第30回 根津栄子先生
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千葉県・市川市にある「Muse音楽教室」。白い洋風の建物の前に、白と紫で統一されたパンジーが広がる。主宰の根津栄子先生は、教室を開設して以来20年間、毎朝1時間、丁寧に手入れをし、絶やすことなく育て続けてきたという。
「手をかけ、愛情を注ぎ、でも過保護は禁物。人の育て方を、お花が教えてくれるんです。」と根津先生。花作りとピアノ指導との共通点に、根津先生のレッスン室の指導理念がうかがえる。
1.大好きな花作りとピアノ指導の共通点
共通点(1) 悪い芽をひとつずつつまんでいると、いつのまにかたくさんの花が咲いている。
「変な癖がついている場合、毎回のレッスンでは2~3分で出来る課題を少しずつ出しています。一見たいしたことがないように見える課題ですが、積み重ねによって、いつのまにか、見違えるように美しいフォームで演奏できるようになったり、粒のそろったスケールが弾けるようになるんです。それはすぐに直ることもありますが、数ヶ月~数年かかる場合も多いです。」
共通点(2) きれいに咲いているように見えてもなぜか元気がない、と思ったら、根が腐っていた。
「コンクールに入賞したり、難易度の高い曲を演奏したり、表向きは華々しく順風満帆に進んでいるかのように見えていても、実は嫌々弾かされていて、隙を見ては逃げたがっている・・・、というような生徒さんにお会いすることも少なくありません。自ら進んで弾きたいと思う気持ちを育てることを、私は大切にしています。」
共通点(3) 肥料をあげすぎると、腐ってしまう。
「変に甘やかしたり、よかれと思ってあれもこれもと手伝ってしまうと、自分では何も考えられない自発性のない子供になってしまいます。私の教室では親御さんの付き添いは自由ですが、小学3年~4年生になると、一人でレッスンに来る生徒が多くなります。送り迎えだけはしていただき、すべてを子供に任せてあげると、ますますやる気が出るようです(笑)。ほとんどの生徒が、レッスンを録音していきますが、三脚持参でビデオに撮っていく生徒も多いですね。」
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いつも花でいっぱいの教室は、生徒たちにも大好評。栄子先生の細やかな気配りとセンスが伝わっているようだ。
「きれいなお花が咲いていて、お城のような教室にウキウキします。」(松田朋佳さん・小5)
「お庭のお花がいつもきれいなのも、栄子先生が優しく、お花を大切に育てているからだと思います。」(翁康介くん・小4)
冬になり、窓にはファイバーツリーが光り、木々はライトアップされている。
2.年2回の合同勉強会
『コンペリハーサル&エチュード&バッハ』の様子 |
Muse音楽教室では、教室開設当初から年2回の勉強会を開いている。今年12月で48回もの回数を重ねるこの勉強会では、スケールやバッハ、エチュードなどを人前で弾き、お互いに聴き合う。そのねらいとは?
基礎練習の大好きな子に育てたい
「子供たちがカリカリと義務感でピアノを弾いたり、無理やり大人にやらされている、というのが私は苦手なんです。ですから何とかして、子供たちが心からピアノを楽しんで演奏して欲しいと思っています。でも楽しんで演奏するためには、導入・初級の段階で"確実な基礎力"がなくてはなりません。生徒たちには、入門と同時に、このことをお話ししています。
"確実な基礎力"を付けるには、基礎練習が欠かせません。私自身、幼いころは、基礎練習が嫌いでした。ですから生徒達には、どうにかして嫌にならないでほしいと、毎日の日課の中で、無理やりではなく自然に練習したくなる方法を常に考えています。放っておくと、自分からはスケールやエチュードを練習したがらないのが現状です。日ごろのレッスンでも、生徒にとってとっつきにくい課題を、やさしく楽しく取り組める課題にアレンジして教えるのが大好きなんです。たとえば、スケールも、調号の数順ではなく、同じ指使いで弾ける10種類の調から教え始めるなど工夫をしています。」
スケール・エチュード・バッハを発表
「年に2回の勉強会では、スケール・エチュード・バッハを発表する勉強会を企画しました。これは、教室の生徒全員参加です。スケールは、24調あるくじ引きで当たった調を弾いてもらいます。エチュードは、数曲を一度に弾かせています。これが生徒達に良い刺激らしく、自宅でも積極的にこの方法で練習しているようです。これらの実践によって基本的な練習態勢が身に付くので、曲へのアプローチの仕方も仕上がり具合も、よい方向へ向けることができるようになりました。」
第46回12月28日(金)カワイ表参道『アンサンブル&エチュード&バッハ』の様子 |
勉強会の効果は、進度にも反映するようだ。
「勉強会のスケールのくじ引きはドキドキです!おうちでも、くじをつくって練習してます。バッハと、エチュードをみんなの前で弾くことが楽しみで、バッハが大好きになり、インベンションもツエルニー30番も半年くらいで終わりました。」と松田朋佳さん(小5)。
教室全員でとりくむ、日常的な基礎練習の非日常的な合同勉強会。通り一遍に見えることも、工夫次第でゲーム性あふれる楽しい場に仕立て上げてしまう。入門したばかりの生徒や保護者も、この合同勉強会に刺激を受け、主体的にピアノに向き合うようになるそうだ。
勉強会のあとの楽しいティータイム |
勉強会の終了後は、みなでティータイムを楽しむ。
「普段お話しする機会の少ないお父様やお母様とも楽しく歓談。子供たちのレッスンでは見られない姿が垣間見られる、楽しい時間です。」と根津先生。
次回の勉強会は、12月28日にカワイ表参道にて開催を予定。テーマは、他の楽器とのアンサンブル。ご主人である昭義先生が指導されているヴァイオリンの生徒さんとのデュオや、2台ピアノでのアンサンブルなど、合わせる喜び、音楽の楽しさを経験させているという。アンサンブルのレッスンも、Muse音楽教室の特徴の1つだ。
3.家族で作る特別レッスン
Muse音楽教室の特徴の1つに、アンサンブルレッスンがある。
「一人で練習することが多いピアノと違って、他の楽器との合わせ練習は、みんな肩から力を抜いて取り組んでいます。お友達と合わせることは、楽しく仕方ないようですね。相手の音を、集中して聴くことになるため、間の取り方やバランス感覚が自然と身につきますし、音色感も豊富になり、ピアノのソロ演奏にも大きく変化が見られることが、何よりの効果ですね。ピアノだけではなく、視野を広くもってほしいと、いつも願っています」と根津先生。ご主人である昭義先生は、N響のヴァイオリニスト。アンサンブルレッスンの、力強いパートナだ。
アンサンブルで心を開かせ、音楽の心地よさを伝える
3歳から通われている大澤葵さん(中2)は、栄子先生、昭義先生のレッスンを受け、楽しく音楽の世界に導いてもらった1人。「栄子先生は子供の成長に対するゆるぎない確信を持って、レッスンしてくださいます。」と語る母親の大澤由紀さんに、室内楽レッスンでのエピソードを伺った。
「小さい頃は言われるがままに表現することが出来ました。しかし、思春期に入り、人目を気にすると同時に内面の表現をしなくなっていきました。親の焦りと並行して、本人は親の言う通りに表現するものか・・・と頑なになっていきました。
ちょうどそんなとき、市川フレンドステーションでのステップで、ピアノとヴァイオリンで、参加することになりました。私は仕事の忙しい時期でレッスンにもついていけず、練習に口をはさむこともできませんでした。そんな事情を察してくださったのか、「とにかくこの数日間で変身させる・・・!!」と栄子先生・昭義先生・理恵子さん3人がついてくださり、時間を超過して見て下さいました。もともと表現が嫌い・・・というわけでなく、親への反発で、表現しなくなっていたのかもしれません。そう思ったのは、前日にやっと時間があき、レッスンの最後に顔を出したときに、ご家族総出で、我が子のレッスンに真剣に向き合って下さる姿を見たときでした。弾く曲への思いが自然と体に出てきてしまうこと・・・それが表現だということを3人の先生方が、さまざまな視点でアプローチし、子供の心を開かせようとして下さいました。心で歌うこと。その音楽の心地よさを何とか伝えようとして下さっていたのでした。知らず知らず、子供の心に、難曲をよどみなく美しい表現体で弾くことを要求していた親であったことに気付かされました。。
本番は、理恵子さんの先導もあり、気持ち良く堂々とヴァイオリン、ピアノの2曲を弾くことができました。そして、終わって、席に着いた時、本人の口から"気持ち良かった!!"という言葉が漏れました。表現することにこんなに抵抗を示していたのに、心と体と弾く曲が一体化することに心地よさを感じることができたこと。これはこのステップを通して先生方3人がわが子に身を徹して教えて下さった音楽の神髄だったように感じています。」
家族の応援も子どもに伝わっている
根津栄子先生が代表をつとめるピティナ市川フレンドステーションでは、今年4月、室内楽ステップを実施。写真は、ステップ前のリハーサルレッスンの様子。ピアノは有海友加里さん(中1)、チェロは山内俊輔(N響)さん。 |
最近では、娘の理恵子さん(ピアニスト)もポーランドからの帰国中に、レッスンに加わり、演奏する立場からのアドヴァイスレッスンもしてくれるようになったという。栄子先生、昭義先生、理恵子さんの3人4脚で作られる、アンサンブルレッスン。このご家族の存在も、生徒や保護者に、効果を及ぼしているようだ。
「栄子先生が娘にしてくださる何気ない会話、たとえば、理恵子さんの小さい頃のお話などが、娘にとってとても楽しく、先生との距離も縮め信頼も強めているように思います。娘の中に築かれた先生への信頼が毎日の練習の源になっているようです。娘は本当にピアノが大好きです」(八木橋実季さん・小6の母)
「お教室の環境はすばらしいものです。設備や空間だけではなく、先生のご家族(昭義先生と理恵子さん)の応援も娘に伝わっています。室内楽の経験や、憧れのピアニストのやさしいお姉さんからのアドバイスは、特にやる気がでるようです。」(松田朋佳さん・小5の母)
4.アイデア満載の日常レッスン
レッスンは、まるで玉手箱のよう
根津栄子先生の日常のレッスンは、アイデアが満載。この日のレッスンは、入門まもない前田奏恵ちゃん。前半はピアノ(各調でのスケールとアルペジオ、バスティンの名曲集、インベンションなど)、後半はソルフェージュ(メロデイー、リズム、和声の聴音、新曲など)。一つ一つの項目の展開が速いため、まだ幼稚園の年長さんとはいえ、1時間のレッスンも、楽しそうに集中してこなしてしまう。
「ピアノのレッスンは、いつもおてだまやビーズ、おみくじなど楽しいグッズが飛び出して、まるで玉手箱のようです。栄子先生自ら歌ったり踊ったり(時には闘牛の牛のふりをしたり、フラメンコのダンサーになったり!)、とても楽しいレッスンです。娘は栄子先生が大好きなので、時に先生に抱きついたりお膝に乗ったりしてしまい、ヒヤヒヤしてしまうのですが、いつも全身で受け止めてくださいます。
ソルフェージュのレッスンでは、一つの曲を色々な調で弾いたり、和音を聞いて調号を書いたカードをカルタのように取るゲームなどを通して、自然に色々な調に親しむようになりました。家でも、色々な調の曲を即興で弾いてみたり、どんな調の曲でも抵抗なく譜読みができるようになっているのは、頭でなく"体"で調性の感覚を身につけてくださったお陰だと思います。」(前田奏恵さん・年長の母)
アイデアいっぱいのレッスングッズ紹介!
◆色鉛筆も、スケールのくじ引きに変身!!! 円筒型のケースに入った色鉛筆の先には、24調のドイツ音名が。毎回のレッスンの初めに、生徒が自分でそれをくじ引きし、当たった調とその平行調でスケール、コード、ブロークンコード、アルペジオを弾く。もちろん手の大きさや年齢、能力に応じて内容は様々。自宅学習も積極的になり幼稚園生から全調弾けてしまうケースも少なくない。 | |
◆6面体や12面体のサイコロ 能力に応じて、数種類作ってある。生徒たちはサイコロを振っての調の勉強がゲーム感覚らしく楽しそう。6面体は平行調を覚える訓練にもなり、調号に強くなるため読譜力アップにつながっている。 | |
◆ぬいぐるみGくん 緊張で笑顔のない生徒や、身体がガチガチに固まっている生徒には、『Gくん』の笑顔を見せると思わずほほえみがこぼれ、その瞬間からリラックス。お顔もニコニコ! | |
◆キラキラシール 幼児や小学低学年の生徒たちはシールが好き。でも、普段のレッスンでシールを使うのは、次のたった2回だけ。<その1>コンクールや演奏会の直前にどうしても忘れてほしくない重要ポイントに。(なるべく少しで、できるだけ小さなもの)<その2>ツェルニー30番やバッハインベンションなどを2サイクルさせる際、その復習の記録としてシールを貼る。 | |
◆ピンクのクマちゃん ピンクのクマちゃんはからだが柔らかく、特に首や背中に力の入っている生徒にこのクマちゃんを振ってみせると、不思議!!!その瞬間、肩から力が抜けて弾むように演奏できるそうだ。 | |
◆スーパーボール&カスタネット 身体や腕、手首などに、軽快なリズム感が乏しい時、スーパーボールの弾みが大きなヒントを与えてくれる。ビー玉と弾み具合を比べさせるのもおもしろいとか。カスタネットは連打や、手首スタッカートの練習には欠かせない。カスタネットが出てくるだけで、生徒たちの目が輝く。 | |
◆ストップウォッチ ドイツ音名や調性を覚えたりする時には、ストップウォッチが登場。毎週タイムの記録を更新、確実にレベルアップしていく。 |
「初めてのコンペティションの時の、先生の熱のこもったレッスン・・。その時から好きだった先生が大好きな先生になり、先生のレッスンを受けたいという気持ちが、上達のきっかけになりました。いつも楽しくて、時にびっくりするようなアイデアいっぱいのソルフェージュの手作りレッスングッズ、ぬいぐるみGくんを使ってのポイントを押さえた分かりやすいレッスン、キラキラシールなどでやる気倍増させてくれます。先生についていけば・・先生の言われることがすべてできれば必ず上手くなれる、結果もついてくると確信できます。次はどんなことを教えていただけるのでしょうね。毎回楽しみにしています。」(常光梨沙さん・小3の母)
翁康介くんが2008年ピティナコンペ全国大会直前のレッスンの書き込み楽譜だ。どんな曲も、全てオーケストラの楽器に置き換えて考えていく。 |
「とても楽しくてわかりやすく教えてくださいます。 たとえば、『ここは長靴じゃなくて、ハイヒールをはいているみたいにね』とか 『こっちはアイスクリームで、こっちはシャリシャリのシャーベットね』 とか、体がガチガチになって弾いているときには、レッスン室のくまのぬいぐるみをふって、 『この子、いい動きでしょう!このくまちゃんみたいにね!』 というように。 うまく弾けた時は、『ブラボー!!』と喜んで褒めてくださいます。 ぼくはうれしくて、もっともっとがんばりたくなります。」(翁康介くん・小4)
オリジナルの計画表で、自宅練習をしやすく
(クリックで拡大) |
写真は、高田真佑さんの練習手帳だ。どの生徒も、生徒それぞれ自分のスタイルで、計画表を作っているという。計画を立て、小さな課題をクリアすることを積み重ねながら、"自分から練習する子"に育てていく。
「1週間に一度の栄子先生のレッスンの翌日、自宅での練習はまず、先生オリジナルの計画表に今週の練習目標・課題を記入するところから始まります。毎日欠かせないスケールやアルペジオ、指の訓練の
レッスンをしながら、真佑さんと一緒に、来週の課題を考え、計画手帳に書き込んでいく |
5.レッスンに学ぶ(保護者からのコメント)
それは、ピアノにとどまらず
人生、勉強、教育についても当てはまる、大切な教えでした
「娘(山本彩雪さん・小5)が、Muse音楽教室栄子先生にピアノを習いはじめ、はや4年になります。栄子先生との出会いが、私達親子の人生の財産となりました。
最初は、4才からの悪い癖を徹底的に矯正する事から始まり、何もかもがそれまでとはまるで違い、驚きの連続でした。 が、 同時に、あの時期にいかに親が環境を作ることが大切かを、気付かせていただきました。
のんびり屋で おっとりしていて、消極的で マイペース...、同じ年の子供の中でも、何かを習得するまでに、とても時間のかかるタイプの娘ですが、自分のペースで地道にがんばり、着実に力をつけてこれたのは、常に自らが手本となり、熱い情熱で、諦めず手ほどきをしてくださった栄子先生のお力のおかげです。それは、ピアノにとどまらず、人生、勉強、教育についても当てはまる、大切な教えでした。
また、色々な方法で、音楽の幅を広げて指導されてくださり、室内楽やアンサンブル連弾も経験させていただきました。発表会や勉強会では、バイオリンの演奏を沢山聴くこともでき、子供の感性が、色々な形で育まれたようです。 歌やソルフェージュも、グループや少人数で行うことで、音楽を共感する仲間を作ることができ、お教室に通う楽しみや、刺激にもなっているようです。
コンクールに出たいという強い意思があってお教室に入門した訳ではありませんでしたが、コンクールに出ることでしか学び得ないことがあることも知りました。結果が出せない場合でも、今よりも前に進む力を、娘が感じているようです。
栄子先生の様々な工夫のおかげで、自然にピアノが音楽が大好きな子供になりました。そして、親の私も、栄子先生に出会う前より 何百倍もピアノに夢中になっていると思います。」(山本香子さん)
むすび
「私の教室の生徒たちは、アンサンブルやソルフェージュ、コンサートなどで顔を合わせる機会が多いためか、生徒同士はもちろん、親御さん方も、お互いに認め合いつつ高め合って良い関係を築いています。
根気と努力の限界に挑戦しなければならないこの世界ですが、数年後、数十年後に『ピアノや音楽をやっていて良かった!!』と心の底から思っていただけるよう、今の私に出来る精一杯のことを一人一人の個性を見極めて提供していきたいです。そのためには今後もあまり人数を増やすことなく、少人数の生徒を楽しく励ましながら大切に育てたいと考えています。
子供たちが自分の力で音楽のすばらしさを見つけ、惜しみなく努力することが出来る大人(ひと)になっていってほしいですね。」(根津栄子先生)