英国王立音楽院『ミュージック・イン・コミュニティ』第4回
Kings Place外観
英国王立音楽院(ロイヤルアカデミーオブミュージック)の『ミュージック・イン・コミュニティ』のプログラムでは、音楽だけでなく様々なジャンルで活躍するアーティストとのコラボレーションも行われる。今回はゲストアーティストとして、身体表現の専門家を迎えての合同でワークショップ。1つのお話を素材に、2つのアートの視点から作品を作り上げていく。どのようなものになるのだろうか?
名称:RAM at Kings Place ファミリーワークショップ
日時:土曜日 10:00-15:00
場所:Kings Place (90 York Way London N1 9AG)
対象:5歳以上+保護者
アーティスト:ジュリアン・ウェスト(イベントディレクター)、サフィナ(ムーヴメントディレクター)、ロイヤルアカデミー学生&卒業生音楽家10名
主催:英国王立音楽院(ロイヤルアカデミーオブミュージックRAM)/Kings Place
参加費:無料
学校ワークショップの様子
この週は、ロンドンの新しいイベント会場Kings Placeでロイヤルアカデミーが1週間のレジデンシーとして様々なイベントを催しており、土曜はファミリーワークショップに充てられ、『ミュージック・イン・コミュニティ』の出番となった。『ミュージック・イン・コミュニティ』の特徴の一つは、他ジャンルのアートの一線で活躍するアーティストとのコラボレーションの機会を積極的に取り入れている点。(第2回参照)今回は「動き」つまり身体表現の専門家サフィナをゲストに招いてのワークショップ実践となった。
全体と音楽の部分をアカデミーからジュリアンが、動きの部分をサフィナが、そしてミュージシャンとしてアカデミーの学生と卒業生ら10名ほどが率いた。今回集まった楽器は、ピアノ、クラリネット、ヴァイオリン、フルート、チェロ、アコーディオン、チューバに歌手、それに作曲家の学生が1人。テーマにするのは、アンデルセン童話の『スズ(錫)の兵隊(The Steadfast Tin Soldier)』。このお話を元に、作曲家の学生エラが子どもたちのために曲を書いたのだが、2か所ほど、空白で残している部分があるという。その部分を、今日みんなで作って完成させようというのだ。
今日の参加者は、5歳以上の子どもと保護者たち。みなで輪になって自己紹介をすると、まずはサフィナが指揮を執って身体と心をほぐすエクササイズ。『スズの兵隊』にちなんで、マーチで色んな方向に歩いたり、手と足をまっすぐにぶらぶら動かしたりと、兵隊のような動きを取り入れている。続いてジュリアンが声や唇を使って色々な音を出しみなで真似るアクティビティで発声。そこで作品の中で歌う歌の歌詞を、ジュリアンに続いて歌いながら覚える。「まっすぐ前を向け、勇敢な兵隊よ。銃を掲げよ、勇敢な兵隊よ...」と、歌い方も兵隊のようにしっかりといい姿勢で立ち、動かずにはっきりと歌う練習。
ワークショップをしたKings Placeの部屋
ここからは、2グループに分かれて、それぞれがお話にあわせた音楽と動きを作るワークショップ。45分ずつ、音楽はジュリアンと、動きはサフィナと作り、前半と後半で交代するという仕組み。そこで作った作品を14時からのコンサートで披露しようというのだ。
10:00-10:30 | イントロ、エクササイズ |
10:30-11:15 | グループ①音楽ワークショップ/グループ②動きのワークショップ |
11:15-11:30 | 休憩 |
11:30-12:15 | グループ①動きのワークショップ/グループ②音楽ワークショップ |
12:15-12:30 | お互いに持ち寄る |
12:30-13:10 | 昼休み |
13:10-14:00 | リハーサル |
14:10-15:00 | コンサート |
グループ①はまずは音楽のワークショップ。集まったところで担当するシーンのお話を読んでもらう。「夜みなが寝静まると、おもちゃの人形たちは賑やかにパーティや、戦争ごっこを始めました。スズの兵隊も仲間に入りたくて箱の中でゴトゴトと暴れています。すると、カナリアが朝の訪れを告げ、おもちゃたちはまた元の所へ戻って眠りにつきました。」
「どんな風に音楽にしたい?」とジュリアンが尋ねると、さっそく女の子がアイディアを出す。「最初はベッドに寝てるから静かに始まるの。そしてだんだん色んな楽器が参加して音が大きくなって、最後にカナリアの声の音で終わるの。」「いいね。最初の静かなスタートは、どんな楽器がいいかな?やってみせてくれる?」とジュリアンが言うと、女の子は楽器の山の中からトライアングルを取り上げ、静かにゆっくりと鳴らす。「どの楽器に一緒に弾いてほしい?」と聞くと、「ヴァイオリンにゆっくり低い音で」とリクエスト。
その後は1人1つずつ好きな楽器を選んで順々に加わっていくのだが、静かな場面からどうやってパーティの場面に切り替えるのがいいだろうか。楽器の順番を選ぶために、学生の楽器も含めてそれぞれの持っている楽器の音を出してみるとイメージが膨らむ。「静かなところに、おもちゃ箱がゴトゴト鳴るように鈴が鳴り始める」「そこへタンバリンとチューバでおもちゃがマーチしているように」「ギロ、木魚、ドラム、チェロ、がだんだんと入って全部加わったところでクライマックス!」などとどんどんと意見が出てくる。激しく速くなったところで、カナリア役のピッコロが突然鳴り、みんなはぴたっとやめることに。
学校プロジェクトで室内楽を指揮
今度は動きのワークショップへ。担当するシーンは「朝になるとスズの兵隊は窓辺に置かれました。すると突然風が吹いて窓がバンっと開き、スズの兵隊はひらひらと外へ落ちてしまいました。子どもたちは外に出て探しますが見つかりません。そのうち雨が降ってきました。別の2人の男の子がスズの兵隊を見つけ、新聞紙で船を作って兵隊を乗せ、川に流しました。紙の船は波で右へ左へと揺れますが、スズの兵隊は一本足でまっすぐにがんばって立っています」
イメージが沸いたら、実際に身体を動かしながら、パントマイム劇のように動きでお話を語れるように試みる。まずは朝のシーンなので、みんなステージの後ろ側に座って寝ていると、窓役の2人の大人が立ちあがって身体で窓を作り、子どもが窓辺にスズの兵隊を置く真似をすると、スズの兵隊役の子が窓辺に片足で立つ。お話にあわせて、その場その場で必要な役をピックアップし、サフィナのリードに従って自分で動きをやってみる。ひらひらと落ちて行く様も、兵隊の格好を保ちながらぐるぐると時間をかけて回って倒れることで、ステージにはない高さを落ちたことを表す。
子どもたちも大人も、サフィナに「雨がやんだのに気がついて遊び始めて」と言われると、男の子2人でサッカーの真似を始めたり、スズの兵隊を見つけた時や「船を作ろう!」とひらめいた時のパントマイムのリアクションも、なかなか役者だ。サフィナは、イメージを喚起するようにどんな場面かを指示し、立ち位置や、ステージの中の動きまわり方、子どもたちが反応して作った動作をもっと効果的に見せるためのアドバイスをする。休憩中には、子どもたちがサフィナのところへ行って、音楽の方ではこうしたんだよ、何を演奏するんだよ、自分でアイディアを出したんだと、嬉しそうに話している。
別の日のFamily Dayより
さて、いよいよ2つのグループが集まって披露しあう。1つ目のお話にはグループ①が音楽を、グループ②が動きを作り、2つ目のお話にはグループ①が動きを、グループ②が音楽を作ってあわせてパフォーマンスをする、という仕組み。まずは、お互いに作った音楽や動きを単独で見聞きして、音楽と動きがどう重なるのか、想像を働かせる。そして、音楽の長さにあわせて動きを調整したり、動きにあわせて音楽を盛り上げたり繰り返したり、音楽にマーチがあるので、動きにも兵隊の行進を取り入れたり、と、音楽と動きをあわせてみる。父親たちも、戦争ごっこの場面ではステージ狭しとチャンバラで跳びまわったり、子どもを連れてほふく前進で相手から隠れたりと、非常に楽しそうだ。
お昼休みを挟んで最終リハーサルを終えると、いよいよ本番。会場に来た家族や友達も含めて、参加者たちも観客席に座り、いよいよ全体のお話が明かされるのを待つ。エラが作曲した音楽をアカデミーの学生たちが演奏し、ナレーターがそれにあわせてお話を読んでいく。それぞれが音楽や動きを作ったシーンが来ると、参加者たちはステージへと進み、さきほど作った音楽と演技を披露する。学生たちの本格的な音楽演奏の間だけに、みんなもプロフェッショナルなステージの中に参加しているという気分で誇らしげにパフォーマンスをしていた。
作品は、2つの空白のシーンだけでなく、随所に参加型の場面を作っている。途中、スズの兵隊の歌の場面になると、ジュリアンが指示して客席の参加者たちは立ちあがり、覚えた歌を歌って参加したり、魚にのみこまれて海を泳ぐシーンでは、子どもが魚のぬいぐるみを持って学生アンサンブルの前をうねうねと横切ると、目の前の楽器が、ぬいぐるみの高さや動きにあわせた音や大きさを表現したり。これには「私もやりたい!」と何人もが指揮の役割を買って出た。
Kings Placeの中
1日のワークショップだったが、同じお話の素材をもとに、音楽と身体、それぞれで表現すること、音楽と動きのダイナミクスをあわせてパフォーマンスすること、大人と子どもとが一緒になって集団でものを作ること、人の演奏とお話を聞くこと、など、非常に様々な要素を学ぶ、密度の濃い機会となった。異なる視点からアプローチすること、身体を動かして体験する過程で、より「表現」することへの理解が深まったのではないだろうか。
取材・執筆:二子千草