連載記事 第2回

ウェブ連載 第2回 (全4回) 文:オヤマダアツシ
音楽用語をわかりやすく書くように努める

前回はイントロダクションも兼ねて、プログラムノートは誰が読むものなのか、誰に読ませる文章なのかという問題提起をし、伝わる文章を書くことが大事だという結論で終わりました。今回は、具体的にどうするべきなのか、一歩踏み込んでみましょう。

まず、あらためて意識しないといけないのは、演奏を聴きに来てくれるお客様の顔ぶれ、いわゆる「客層」です。これを知ることで文章の「難易度」を調整しないといけません。
客席に座るのが先生たちや自分と同じ立場の生徒であるのか。それとももっと開かれたリサイタルや発表会の場であり、父兄の方々やご友人など「音楽にはさほど詳しくない」方が多いのか。実際に文章を書き始める前に、そこから考えてみるのは大切です。

「難易度」と書きましたが、ではいったい、なにが難しいのでしょう。

もっとも意識しなくてはいけないのは「音楽用語」でしょう。私も含めてクラシック音楽に慣れ親しんでいる皆さんは、日常的に使っている音楽用語が専門用語の一種であり、実は一般的でないものだということを認識しなくてはなりません。
たとえば「変ニ長調」という調性を表現する単語で、はたしてどのくらいの人が「あ、なるほどね」と理解してくれるでしょうか。「ソナタ形式」「三部形式」などはどうでしょう。「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」はどうでしょうか(ましてやそれが欧文表記だったりしたら......)。

音楽用語を使えば、なるほどそれらしい文章になりますし、曲の構成などを説明するためには使わざるを得ない場合もあります。しかし、それを最小限に抑えるという努力をするだけでも、読んだ印象はずいぶんと変わるものなのです。

モーツァルトのソナタを解説してみると......

一例を挙げましょう。モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番、有名な「トルコ行進曲」を第3楽章にもつイ長調ソナタの第1楽章をサンプルにしてみます。とあるCDの解説書から抜粋したものを参考に、曲のアナリーゼを主眼においた文章を書いてみました。

第1楽章は変奏曲形式。シチリアーナの形式によるイ長調の主題(アンダンテ・グラツィオーソ)と6つの変奏から成る。シンプルな主題に始まり、やや装飾的な音楽となる第1変奏、左手が三連符の細かい音型となる第2変奏、イ短調となる第3変奏......

音楽的にはとても的確でシンプルな文章ですが、目立った音楽用語をピックアップするだけで「変奏曲形式」「シチリアーナ」「イ長調」「三連符」などが引っかかり、通訳が必要になってしまうほど。もちろんそれらを、いちいち音楽辞典のように解説していてはますます複雑な文章になってしまい、音楽を聴こうという気持ちすら削がれてしまいます。

この文章を、ごく平易な表現で書き直してみるとこうなります。

第1楽章は、まず最初にやさしい響きのイ長調による主題が演奏され、その主題をもとにした6つの変奏(変形)が続けて演奏される。主題はシチリアーナ(舟歌)という水上のゴンドラに乗っているようなリズムで演奏される。第1変奏は主題を少しだけ飾ったような音楽となり、第2変奏は左手がさらに軽快な音楽を奏でて......

どうでしょう。伝えようとする内容をはずすことなく、わかりやすい文章になったのではないでしょうか。

いい文章を読むことも、ひとつの近道です

私もいろいろなコンサートのプログラムノートをお引き受けする際、依頼者には必ず「どういったタイプのコンサートで、客層はどういう方々か」とおたずねします。コンサートへ来場し慣れているクラシック音楽ファンが多い場合であれば、音楽用語も含め、多少専門的な知識を増やして「なるほど、そういうことか」と思われるようなものを書きますし、クラシックを聴き慣れていない方が多そうなファミリーコンサートであれば、なるべく専門用語などは使わないように努力します。
そうしたことも、プログラムノートにおける「気配り」の形なのです。
一度書いたものを、ご家族など周囲の方に読んでいただき、感想を聞くのもいいでしょうね(恥ずかしがらず!)。

とはいえ、私の場合は文章を書くということに抵抗はなく、むしろ書き慣れていると言えます。皆さんの中には「私はそうじゃないので、書き分けなどできない」「そもそも文章を書くこと自体が苦痛だ」とおっしゃる方も、きっといらっしゃるでしょう。

そういった方は、まず日常的にいい文章をたくさん読むという習慣を身につけてください。立派な論文や学術書ではなく、新聞や雑誌、小説やエッセイなどあなたの身の回りにあるものでいいのです。そうしたことから、自分の好きなタイプの文章を探して、まずはそれをちょっとまねしてみるというのも効果的だと思います。
好きな作家やエッセイスト、コラムニストがいれば、その人の文章をじっくりと読み、その人になりきって書いてみるというのも、ちょっとしたゲーム感覚の楽しい訓練になるでしょう。

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