今月、この曲
5年前に発症した頚椎ヘルニアで左手握力を半分失い、弾き唄いに気持ちが傾いた件は先月号で触れた。今月は『曼珠沙華』に次いで植物図鑑シリーズの続編をお送りする。
くちなし...ビロード感のある白い花弁を武器(?)に、ジャスミンにも似た薫りを放つのは初夏。そして料理でおなじみの実を結ぶのはちょうど今頃、10~11月にかけてである。思えば自分が子供の頃、くちなしの木はどこの家の庭にもあった。私の出身地・愛知県稲沢市は、日本有数の苗木の産地。小学校では、校庭の木の剪定作業をするために「専用の鋏を持参!」という宿題が出るほどであった。ところが、我が家のくちなしはさっぱりだった。とにかく虫に弱い。葉っぱを喰われるのが仕事みたいな、超か細い木だったのである。今年83歳になる父は、昔から毎日の庭守りを欠かさない"クソ真面目親父"。もちろん当時のくちなし守りでもあったが「虫も生きなかんでなぁ~」と名古屋弁で明るく笑い飛ばして虫を赦していた。今は亡き母は、くちなしの香りを愛して「駆除剤まいてください!」と父に怒っていたものである。
そして現在。私は名古屋市内のビルの谷間、小さな公園の隣に建つボロ家に住んでいる。引っ越してきた年の6月、部屋の窓から唐突にくちなしの薫りが充満してきて驚いた。裏に住むお婆ちゃんが、窓の下に植えて大切に育てていらっしゃったのだ。11月になり赤黄色に実ったその実を見つめながら、私は幼き日の光景を目の前にぼんやりと蘇らせた。母にくちなしの実の使い方を教わった、お節料理の栗きんとんの味を思い出しながら。
「ごらん、熟しても口を開かぬ、くちなしの実だ」...この曲の中で"亡き父"が唯一語る台詞である。御父君は何を言わんとしたのであろうか? そして荒れていた庭の片隅に父の植えたくちなしを見て「震える震える私の心」..."私"は何を憶い返したのか?
あなたにとっての『くちなし』の憶い出を、この曲に重ね合わせてはいかがでしょう?