【国際コンクールの今】 1.国際コンクールの歴史を振り返る
昨年末から今春にかけて、2つの大コンクールで日本人が優勝しました(2010年度ジュネーブ国際コンクール・萩原麻未さん、2011年度リスト国際コンクール・後藤正孝さん)。参加者が増え競争が激化する中で、これは快挙と言って良いでしょう。
近年は情報網の発達やライブ中継の増加により、国際コンクールがより身近に感じられるようになりました。それにともない、日本人の参加傾向にも変化が出てきました。国内で実績を積んでから海外へと段階を踏むより、国内・海外問わず自分に合うコンクールを見つけて自己研鑽を積む、そんな若いピアニストが増えつつあるようです。そこで、国際コンクールには現在どのようなトレンドがあるのか、より自分に合ったコンクールを見つけるにはどうしたらよいか、歴史や最近の傾向を踏まえてリポートします。
~20世紀型大規模コンクールから、21世紀型個性派コンクールへ
名門中の名門・ショパン国際ピアノコンクールが開催されたのは、第一次・第二次世界大戦の狭間の1927年である。戦時中は中断されたが1949年に再開され、以後マウリツィオ・ポリーニ、マルタ・アルゲリッチ、クリスティアン・ツィメルマン等、超一流ピアニストを続々輩出している。また1937年には第1回イザイ国際コンクールが開かれ、エミール・ギレリスが翌年ピアノ部門で優勝を果たした。こちらも戦時中は中断されたが、1951年エリザベト王妃国際音楽コンクールに改称されて現在に至る。第二次世界大戦が勃発した1939年にはジュネーブ国際音楽コンクール設立、そして1943年にはパリでロン=ティボー国際コンクールが開催され、サンソン・フランソワがピアノ部門で優勝している。
戦後1957年に発足した国際音楽コンクール世界連盟(WFIMC)では、この4つを含む11の国際コンクールが設立メンバーとなっている。時代に合わせた改革を繰り返しながら、コンクールの世界を切り拓いてきた存在感は健在だ。ショパン国際コンクールはダン・タイ・ソン(1980年)やユンディ・リ(2000年)などアジア出身優勝者をいち早く輩出するほか、2010年には国際コンクールではまだ珍しい採点結果公表に踏み切るなど、常に時代をリードしてきた。またエリザベト王妃国際コンクールでは決勝審査において、1週間外部からのコンタクトを断った状態で新曲に取り組ませるなど、独創的な審査方法で芸術性の高さを保つ。
~ヨーロッパから、英語圏を経て、アジア諸国へ
戦後は大規模なコンクールが増加した。まずはヨーロッパ中心部からロシアにかけて、プラハの春国際音楽コンクール(1947年・チェコ*)、ARDミュンヘン国際音楽コンクール(1952年・ドイツ)、チャイコフスキー国際コンクール(1958年・ロシア*)など。1960年代以降は英語圏へも広まっていく。リーズ国際ピアノコンクール(1961年・英)、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(1962年・米)、ルービンシュタイン国際ピアノコンクール(1974年・イスラエル)、クリーヴランド国際ピアノコンクール(1975年・米)、ジーナ・バックアゥワー国際コンクール(1976年・米)、シドニーピアノ国際コンクール(1977年・オーストラリア)、UNISAピアノ国際コンクール(1982年・南アフリカ)、ダブリン国際ピアノコンクール(1988年・アイルランド)など。若く将来性ある才能を発掘するため、世界中から優秀なピアニストを集め、大スポンサーを得て発展していった。
一方、作曲家の名を冠したりレパートリーを限定したコンクールも出現する。ライプツィヒ・J.S.バッハ国際コンクール(1950年・ドイツ)、シューマン国際コンクール(1956年・ドイツ)、モーツァルト国際コンクール(1975年・オーストリア)、リスト記念国際コンクール(1976年・ハンガリー)、リスト国際ピアノコンクール(1986年・蘭ユトレヒト)等。作曲家の生誕地や居住地で開催されたり、その作曲家のエキスパートと言われる審査員が多い。
1990年代になると、アジア各国でも国際コンクール開催の機運が広がる。浜松国際ピアノコンクール(1991年)、ソウル国際音楽コンクール(1996年・韓国)等が設立された。
21世紀に入るとこの傾向はさらに加速し、アジアや南米に続いて、東欧、北欧、カナダでも新設が相次ぐ。仙台国際音楽コンクール(2001年)、モントリオール国際音楽コンクール(2002年・カナダ)、マイリンド国際ピアノコンクール(2002年・フィンランド)、ASEAN国際協奏曲コンクール(2005年・インドネシア)、香港国際ピアノコンクール(2005年・香港)、高松国際ピアノコンクール(2006年)、BNDES国際ピアノコンクール(2009年・ブラジル)、バング&オルフセン・ピアノRAMA国際コンクール(2011年・デンマーク)などが挙げられる。
この10年間の傾向としては、20世紀後半のコンクール拡大成長期を経て、多様化・個性化が進んでいるようだ。協奏曲に重点を置くコンクールはその一つ(カントゥ、近年ではASEAN、仙台、フルブライト)。コンクール萌芽期に見られた音楽祭とコンクールの同時開催(プラハの春、エネスク、近年では香港)や、教育的意義が強いアカデミーとの共催(エッパン、エクス=アン=プロバンス等)も広まっている。
世界三大国際コンクールの知名度や難易度は依然として高いが、他のコンクールの発展も著しい。コンクール業界を新たな視点で見ると、伝統的なヒエラルキーとは異なる新たな価値観も生まれているようだ。次の章では、最近の傾向を検証してみたい。
*国名は現在の呼称。
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音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/