ロンドンレポート

ウィグモアホールの教育プログラム 第4回 音楽とマンガ

2010/01/29
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ウィグモアホールの教育プログラム 第4回 音楽とマンガ
若者向けプログラムのパンフレット
若者向けプログラムのパンフレット

秋冬季のウィグモアホール・ラーニングの若者向けプログラムの中に、目を引く企画があった。「音楽とマンガ」というものである。なぜ「マンガ」をワークショップの素材に選んだのか?どのようにこれら2つを組み合わせたのだろうか?





イベント情報
名称:若者の日「音楽とマンガ(MUSIC 'N' MANGA)
日時:2009年11月14日(土)10:00-15:30
場所:ウィグモアホール ベヒシュタイン・ルーム、ホール
アーティスト:
轡田千重さん(漫画家)
アンサンブル:Ignite<Jackie Walduck (リーダー、作曲家、パーカッション)、Daniel Parkin (フルート) 、Julian Ferraretto (ヴァイオリン)、Andy Hamill (コントラバス)>+Kate Newell(ウィグモアホール研修生、オーボエ)
対象:11-16歳
参加費:1人10ポンド

ロンドンの書店のマンガコーナー(ここでは棚4つ分)
ロンドンの書店のマンガコーナー
(ここでは棚4つ分)

本棚の表示も「Manga」
本棚の表示も「Manga」
若者の興味を捉える企画を

教育プログラムの難関の1つは、若者向けのものである。日々変わりゆく若者の興味を捉えるため、ウィグモアホールでは様々なジャンルとのコラボレーションを含めた若者向けの音楽イベントを企画している。ジャズ、DJ、アニメ、そして今回のマンガなど。なぜ「マンガ」をテーマに選んだのか、ラーニングチームのエリザベスさんに伺った。

「私たちは若者への音楽ワークショップのアプローチとして、なるべく色々なジャンル、文化のものを結びつけて提示しようと試みています。マンガが属する日本の文化は、もちろんコンサートでは扱ったことがありますが、教育イベントとしては取り上げたことがありませんでした。また、マンガは最近ロンドンの若者にとても人気があるのです。」

マンガをテーマに決めたものの、何しろマンガを扱うのは初めて。「他の音楽の知人に尋ねても、音楽とマンガという組み合わせ自体どこもやったことがないものだから、誰も情報を持っていないのです。そんな時、ロンドンでマンガのワークショップをやっている人がいるということを聞きつけて、千重さんを見つけたのです。」

ワークショップで使われた素材
ワークショップで使われた素材

このワークショップのマンガの部分を担当した轡田千重(くつわだちえ)さんは、ロンドンを拠点に活動するマンガ家、イラストレーターだ。美術分野の出身のロンドン在住の日本人マンガ家ということで、執筆活動の他にも学校その他の施設からワークショップ講師の声がかかると言う。「美術の時間にマンガを描くワークショップに行くこともあれば、異文化を学ぶ時間に日本の文化としてマンガを紹介しに行く時もあります。日本のように子どもから大人まであらゆる階層の人がマンガに接する環境と違って、イギリスではマンガを手にして読むこと自体がある程度の階層、興味レベルの人のもので、また年齢層も10代の若者が中心です。日本文化、特に日本語に対する関心も昨今高く、日英バイリンガルで描いたマンガ(吹き出しの中に2ヶ国語でセリフが書かれている)が受けたり、'かわいい''バカ''知らない!'などと、私たちが外来語を使うように話すのに驚かされたりします。」

店員からのおすすめコメントも
店員からのおすすめコメントも

ロンドンのマンガ人気はここ10年ほどの間にも急激に上昇したと言う。アメリカン・コミックやグラフィック・ノベルと並んで、北米を中心に翻訳出版された英語版の日本マンガが'MANGA'として地位を確立し、書店や図書館でも数列の棚を占めるのを見ることができる。『ドラゴンボール』『ワンピース』『NARUTO』『NANA』などの単行本が6ポンド前後(900円程度※1ポンド=150円)で手に入る。右開きのマンガを左から開けて結末を先に見てしまわぬよう、裏表紙をめくると「ストップ!逆から読まないで!」という注意書きやコマ割りの順番の指示に出くわしたりするが、本編は基本的に日本のマンガと同じである。こうした基本的なルール自体が日本文化だったのだな、と改めて思わされる。

その1:マンガのキャラクターを作る
音楽のワークショップ担当のイグナイト(Photo by Benjamin Harte)
音楽のワークショップ担当のイグナイト
(Photo by Benjamin Harte)

さて、「音楽とマンガ」のワークショップは、前半にまず千重さんからのこうしたマンガの特徴のお話とワークショップ、後半にイグナイト(Ignite)が中心の音楽ワークショップ、最後に家族を招いて演奏を披露、というコラボレーションの形が取られた。イグナイトはウィグモアホールの専属アンサンブルで、多くの教育プログラムで演奏、リード、プログラム開発、作曲を担っている。この日集まったのは10歳から15歳までの若者26名。中には学校からまとまっての参加も。ほとんどの子がマンガを読んだことがあるようだ。

千重さんは持参したマンガを例にこう説明する。「日本のマンガでは、登場人物の心理描写がとても大事です。ですから、それを支えるキャラクター作りがとても大事な作業になります。これからみなさん、1人1人自分のキャラクターを作ってみましょう。」そしてそのキャラクターの'名前・性別・年齢・体格・髪型・衣装・職業・特殊能力・第一印象・その他の特徴'を考えることに。

イグナイトの作品「マンガ・スケッチ」
イグナイトの作品「マンガ・スケッチ」

「今回は絵を描くことよりも音楽を作ることが目的のワークショップだったので、音楽による表現が適していそうな'第一印象'をよく考えるように言いました。特に、ただ一言'カッコいい'などだけで終わらないように、'そのキャラクターの第一印象と本当の性格は一緒なのか?'など、キャラクターに深みをもたせるように考えてごらん、とアドバイスしました。'その他の特徴'では、普段は'ペット、相棒、武器'などを考えるのですが、今回は'一番似合う楽器'を考えることにしました。」と千重さん。

エリザベスさんはこう語る。「最初マンガと音楽でどういうワークショップをやるかを考えていた時、千重さんがマンガを描く際のキャラクター作りの大切さを話すのを聞いて、その創作過程が作曲に似ていると思いました。そこでイグナイトのジャッキーと3人で相談して、若者が作ったマンガのキャラクターをもとに音楽を作るワークショップにしよう、という方向になったのです。実際のマンガのストーリーを使うこともあり得ましたが、そうすると音楽にも東洋的なイメージが先行して想像力が制約されてしまうし、自分たちで一から作ったキャラクターの音楽を作るという方がずっと魅力的だろうということで、この方法を取りました。」

若者たちは紙とペンを取り、自分が考えた登場人物の絵を思い思いに描いていく。ツンツンした髪の毛で武器のようにギターを下げている男の子、ネコの耳のついた女の子、魔法の杖のように木琴のバチを振りかざすキャラクターなど、様々な登場人物が現れた。「最初の説明で'自分が投影できる、あるいは友達になりたい、もっと知りたいと思えるようなキャラクターが、日本の漫画には沢山出てきます'と言ったのが印象的だったのか、おもしろいくらいに自分に似たキャラクターを作った子が多かったです。自分を元にしつつ、自分には出来ないことが出来る特殊能力を持つ設定にしていたり。」と千重さんは振り返る。

その2:キャラクターのテーマ音楽を作る
公立図書館にもマンガコーナーが
公立図書館にもマンガコーナーが

全員が自分のキャラクターの絵と特徴を発表した後、中から4人の登場人物を選び、4グループに分かれてそれぞれのテーマ音楽を作ることになった。イグナイトのメンバーも、自分が作ったキャラクターをもとに作った音楽の例を披露し、まずは全員で、全体のメインテーマ音楽を作ってみる。その後グループに分かれ、お互いにリズムやメロディのアイディアを出しながらイグナイトのメンバーの助けを得てそれぞれの音楽を作っていった。

1つのグループのキャラクターは、'かわいらしい女の子だが、どんな動物にも変身でき、夜になると困っている動物を助けに出かける'という設定。その特徴を表すように、彼女のテーマソングはかわいらしい感じで始まり、夜の外出の忍び足風な部分、動物と会話をしているようなコミカルな部分などが組み合わさり、それがメロディの雰囲気、楽器の組み合わせ、休止や大小、緩急をうまく使って表された。

「キャラクターの特徴がうまく音楽の特徴となって曲ができていくのが、絵で表現する私にとっては、まるで魔法のようでした。」と千重さん。エリザベスさんは「マンガのキャラクターを作曲のベースに置くことが、若者が創造的に考える手助けになり、リズムやメロディ、テクスチャを変えることがどう音楽のキャラクターに反映するかがよく分かるプロセスで、それが作曲の質を上げたと思います。」と評価し、お互いよい刺激を得たようだ。

1日の終りは、ホールへ移動して全員でリハーサルをし、迎えの家族の前で出来立ての曲のコンサートをした。ステージの前には、コンサートのテーマとなる4人のキャラクターを観客に見えるよう千重さんが模造紙に拡大して描いたものと、もっと絵が描きたいという子が描いたオープニングのイメージの絵が飾られた。

全員で演奏するオープニングは、「天気を操れる女の子」がテーマ。それぞれ持参した楽器やウィグモアホールにある楽器を手にスタンバイし、少しずつ色々な楽器が参加していく構成。ヴァイオリン、ホルン、フルート、クラリネット、ギター、コントラバス、太鼓、マラカス、シンバル、鈴、ギロ、木琴、鉄琴、ピアノなどの31人の大編成となった。その後、1グループずつ、テーマのキャラクターの絵と名前、性格、特殊能力などを紹介し、作った曲を順番に披露した。自分の創作したキャラクターについて語り演奏する若者の顔ははにかみつつも輝き、大切そうに自分の絵を家族に見せながら去る姿が印象的だった。

取材・執筆 二子千草


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