料パックの中身

「こうしてダーウィン一行はようやく南米へ渡りました。このようにして、ヨーロッパの文化も南米へ伝わっていきました。だからこんなに遠いヨーロッパと南米でも、音楽につながりを感じることができるのです。」そして、スペインのホセ・プラのソナタと、同じ曲がモチーフのボリビアに伝わる曲、それからインスパイアされてイグナイトが作った新曲とを聴き比べた。言葉で「南米」と聞くだけよりもずっとその文化の雰囲気が感じられる。異国調の響きの中で、音楽の調子がはっと変わると子どもたちの集中力もぎゅっと高まる。

「南米に着いたダーウィンは多くの発見をしました。ダーウィンはガラパゴス諸島の異なる島に棲息する鳥たちをよく観察して、他は全部似ているのに嘴の長さだけが違う鳥がいることに気付きました。みんなは鳥をよく観察したことがあるかい?鳥が出す音ってどんな音?」とサムが問いかけると、1人の子は口笛を吹いてみせ、1人は「ホーホー」と手で笛を作り、また別の子は手をこすりあわせて鳥の羽音を出してみせた。「よし、これで僕たちだけの鳥の音楽を作ってみよう!」と、サムは会場の皆にどの音を出すかの合図を出し、それらの音を組み合わせた鳥の音楽を指揮してみせた。そして今度は、作曲家のメシアンには鳥の音楽がどんな風に聞こえたのかを聴いてみる。


絵の地図/楽譜「小道」
絵の地図/楽譜「小道」
散策して描いた絵地図が'絵の楽譜'に

「旅から帰ったダーウィンは、島で見た植物や石、鳥たちのことを何度も何度も考えました。それが、有名な自然淘汰説、『種の起源』へとつながったのです。ダーウィンはものを考える時、庭を何時間も歩くのが習慣でした。そんなダーウィンの考え方を実践してみた学校の子がいるんだよね。」とサム。チャールズ・ダーウィン・トラストのワークショップではキング・ヘンリーズ・ウォーク・ガーデンを訪れ、歩きまわりながら周りの自然を観察する活動をしたのだ。そこで発見したものを絵地図にして描いてもらったものが会場のあちこちに掲げられた。小道を行くと、切り株や大きな穴、かたつむりや鳥の巣、ツタなどに出くわす。

「今日はこの絵地図を、『小道』という題の音楽の'絵の楽譜'に見立てて演奏してみようと思う。」とサム。子どもたちは「えー、どうやって?」と不思議顔。サムは続ける。「まず、上の道から黒い点々の足跡と、下の方からピンクの足跡が近付いているのが見えるよね。これらの足跡、どの楽器にやってほしい?」と尋ねると、子どもたちは「黒はフルートの男の人。」「ピンクはヴァイオリンがいい。」と指名。フルートとヴァイオリンが、考え事をしながら歩いているようにゆっくり目の足取りのリズムを奏でてみる。「歩いていくと、切り株があるな。これはどの楽器?」「チェロ!」。そして、かたつむりはバスクラリネット、鳥の巣はヴィブラフォン、大きな穴はコントラバスと決まり、演奏者はそれぞれ指名されたものを表現する短いパターンを考える。ツタは会場の皆で参加することに。

そしていよいよその音楽を作りながら演奏してみる。サムが'絵の楽譜'を指でたどりながら「黒い足跡がゆっくり歩いていると、切り株がある。あ、またある。おっと、気をつけなきゃ、大きな穴があるぞ!」と語りながら楽器を指示して指揮する。「おや、よく見ると葉っぱの陰にかたつむりが3匹...」と言うと、バスクラリネットはパターンを3度、「今度は小さいのが1匹!」と言うと高い音で出してみせる。庭の奥まで着くと「さあ、帰りは急ぎ足で戻ろう!」と、楽譜は逆方向に速く進行していく。


学校向けイベントの案内
学校向けイベントの案内
2つのワークショップの成果をコンサートで

自分たちが観察した道のりを描いた絵が、自分たちの選んだ楽器の音で、ライブで音楽になっていくのを目の当たりにして子どもたちは「すごーい!」と興奮。1時間のコンサートは、ただテーマに沿った音楽を演奏するのではなく、お話をヒントに音楽を聴きながら想像したり、聴き比べをしたり、一緒に歌を覚えて歌ったり、散策で得た発見を音楽に置き換えてみたり、さらにはその場で自分たちで選んだ音で音楽を作って演奏したりと、様々なアクティビティの盛り込まれたものになった。

教科間のコラボレーションの仕方は色々と可能だが、今回はダーウィンの思考法の実践で発見した自然を、音楽という形にするというように、2つのワークショップの成果を最後のコンサートであわせて出すという方式を取った。別々の授業で扱っているものも、一人の子どもの中に消化され共存することになる。それらの間に色々な方法でリンクを作り、共存する方法を示唆してあげるのも、教育の一つの重要な使命ではないだろうか。


ウィグモアホール
ウィグモアホール

---当日のプログラム---
1. Stephen Warbeck: November
2. Traditional: Blow Ye Winds Of Morning
3. Jose Pla: Sonata No.4 Allegretto (from Six Sonatas)
4. Anonymous: III. Allegro (from Folias)
5. Ignite: Bolivian Remix
6. Olivier Messiaen: Abisme d'oiseaux (from Quartet for
the End of Time)
7. Luke Bedford: Self-Assembly Composition No.1
8. Jackie Walduck: Hot Foot Frenzy

取材・執筆 二子千草


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