ロンドンレポート

英国王立音楽院『ミュージック・イン・コミュニティ』第1回

2010/10/21
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英国王立音楽院『ミュージック・イン・コミュニティ』第1回~インタビュー1:音大カリキュラムとしてのコミュニティ音楽

『ミュージック・イン・コミュニティ』は、188年の歴史を誇るイギリスのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック(RAM、英国王立音楽院)のカリキュラムの一つである。世界有数の演奏家を輩出し続けている音楽大学がこうしたプログラムを全ての学生の必修科目としている理由とは何であろうか?担当のオープンアカデミー主任ジュリアン・ウェスト氏にお話を伺った。

名称 : ミュージック・イン・コミュニティ
主催 : ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック オープンアカデミー
所在 : Marylebone Road, London NW1 5HT, UK(地図
対象 : 学部3年生必修、4年生・院生選択
インタビュー : ジュリアン・ウェスト氏(Julian West : Head of Open Academy

「音大がなすことの先入観への挑戦」オープンアカデミー

ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック(以下アカデミー ※RCMロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックとは異なる)は1822年にロンドンに設立された音楽大学で、サイモン・ラトルやエルトン・ジョンなど数多くの傑出した音楽家を世に送り出してきた。リージェントパークの南というロンドンの一等地に、一流の指導陣、一流の音楽家や団体との交流、コンサートやシアター用のホール、100以上の練習室、録音スタジオなどの設備を備えた環境に、学部から博士課程まで器楽・声楽・作曲・指揮・ジャズなど約17の学部に亘り、世界50カ国以上から700名以上の学生が集まってきている。2009年の英紙の高等教育に関する調査では、イギリスの専門家養成機関の第一位を獲得し、イギリスで音楽を学ぶのに最もふさわしい場所としての評価を受けた。

「最高水準の指導を提供する」伝統を誇るアカデミーはまた、「学生が、音楽家という職業への刻々と変化する要求に応じて、音楽家として成功したキャリアを築くための準備をすること」にもその使命を置いており、90%以上の学生が、卒業後に音楽を職業とすることに成功している。近年は特に「これまでにないほど広い」能力が音楽家に求められている時勢を意識し、「音大が何をするかの先入観への挑戦」としてオープンアカデミー部門を設立し、その主な活動として2004年から『ミュージック・イン・コミュニティ』のクラスを開始した。その授業を担当する、オープンアカデミーの主任のジュリアン・ウェスト氏にインタビューをした。

コミュニティ音楽教育との関わりのきっかけ
― オープンアカデミーの主任とはどのような仕事ですか?

ロイヤル・アカデミーでは、オープンアカデミーの主任(Head of Open Academy)として2年務めています。『ミュージック・イン・コミュニティ』というクラスを専門に担当して、他に楽器指導は兼任していません。その他、他の学科がどのように外部に活動を拡げられるかという観点からアドバイスや調整をする、各学科に対するコンサルタントのような役割も果たしています。一般公開しているアカデミーのイベントについては、別のイベント部門が運営していますが、もちろんそことも共同で連動企画を考えたりしています。

― どのようにコミュニティ音楽教育の道に入られたのですか?

私はオーボエ奏者としてフリーで活動していたのですが、ある時、友人の一人に、彼が音楽ディレクターをしているグラインドボーンオペラの若者グループの作品に演奏参加をしないかと誘われました。実はグラインドボーンオペラは、1986年設立というイギリスで最も早くコミュニティ教育部門を備えた先進的なアート団体の一つで、私はそこでの仕事がとても気に入りました。そこでそれまでの中学生グループに加え、小学生向けの若者グループを新たに立ち上げるので、その音楽ディレクターとして働いてみないかという話をいただき、快諾したのが始まりです。

― それでは、当時は特にワークショップの指導も学習もほとんど経験がないまま、一から始められたのですね。

そうですね。15年ほど前のことですが、当時はそのためのトレーニングのようなものはほとんどなく、ギルドホール音楽院にコースができましたが、依然この世界に入るための明確なキャリアパスのようなものはありませんでした。ですから、仕事をしながら、グラインドボーンオペラの教育部門の持つ経験とスキルとを学ばせてもらうという感じでしたね。ほとんど未知の世界でしたが、オペラ作品に基づくプロジェクトが主だったので、演劇的動き、音楽、デザインと3人のチームの中の1人として働くことができ、非常に多くのものを学ぶことができました。

― 現在もアカデミー以外での活動をされていますか?

その後、フリーランスとして色々なアート団体と一緒に働いてきましたが、現在でもアカデミーと外部の活動と約半分ずつの割合で仕事をしています。主な活動分野としては、ウィグモアホールの『チェンバートット・イン・コミュニティ』を始めとする幼児教育活動、認知症の患者に対する音楽療法を行う『ミュージック・フォー・ライフ』、学習障害などを持つ子どもから大人までの特別支援教育活動の3つになります。

コミュニティ、学生に対するアカデミーの役割
― こうしたコミュニティでの活動に対するアカデミーの役割はどのようなものだと考えていますか?

アカデミーは、豊富な資源や知識、素晴らしい専門家や音楽家を有しているという点で、非常に素晴らしい場所です。アカデミーは現在、こうした素晴らしい資源をこの建物の壁の外にまでどのように拡げられるか、ということに意欲的です。そしてそれは、高水準の学生指導の価値に逆行するものではなく、むしろ学生のトレーニングを通じて達成されるものだと考えています。そこでカリキュラムに『ミュージック・イン・コミュニティ』を導入し、学生が実際にコミュニティに出て、クリエイティブなプロジェクトを通じてコミュニティと関わる制度を作りました。アカデミーの役割としては、普段はハイレベルな生の音楽を体験する機会のない人々にまで、そのアクセスを拡げ、音楽への興味を喚起し、何らかの形で音楽を自分たちの生活の一部として取り込んでもらえるようになることだと信じています。

― カリキュラムを通じた学生への学びのインパクトも、アカデミーの役割の一つですね。

はい。まず学生が、コンサートホールの外にも、自分たちの音楽家として、演奏家としての役割があるという視点が持てるようになることが第一の目的です。それと同時に、そもそも一体なぜ自分は音楽を演奏したいと思ったのか、その理由を発見/再発見することも大きな意味を持っています。アカデミーの学生は、ここに入るためにとても厳しい競争をくぐってきていて、入った後は尚更厳しくなる一方ですから、なぜそもそも音楽をやりたかったのかを簡単に見失ってしまいがちです。このアカデミーの建物から一歩外に出て、子どもたちやコミュニティの人々と音楽を通じて接することで、音楽や音楽家が人々に与えることのできる非常に大きなインパクトを感じることができます。子どもたちの素直なリアクションを見て、そこに自分たちがかつて抱いていた感情を見て、「これが、私が音楽を学ぼうと思った理由だ。」と再認識することができるのです。自分と、音楽家としての自分とを再び強く結びつけ、音楽家としてのアイデンティティの形成を助けるのだと考えています。

つまりアカデミーは、我々の学生の認識や経験を豊かにするとともに、その豊かな資源を開放し、コミュニティにハイクオリティな音楽の体験を広める、という二つの大きな役割を担っているのです。

(次回は『ミュージック・イン・コミュニティ』の具体的な内容を見てみましょう)

取材・執筆:二子千草


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