会員・会友レポート

第11回 UNISA国際ピアノコンクールリポート

2008/03/31
第11回 UNISA国際ピアノコンクールリポート
2010年のサッカーワールドカップ開催地にも選ばれ、世界的に注目を浴びている南アフリカ共和国では、2年に一度国際音楽コンクールが開かれる。南アフリカ大学(University of South Africa、通称UNISA)の音楽財団が主催しているのだが、今ではアフリカで一番大きなクラシック音楽イベントとも言えるそうだ。ピアノ部門のほか、弦楽器、声楽部門があり、それぞれ4年毎に周期が来るのだが、今回、偶然自分の演奏ツアーが始まる直前にピアノコンクールがあることを知り、最終審査を聴きに行った。

[文・写真:福間洸太朗]

前編

まずは、簡単にコンクール課題曲を紹介する。

第1次予選(25~30分)
1.J.S.バッハ:平均律から一曲
2.トランスクリプションを一つ
3.任意の曲
4.コンクール委託作品(2つから任意の一曲)

第2次予選(30~35分)
1.モーツァルトのソナタを一曲
2.任意の曲

第3次予選(65~70分)
任意のリサイタルプログラム

ファイナル
指定された古典、ロマン派以降のピアノ協奏曲を各一曲

課題を見ても、規模の大きさ、参加者に求められた質の高さは容易に想像できる。予備審査を含め4段階のラウンドを勝ち抜いてきた6名のファイナリストたちは、さぞかし疲れも出てきているだろうに、こともあろうか、ロマン派以降のコンチェルトは全員ロシアものの大曲を選んでいた。以下が6名の演奏を聴いた筆者の感想だ。

一番バッターはクロアチアの女性、マルティーナ・フィルジャクによるラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番。序奏で息の長いクレッシェンドを見せようとしたのか、かなり遅いテンポで始めたが、二段目以降との落差があまりに激しく、逆に途切れて聞こえた。弱音でハッとさせることもあるが、フォルテ以上の音が鋭く、アグレッシブになる傾向があった。続いてポーランドのスチェファン・コンチャル がラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲を弾いた。椅子の高さを調節しながら観客に向かって笑顔を見せるほどの余裕があったが、演奏にはもっと緊張感が欲しかった。そしてフレーズを歌いきって欲しい。この人も音の鋭さが目立った。初日の最後は地元南ア出身のベン・スクーマンによるチャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番。冒頭から輝いた豊かなフォルテが聴けて、ホッとした。オーケストラとの共演にも慣れているようで、フレーズの受け渡しが特にうまい。しいて言えば、情緒豊かな中にも「ロシアの魂」といった強いものがもっと感じられると良かった。
二日目はオールラフマニノフ。オーケストラと指揮者も大変だったと思う。インド系アメリカ人女性のパッラヴィ・マヒダラもパガニー二狂詩曲を弾いた。この人のリズム感、音の鮮明さは抜群だと思ったが、残念ながらラフマニノフの音楽にはあまり向いていないようだった。もっと横に流れる音楽が聴きたかった。オーバーアクションが気になったが、観客は大歓声をあげていた。前回の浜松コンクールで6位に入った中国のチュン・ウォンはラフマの2番。登場からまじめな印象を受けたが、音楽もまじめだった。指の小回りに優れていることがあだとなり、3楽章はずっとオーケストラより先を走っていた。音の種類ももっと欲しい。まだ若いのでこれから経験と共に伸びるだろう。そして最後はウクライナ出身のオーストラリア人、アレクセイ・イエムツォフによるパガニーニ狂詩曲。ロシア系の血を引くこともあってラフマニノフは十八番なのだろう、完全にアーティストの演奏だった。しかしリスクに挑戦したために、オーケストラと合わなくなった場面が2度あり、本当に悔やまれた。リハーサル時間が限られているコンクールの難しさだ、ということを感じた。

結果は以下の通り:

 第1位 Ben Schoeman (South Africa, 24) 新曲課題(2)賞、古典派コンチェルト賞
 第2位 Alexey Yemtsov (Australia, 25) 新曲課題(1)賞、モーツァルト賞、古典派コンチェルト賞
 第3位 Chun Wang (China, 17) リサイタル賞
 第4位 Pallavi Mahidhara (USA, 20) 聴衆賞、ロマン派コンチェルト賞
 第5位 Martina Filjak (Croatia, 29)
 第6位 Szczepan Konczal (Poland, 22)

祝福されるスクーマン

ということで、今回は初めて開催国出身のピアニストが優勝した。しかも彼は4年前のコンクールでもセミファイナルまで行き、最優秀南アフリカ人参加賞を受賞したり、昨年行われたUNISAの国内コンクールでも優勝していたことがあり、コンクール前から地元の応援とメディアのバックアップが整っていたようだ。言うまでもなく、結果発表での会場の騒ぎといったらなかった。

後編

ジョン・ルースさん、私のツアーに同行してくださったレイニー・ト レケッセーさん、そして前々回のUNISAコンクール優勝者、スペンサー・マイ アーさん
左からジョン・ルースさん、私のツアーに同行してくださったレイニー・ト レケッセーさん、そして前々回のUNISAコンクール優勝者、スペンサー・マイ アーさん

日を改めてコンクールの音楽監督のジョン・ルース氏にメールでインタビューしたので、以下にご紹介する。

1.今回のコンクールへの応募者数を教えてください。
─ 92名の応募者のうち、ビデオ審査により34人に絞られ、二人がキャンセルしました。

2.UNISAコンクールは今世界的に注目を集めていると思いますが、その魅力は何ですか。
─ 次のようなことが考えられます。

コンクールの良い規範、過去の実績、評価、そしてもちろん賞金や副賞のコンサート契約などの特典
UNISAのコンクールから世界的に有名なアーティストが誕生していること(第1回のピアノ部門でカナダのマーク・アンドレ・ハムラン、次の回ではアメリカのソプラノ、ルネ・フレミングが優勝している)
公平で客観的な審査システムを取っていること(自分の生徒、親族、あるいは過去2年間に教えた人には点を入れられないことや、討論ではなく点数による投票で順位を決める他、投票には関与せず、公平な審査がされているかを監視する議長を設けている)
ホストファミリーによる南アフリカ特有の温かいもてなし
コンクールの時期が、南半球では快適な夏の気候であること

3.一次予選で全員編曲ものを弾くことが課題になっていますが、これは大変ユニークなことだと思います。何か特別な意図があるのですが?
─ ピアニストの優れた技術、エンターテイメント性を聴衆にアピールする機会を与えることが目的です。原曲に忠実なものでなくても、パラフレーズやファンタジーも認めています。

4.今回当コンクール史上初の南アフリカ人の優勝者が出ました。この結果をどのように受け止めていらっしゃいますか。
─ 私たちは、スクーマンの優勝をとても誇りに思います。コンクールの概念の一つとして、南ア国内の若い音楽家にモチベーションを与えることがありました。そのため、毎回の国際コンクールの前年にUNISA国内コンクールを催し、そこでの上位2・3名をこの国際コンクールに派遣しています。

5.今後の新しい企画があれば教えてください。
–コンクールに新しい楽器の部門を設けることを考えています。特に南アで人気の高い管楽器部門です。それと、優勝者に国外でも演奏の場を提供することを検討しています。

6.日本の音楽ファンへメッセージをお願いします。
─ 私たちは、もっと多くの日本人の応募者を期待しています。84年にピアノの岡田博美、88年にヴィオラの小林秀子がそれぞれ優勝していますが、もっと日本人入賞者の名前を残していただきたいです。次回のUNISAは2010年の1、2月に弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)を予定しています。何か情報をお求めの方は、私の方までご連絡ください。
Roosjs1@unisa.ac.za John Roos, director of the UNISA Music Foundation


彰式で

犯罪の多発や政治・経済、電力で問題を抱えている南アフリカ共和国ではあるが、こういう所だからこそ、人々に喜びと生きる希望を与える音楽の役割が大きい。そしてこの国の大自然の美しさ、そのハーモニーとダイナミズムは、演奏家に多大なインスピレーションを与えてくれる。そういった意味でも、より多くの若い音楽家にこの国を訪問してもらいたいと僕は思う。



ピティナ編集部
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