ロンドンレポート

ウィグモアホールの教育プログラム 第3回 音楽と絵画 

2010/01/12

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ウォレス・コレクション
ウォレス・コレクション
ウィグモアホールの教育プログラム 第3回 音楽と絵画

ウィグモアホールは、子ども向けの教育プログラムの中に異なるアート・ジャンルとのコラボレーションを多く取り入れている。その中でも恒例となっているのが美術とのコラボレーションだ。今回は6歳以上の子どもとその親を対象としたファミリーデー「神話と伝説」をのぞいてみよう。

イベント情報
タイトル:ファミリーデー「神話と伝説」(Myths and Legends)
日程:2009年11月21日(土)10:15-16:00
場所:
〈午前〉
ウォレス・コレクション
(The Wallace Collection:Hertford House, Manchester Square, London W1U 3BN)
〈午後〉ウィグモアホール
対象:6歳以上児童+保護者
アーティスト:Bridget Crowley(童話作家) / Dominic Harlan(ピアニスト)
参加費:子ども8ポンド、大人10ポンド

美術館とホールを舞台に

11月のファミリーデーは、ウォレス・コレクション(Wallace Collection)とのコラボレーションで行われた。ウォレス・コレクションは、ウィグモアホールのすぐ北の閑静な広場に位置するギャラリーである。18世紀に貴族の邸宅として建てられ、生活、社交の場、時に大使館としても使われたハートフォード・ハウスの建物内に、4代に亘るハートフォード侯爵とサー・リチャード・ウォレス(1818-1890)が18世紀後半から19世紀に蒐集した、フランス、オランダ絵画や家具調度品、武具、彫刻などが収められている。これらのコレクションはウォレス夫人により国に遺贈され、1900年6月22日に国立の美術館として開館、無料で一般に公開されている。

地図
より大きな地図で Wigmore Hall &The Wallace Collection を表示

ウォレス・コレクション自体も、ギャラリートーク、アートクラス、ファミリー向けのワークショップなど多くの教育プログラムを行っている。ウィグモアホールは他の美術館、ギャラリーとも共同企画を行っているが、ウォレス・コレクションとは、コレクションの質に加え地理的な利点があるため毎年数度のコラボレーションが実現している。ウィグモアホール・ラーニングのシニアプロデューサー、エリザベス・マッコールさんはこう語る。「開催場所が遠いと2日に分けてワークショップを行わなければならず、そうすると両方参加できない子が出たり、参加できたとしても1週間も前のことははっきり覚えていないかもしれません。ウォレス・コレクションだと、1日で美術館とホールを巡って、共通したフレッシュな記憶のもとにワークショップができるので、本当の意味のコラボレーションができていると思っています。」

「美術館とのコラボレーションの意味は大きく2つあります。1つは、子どもたちのインスピレーションの源を拡げてあげるということです。音楽も美術も、インスピレーションが大事な部分を占めているからです。2つ目は顧客層を2倍に広げることです。ホールには音楽好きな顧客が、美術館には美術好きな顧客がいます。それをつなげてより豊かな顧客層を生みだそうというのが、ホールとしての狙いです。」


絵画に潜んだ神話を探る

朝10時15分に集合した子どもと親は、まずウォレス・コレクションで美術鑑賞へ。多くの西洋の美術館と同様に、貴重な美術コレクションもガラスやロープで仕切られずに、子どもたちのすぐ目の前に生の状態で現れている。さらに、多くの古い調度品や絵画・彫刻作品に囲まれた室内や、大絵画のかかる赴きのある大階段、かつて晩餐や舞踏会が開かれた大ギャラリーに足を踏み入れると、当時の貴族の邸宅に招かれたような気分でコレクションを味わうことができる。

前半の絵画の部を担当するのは、童話作家としても活動するブリジット。子どもと親たちは、ブリジットの話に案内されながら様々なコレクションを見て回る。今回特に取り上げたのは次の3点の作品。2点は大階段の上に堂々と掲げられた、フランスの画家フランソワ・ブーシェ(François Boucher,1703-1770)の神話画2連作『日の出(The Rising of the Sun,1753)』『日没(The Setting of the Sun,1752)』である。両作品ともギリシア神話の場面を表したもので、『日の出』は太陽神アポロが、世界に光明をもたらすべく東の海を馬車に乗って出発する様子を、『日没』は夕方に西の海へと帰途についたアポロが海の女神に迎えられている様子を描いている。音楽の神としても知られるアポロの傍らには、竪琴が描かれているのが見てとれる。もう1点はニコラ・プッサン(Nicolas Poussin, 1594-1665)の『人生の踊り(Dance to the Music of Time, c1634-c1636)』。馬車でかけるアポロの姿の下には、4人の神が輪になって踊る姿が。この4人は四季を表すとも、人生の時を表すとも言われている。

参加者たちはそれらの絵をじっくりと見て、絵の背景に隠されたお話を聞いた。ブリジットはお話をしながら、「何でこの登場人物はこんなに筋肉があるんだと思う?」などと色々な質問を投げかける。すると子どもたちは「力強いから!」などと答える。質問をすることで、子どもたちはよりよく絵を見るようになる。そして、そこで得た印象をもとにそれぞれ詩を書いた。ある男の子の母親は「うちの子はもともと音楽により興味があって参加したので、絵画にどれだけ興味を示してくれるか分からなかったけれど、午前中の美術館も楽しんでいたみたい。両方楽しむ機会があるっていうのはいいわね。」と語った。鮮明に残る絵のイメージと自分たちの詩を携え、今度は後半のワークショップが行われるウィグモアホールへと向かった。


まずは音楽を作る身体と心をつくる

午後、音楽のワークショップを担当するのはピアニストのドミニク。まずは音楽づくりができるような心と体を作るため、みんなで輪になってウォームアップ。この日はファミリーデーなので、子どもも親も1つの輪の中に入って平等に参加する。ドミニクやホールのスタッフが午前の美術館のワークショップに参加したように、午後の音楽の部にも美術館側の担当者も参加している。

参加者はドミニクをよく見て真似をする。手をこすったり、顔を覆ったり、跳んだり。「しっかり見ててよ...」と言いながら大きく開いた腕を「パンッ」とあわせる。ドミニクの息や手の速度を見て参加者は全く同じタイミングで手をあわせるようにトライする。全員で同時に跳んで「ハッ!」と言いながら着地する。何度もやる内に、まわりをよく感じてぴったりと合うようになる。次は「コレクト!」というゲームで身体を動かす。「ひじ」や「肩」「膝の裏」など言われた場所を、部屋中を走り回ってたくさんの人にタッチして集めるというもの。終わった頃には、子どもも大人も身体があたたまり、初めて会った人たちともすっかり混ざり合っていた。

今度は3歳の子と母親が長時間買物をしたシチュエーションでアクティビティ。だだをこねる子ども、重い荷物を抱えて疲れ切った母親になりきって、まず声を出さず表情だけ、次に大げさにセリフを言って演じる。「ママ、バナナ買って!」と子どもが言うと「はいはい、バナナ買ってあげるわよ。」と母親。今度はドミニクのリードで、真似したままリズムにのせて歌う。いつの間にか、この親子のやり取りをミュージカルの1シーンのように全員で歌い演じていた。

ピアニストのドミニクは、ここまでの15分間ほとんどピアノを使わず、豊かな身体と顔と声の表情を使って、子どもから大人までの集団をうまくリードし、皆で音楽を作るのに十分な集中力を磨き、想像力を働かせて日常のシーンを歌にして歌う、というところまでやってしまった。あまりの表現力と人を惹きつける力の強さに、はじめはピアニストではなく役者かと思えたほどだ。


自分の言葉を音楽にする

さて、準備の整ったところでメインの音楽づくりに入る。今日見た絵から受けた印象をもとに歌を作るのだ。ドミニクは昼休みに子どもたちの間を回り、彼らの作った詩や印象に残った言葉を集め書き留めていた。それらの言葉を歌詞にして、全員で1つの音楽を作るのだ。まずはオープニング。円になった参加者たちを3つのグループにわけ、1グループずつ高さの違う声で「ブードゥー」と重ねていく、静かな幕開け。夜明けだろうか。

「最初のソロをやりたい人!」と声をかけると3人の女の子が名乗り出た。最初の歌詞は絵の主題だった神の名「アポロ」。ドミニクは3人に、この名前をどう歌うか考えて、と投げかける。先ほどのハーモニーを奏でるとそれに乗せて彼女たちは歌い出す。3人で声を出していくうちにピンとくる音を見つけたようだ。それに続いて全員もそのメロディを歌う。同じように、次に立候補した子たちが「波打つ金色の髪」という歌詞に旋律をつけると、ゆるやかなうねりのあるメロディができあがった。

ドミニクが「絵の中に太陽があったの覚えてるかな?」と尋ねた。「覚えてる。きらきらしてた。」と子どもが答えると、ドミニクはピアノできらきらした音楽を奏で始める。次の章の始まりだ。今度はそれに合わせて色々な子どもにメロディを考えてもらい、音楽が盛り上がっていく。「ここでもう一歌詞欲しいな。'ハンサムな'っていう歌詞なんだけど、どんな風にハンサムだった?」と尋ねるとある子が「とっても」と答える。「じゃあ、'ハンサム、とってもハンサム!'っていう歌詞にして、'とっても'の部分を強調しよう。」とその場で新しい歌詞とそれにふさわしい音を探していく。ドミニクは皆のアイディアを取り入れながら「ここは流れるようにゆったり」「その音でだんだん速くしていってみて!」などと音楽にスパイスを加えていく。

ウィグモアホールのステージ
ウィグモアホールのステージ

後半は4グループに分かれ『人生の踊り』に見た四季をテーマにした詩にそれぞれ音楽をつける。子どもと大人とが一緒になって、'まぶしい太陽' 'ささやいて' '舞い散る雪' '生の喜び'などそれぞれの季節の印象を表す詩にふさわしい旋律、リズム、振付けまでも考える。数個だけ鍵盤の乗った小型木琴を囲んで、思いついた音をたたいてみたり、何度も皆で詩を声に出してみてリズムを見つけたり、やり方もグループそれぞれだ。

仕上げに全員で集まり、ドミニクが前半とがらっと雰囲気の異なるジャズ風の音楽をピアノで奏でながら、全員で「ドゥ・バダー」とコーラスをする部分や、各グループが持ち寄った歌を次々にリードしながら音楽を形にしていく。最後にはアポロが馬車で駆けて行ったのをクライマックスに、「もう行っちゃった!」と茶目っけたっぷりに曲を終えた。

音楽が出来上がると、参加者たちはウィグモアホールのステージでリハーサル。アポロが去る曲の終りは手を拡げてポーズを取ろう、とやってみると、彼らの手の先に音楽の神らしき絵が。
クーポラの'音楽の魂'
クーポラの'音楽の魂'
ウィグモアホールのステージ上にはドームがあり、'音楽の魂'を象徴した像が描かれているのだ。「アポロがいる!」「そうだ、最後はアポロを指さそう!」と決めのポーズが決まった。「準備はOK?」と言うと、子どもも大人もステージの上で姿勢を整え、出来たての音楽の唯一の本番を行った。自分たちの感じた言葉を、自分たちの考えた音で音楽にしてステージで演奏するというスリリングな達成感を、親も子どもと同時に味わうということは、この日のファミリーデーの大きな収穫だったはずだ。

次回は音楽とマンガのコラボレーションをレポート。

(取材・執筆 二子千草)


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