第13回 相澤聖子先生
1.いつのまにかアミューズの愛好家たちに囲まれて/ 2.本物の音楽がここにあった!/ 3.その人にぴったりの服を選ぶように/ 4.演奏は弾き手と聞き手で作るもの/ 5.個性とやる気を大切に、大人も子供も隔てなく
1.いつのまにかアミューズの愛好家たちに囲まれて
当協会アミューズ委員、青山ステーション代表の相澤聖子先生のレッスン室には、このところ大人の愛好家たちが集まっている。従来、音大受験生やコンペ入賞者を数多く指導してきた相澤先生が、社会人の方々の指導に進展していった経緯や、継続の秘訣を伺った。
─ 相澤先生というとアミューズ部門の指導に定評があるという最近の印象がありますが、 以前から大人の生徒さんは多かったんでしょうか?
相澤:どういう方をターゲットにして、というのは特にないんです。昔はコンクールや音大を受ける子供たちが多くて、大人の方はいらっしゃらなかったので、今のような状況になるとは予想もしていませんでした。
7~8年前でしょうか、2~3人くらい熱心な方が入っていらしたのが始まりですね。その一人が安田さんです。それ以前にも大人の方を教えたことはあったんですが、生徒の親御さんとかその程度でした。今は、安田さんとか矢野さんとか、大人の生徒さんがとても熱心でいらして、周りにも同じような方が多いので、そのご紹介で増えてきましたね。ピティナの先生紹介でも佐々木さん(曜さん=2002年度アミューズ部門第1位)が入っていらしたり、少しずつご縁が増えています。
2. 本物の音楽がここにあった!
─ 生徒さん側からみて、相澤先生の指導というのはいかがですか?
安田:趣味で大人でピアノを習っているといいますと、楽しくやることに終始して、その程度にしか教えてくれないという先生が多いんです。そんななかで相澤先生は、アマチュアでも専門でも同じように深く教えてくれるところがとてもありがたいですね。先生のレッスンですと、ピアノは難しいけれども奥深くて、やればやるほど面白いなあと感じています。
矢野:私も同じですね。私は中学でピアノをやめて、でもやっぱりピアノが好きだという思いが強くて自己流で弾いていました。プロの演奏するCDなんかを聞きまして「なぜこんな素晴らしい音が出るんだろう」と十数年疑問に思ってきたんですね。
一年ほど前に相澤先生に出会って、一音一音にこだわったり、弾く姿勢にこだわったり、そういうレッスンを受けて自分の音が変わっていくのを初めて体験しました。そのときに「ああ本物がここにあったんだ」と気づきました。今でもそれが楽しくてやめられないんです。
3.その人にぴったりの服を選ぶように
─ 大人の方を指導するときに心がけていることや工夫はありますか?
相澤:私のほうでは、相手の仕事や忙しさにも配慮しつつ、ピアノを続けたいという思いを大切にするように心がけています。細く長くやってほしいと思ってるんですね。忙しいときは長期間来られなくて「この人最近いないな~」っていうときもあってかまわないと思います。大人の方は真面目なので、コンスタントにレッスンに来なさいという方針ですとかえって続きません。そのかわりやるときはやる、これを徹底しています。基本的には中途半端でなくて、やるんだったら一生懸命練習しましょうというのが私の考え方ですので、自分で時間を見つけて熱心に練習する方が続いてますね。今はメールというすごく便利なものがありますので、こまめに連絡を取って、大人の方なら急なレッスンでもなるべく受けるようにしています。もちろんこれは大人の方に限ることで、ジュニアの子にはそういう形ではなく、定期的にレッスンに来てもらいます。
─ ジュニアとアミューズで他に違いはありますか?
相澤:レッスン方法も違います。若い子たちには、自分で弾いて、初回のレッスンまである程度形にしてきなさいという課題を出します。譜読みをたくさんこなすことも必要ですから。大人の方は時間がないし、本格的に始めたのが遅いという方もいますので、途中まで、1ページでもいいから見てきたところまで持ってきてもらうように伝えます。恥ずかしいとか言わずに、今の状態でよいから持ってきなさい、と。早い段階でレッスンをし、曲の感じや必要なテクニックとかを指導するほうが、変なクセがついてしまう前に見ることもできて有効ですね。
─ コンクール出場は先生がお勧めになるのですか?
相澤:一回目はこちらから一応紹介するという形です。二回目からは自分の選択ですね。とは言っても、大人の方は熱心な方が多いですから自分で探していらっしゃいますよ。曲も、学生は与えられたものを弾くという感じですが、大人の方はこの曲がやりたいという形が多いですね。実際に出るとなったらその希望を第一に考えてやっていきます。ただ、どうも合わないとかいう曲との相性を指摘することはありますから、2~3曲候補を挙げてもらって選んでいくことが多いです。
─ 選曲にあたって注意されていることは?
相澤:私はよく洋服にたとえて言うんですが、自分は似合うと思って着ている物が、ちょっと合ってないというときってありますよね。その曲との相性が出てしまうんです。2曲、3曲弾いた場合には、ますます相性を合わせるのが難しくなりがちです。逆に、1曲だけだとピンと来なくても、3曲弾いてみたらどれもまあまあ似合って悪くないという人もいたりします。だからコンクールの評価は難しいんですね。
特に1曲の場合、「ジャストフィットサイズ」のものを探すのは本当に難しいです。本当は別の服を着ればとても素敵なのに、着る服を間違えたために評価が低くなってしまうことがあります。そこは1人で決めるよりもやっぱりスタイリストがいるほうがいいということで、私たち指導者のアドバイスが必要なんですね。
4.演奏は弾き手と聞き手で作るもの
─ 大人の愛好家の皆さんですと、自己満足の演奏に陥りがちなところはあると思うのですが、その点について先生のご指導は?
相澤:たしかにそういう傾向がある方もいらっしゃいますね。演奏というのは自分ひとりのものではなく、弾く人と聞く人で成り立っています。弾く人の思いに、聞いている人も共感できる何かが生まれるとしたら、それが良い音楽だと思うんです。そこを矯正していくのが先生の役割のひとつだと思います。思いは大切だけれども、主観が出すぎてもいけない。自分の世界に入らずに共感できる音楽を目指しています。
─ そのために何か工夫をしていらっしゃいますか?
相澤:同じ人でも、ちょっと弾き方を変えるだけで、音が変わるんですが、これは弾いてる人よりも聞いている人のほうがよくわかったりするんです。それで、レッスンの前後の人の時間が重なった場合には、お互いに聞いてもらって「音が変わった?」と聞いている人に確認したりします。
─ ホール練習も取り入れていらっしゃるとのことですが...?
相澤:コンクールの直前の弾き合い会を、レッスン形式でしています。他人が弾いているのを聴くのがまた勉強になるんですね。バランスとか音楽の流れとか総合的なところをチェックするようにしています。
矢野:ホールに適した演奏というのがあって、レッスン室で言われていることが、実際にホールで弾いてみると分かるという感じがします。いつもこのレッスン室で指導されていることが、そこに行くとはじめてわかるという体験をしますね。
安田:緊張度もちがって本番という感じがするんです。とても勉強になりますよ。
相澤:ホール練習をしておくと、どんな部屋で練習しても、ホールでの響きをイメージできるようになっていきます。例えば、このレッスン室だとちょっとうるさいなと思う演奏も、ホールではちょうどよい音量なわけです。自分が今出した音がどういうふうに響いていくのかというのは、みんな知りたいわけですが、自分では聞けませんよね。それを他の人が聞いて、アドバイスして補ってくれると、「今自分はこう弾いているけれども、外の人にはこう聞こえているんだなぁ」というイメージをもって弾くことができます。ホールでの感覚を日頃からもっていると、練習も違ってきますし、聞こえてないとあせって音量が大きくなりすぎてしまったり、逆に大きいと勘違いしてセーブしてしまったり、そういうことがなくなってきます。
5. 個性とやる気を大切に、大人も子供も隔てなく
─ 大人の方を指導されていて、どのあたりが面白いですか?
相澤:言葉で表現するのは難しいんですが...。大人になってピアノを弾きたいという方には、「個性」がありますね。その人なりにこんなふうに弾きたいと思う気持ちというんでしょうか。それが演奏となると必ずしも音に反映していないので、そこは直していくんですけど、気持ちがある人っていうのは、やろうと努力するんですよね。
それから、学生の中にはテクニックに走る子もいて、まあ、そうならないようにテクニックと音楽性のバランスをとるのが指導者の役割なわけですが、大人の方の場合、テクニックはちょっと劣っていても気持ちが込められていて、やりたいからやっているという楽しさが伝わってくるんです。「個性」を生かしている分、こちらも大変ですけど、でもやっぱりそれが面白いかな。
ただ、現在たまたま大人の方が多いだけで、今後どうなるかはわかりません。ジュニアでもアミューズでも、同じように「個性」を大切にしながら、長いお付き合いのできる方を教えていきたいですね。
─ ありがとうございました。