3.連載記事 第4回

ウェブ連載 第4回 (全4回) 文:オヤマダアツシ
妄想が音楽と文章にうるおいを与える

日本を代表する指揮者であり、卓越した作家として多くの本を出版された故岩城宏之さんのエッセイに、こういった指摘がありました。
「日本人はどうしても『ベートーヴェン様ぁ〜』と、作曲家の前にひざまづいてしまう。ヨーロッパではもっと身近な存在なのに」(要約)
そう、クラシックの作曲家はすべからく偉い人物であると信じて、ついつい崇めてしまいがちです。もちろん一流の芸術家に対して敬意を表する(今風に言えば、リスペクトする)のは当然のこと。しかしそれが過ぎると作品を前にして恐縮・緊張してしまい、「こうあるべきだ」という考えに支配されて、演奏に際してのインスピレーションが狭められてしまいます。

プログラムノートを執筆する際、この連載第1回でも指摘したように、情報を集めて再構成しただけでは極めて事務的な文章で終わってしまいます。そこにエッセンスとして必要なのは書き手の想像力であり、連載第3回ではそれぞれの演奏解釈(=ある種、想像力を働かせる行為)を文章に反映させることをご提案しました。想像力というより、曲への愛情から生まれる「妄想」と言えるかもしれません。

その際「偉大なベートーヴェンの曲に、私の妄想などを加えて歪めてはいけない」などと思ってはいけません。ベートーヴェンに限らずショパンでもシューマンでも、ドビュッシーでも同様。萎縮してしまっては自分をさらけ出すことなどできないのですから。むしろ、この「妄想」を働かせることは、芸術家の感性を証明する大事なステップかもしれないのです。

さあ、Let's!妄想。
プログラムノートをあなたの音楽愛でいっぱいにして、読み手へ伝えてみましょう。

作曲家になりきって愛情を注いでみると

今回、例題として挙げるのは、ショパンの前奏曲第15番(変ニ長調)、通称「雨だれのプレリュード」です。この曲は「ショパンが恋人のジョルジュ・サンドと共にスペインのマジョルカ島へ旅をしたものの、暗い修道院で寝泊まりをして、島民からは好奇の目で見られ、いたたまれない気分の毎日を送っていた」という時期に作曲されたと伝えられます。晴れやかなメロディですが、実はその裏側になんとも寂しく切ない気分が隠れ、ポツポツという雨だれの音がなにかを訴えているのかもしれません。

このような風情ある音楽に対し「4分の4拍子。ソステヌート(速度を抑えて)という指示のもと、変イ(A♭)の音がゆっくりと連打されて雨だれの効果を生み出す」といった、事務的とも思える解説をするのは、ちょっともったいないと思えます。せっかく情緒のある音楽なのに、これでは読み手(=お客さん)に対して何のインスピレーションも与えることはできませんし、もしかするとあなたの演奏がつまらなく聞こえてしまう危険性だってあるのです。

ここは思いきり「妄想力」を働かせ、ショパンとサンドがいる光景を想像しながら、それを物語のように書いてしまってはどうでしょうか。なんでしたら「なりきりショパン」のスタイルで、あなた自身が同化するのもひとつの方法。そこまで音楽に没入すれば、きっと楽譜だけを見ている段階に比べ、もっと音楽についての考え方が深まるはずです。そしてその時間は、きっとあなた自身の演奏も変えてくれるに違いありません。

「雨だれのプレリュード」をドラマ仕立てで

では、さっそく光景を想像しながら書いてみましょう。

甘美な愛の香りが漂う変ニ長調の響きに乗って、ゆっくりと2人の心を溶かすような旋律が演奏され、ポツリポツリと落ちる雨だれの音が変イ(A♭)の連打で表現されます。ショパンが恋人のジョルジュ・サンドと共に逗留したマジョルカ島。ひっそりとした修道院で過ごす雨の日は、決して幸福なものではありませんでした。その様子を反映させたと言われるこの曲ですが、特徴的な連打音は自分の寂しい境遇を聴き手に訴えかけるメッセージなのでしょうか。

少しばかり文学的な香りが強いかもしれません。ドラマティックに過ぎるかもしれません。言葉遊びの領域かもしれませんが、このくらいやれば自分だけのオリジナル・スタイルになることもたしか。さらにはこの文章で読み手がなんらかの感情を抱けば、あなたの演奏に対する印象も少なからず変わるはずです。プログラムノートとは、使い方次第で音楽を見事にサポートする役目も果たします。
ですので、曲についての知識や見識を深める意味でも、また演奏の可能性を広げる意味でも、プログラムノートの執筆という作業を面倒くさがらず(「私はピアノが弾きたいだけで、文章を書くのは関係ないわ」などと言わずに)、むしろ書くことを楽しんでください。

4回にわたって、プログラムノートの存在理由やノウハウなどをお伝えしてきましたが、クラシック音楽に慣れていない聴き手ほど、なんらかのヒントを必要としています。的確なヒントが音楽への関心を高め、理解を深めることは言うまでもありません。
その可能性を信じて、プログラムノートを有効活用してください。

(全4回、終わり)

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