連載記事 第1回

ウェブ連載 第1回 (全4回) 文:オヤマダアツシ
演奏をより深く聴いてもらうためのツール

コンサートへ行きますと、ホール等の入口で手渡される(または購入する)ものがあります。それは演奏される曲についての解説などが書かれた「プログラムノート(曲目解説)」。ロックやジャズなどのコンサートではあまりお目にかかりませんので、クラシック特有のものなのでしょう。
作曲家または演奏曲それぞれの基本的な情報について書かれていることが多く、「これを一読しておけば、より音楽についての理解が深まりますよ」という配慮のもとで作成され、それが伝統になっているものと思われます。コンサートへ行かれた際、みなさんも開演前にお読みになっているでしょうか。

このプログラムノートですが、通常は私のような音楽ライター(または音楽評論家、音楽ジャーナリスト、音楽学の先生など)が執筆しており、ときどき演奏者ご自身が執筆されていることもあります。アマチュア・オーケストラのコンサートでは、詳細な情報をもっている楽員の方が執筆するというケースも多いですね。
寡聞にして存じ上げなかったのですが、ピアノ・リサイタルや発表会などでも演奏者ご本人が執筆するケースが多いということを知り、私も過去に何度か「プログラムノートはどうすれば、うまく書けるのか」という内容の講義をしたことがありました。今回も、4回というコンパクトな連載ではありますけれど、多くの方の参考になるよう進めていきたいと思います。

プログラムノートの基本構成

クラシック音楽コンサートにおけるプログラムノートは、おおむね次のような基本情報をふまえて書かれています。

作曲者の基本的な情報
(生没年や国籍、簡単な生涯など)
演奏される曲についての情報
(作曲年、作曲された経緯やエピソード、作曲された場所、初演日や場所・初演者など)
演奏される曲のアナリーゼ
(構成・形式や調、ソナタ形式などの場合は第1主題・第2主題の提示部分紹介なども含む)

ひとつの例を挙げてみましょう。ちょうど手元にドビュッシー作曲による「月の光」の楽譜がありますので、この曲についてのごく基本的な解説を書いてみます。

クロード・アシル・ドビュッシー(1862-1918)が作曲した「ベルガマスク組曲」の第3曲であり、残された多くの作品中でもっともポピュラーな小品である。作曲されたのは1900年前後(組曲を構成する4曲は、1890年から出版される1905年の間に作曲されている)。変ニ長調の幻想的で美しい音楽に始まり、動きがある中間部を経て、再び冒頭の曲調が戻ってくるという三部形式で作られている。初演日時と演奏者は不明だが、出版されて以降の人気は高く、多くのピアニストによって演奏されてきた。ロマンティックなタイトルだが、具体的な風景や絵画などをモティーフにしたという逸話は残っておらず、あくまでも作曲者のイメージを音楽にしたものだと言えるだろう。

これで「月の光」に関する基本的な情報はまとめられました。実を言えばプログラムノートとしては、これでもう十分なのです。

読み手を想像することで文章が変わる

ところでプログラムノートとは、いったい誰のために存在しているのでしょうか。
言うまでもなくすべての文字と文章は、伝達する相手となる「読み手」のために存在しています。文字の発明は人間の「伝えたい」という欲求の表れであり、読んでくれる人がいるからこそ文章の存在価値が生まれます。

そこで、次のステップとして考えなくてはいけないのは「この文章が本当に伝わるのか、理解してもらえるのか」ということ。ヴォーン・ウィリアムズというイギリスの作曲家(『グリーンスリーヴズによる幻想曲』などで有名)は、「どんなにクオリティの高い名作であっても、演奏されなければその曲は存在しないことと同じなのだ」という明言を残しています。プログラムノートも同様であり、どれだけ苦労して書いても読まれなければ意味のないものだと言えるでしょう。

そこで考慮しなくてはいけない課題が、ひとつ生まれました。それは「どうしたら読んでもらえるだろうか」を考えるということ。上記の「月の光」の解説文ですが、皆さんはお読みになってどうお感じになるでしょうか。データをまとめただけの簡潔な内容ですが、演奏するご本人や音楽に精通している方であれば、特に問題はないかもしれません。
しかしながら、読み手が全員そうであるとも限らないのです、もしかすると音楽用語がすでにわからず、理解不能だという方がたくさんいらっしゃるのかもしれません。
プログラムノートに限らないことですが、いい文章というのは「伝わる文章」であり、書き手が読み手のことを意識しながら(または気遣いながら)書かなくてはいけないものなのです。

次回は、そうした点に留意しながら、具体的にどうすれば伝わりやすいプログラムノートになるのかを考えていきたいと思います。

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