ギルドホール音楽院『コネクト』 第6回 ~学校訪問プロジェクト
第6回~学校訪問プロジェクト
ギルドホール音楽院が手掛けている『コネクト』のうち、音楽に関心のある子どもたち、若者たちが集まって音楽作りをするプロジェクトを第5回までに見てきた。今回は、ギルドホール音楽院の学生たちが、地元の小学校へ出かけて行き、そこで音楽作りをする『ダイナミック・チェンジ』というプロジェクトの様子をレポートする。
タイトル:ギルドホールコネクト『ダイナミック・チェンジ』
場所:ロンドンのタワーハムレット地区の小学校8校
対象:6-7歳の小学生、各20~30名程度×10クラス
セッション:2010年1月~3月の平日に各2~3時間×7回のセッション
コンサート:2010年3月18日(木)9:30~12:00 Hackney round church
アーティスト:ギルドホール音楽院リーダーシップコース(修士)学生、卒業生
地元の小学校の門をくぐる
ギルドホール音楽院は、地元ロンドン東部の学校における音楽プロジェクトにも積極的に参加し、長期的に地域とのつながりを深めてきている(参照:インタビュー)。そのうちの1つ『ダイナミック・チェンジ』というプログラムは、ロンドン東部のタワーハムレット地区の小学校を対象とした音楽づくりプログラムであり、2008年に続き2回目のシリーズである。
主導するのはギルドホール音楽院のリーダーシップコース修士課程2年目に在籍する学生と、近年修了した元学生たち。これは修士2年の必修プロジェクトの一つとなっている。今回参加している学校は、タワーハムレット地区の8校10クラスで、総勢15名程の音楽家たちが2~3名ずつ手分けして1~2クラスずつ受け持つという形で行われた。
ワークショップはいつもの教室で
これはギルドホール音楽院と、タワーハムレット・アート&ミュージック エデュケーションサービスとの共同プロジェクトとして企画されたもので、ミュージックサービスが学校の選択とアレンジ、資金調達を行い、ギルドホール音楽院が音楽家の手配、音楽作りを担当するという分担体制。タワーハムレット・アート&ミュージック エデュケーションサービス(TAMES)は市の機関の一つで、中央政府の子ども・学校・家庭省(現教育省)のDCSF Music Standard Fundからの資金援助を得て、市内の子どもと若者(4~18歳)を対象に主に教育的な音楽プロジェクトやサポートを提供している。地域の子どもみなが小さいうちに音楽経験を持てるようにという目的から、ギルドホール音楽院の他、ロンドン交響楽団やウィグモアホールなどの音楽機関の協力を得て、学校を対象とした楽器や歌、アンサンブルのレッスン、演奏機会の提供や学校教師への指導、土曜教室など数多くの音楽、アートのプロジェクトを行っている。
スクールプロジェクトの様子(2008年度より)
一方プロジェクトの中身を考案し、中心となって各音楽家たちを主導したのは、ギルドホール・コネクトでお馴染みのデッタとナターシャである(参照)。2人はこう語る。「最初にこの『ダイナミック・チェンジ』の企画についてお話をいただいた時は、これだけ多くの人数の子どもたちが一緒に音楽を作りパフォーマンスをするということは、想像もつかないようなことでした。でも同時に、もし全ての10の学校グループが共通のテーマをもとに音楽づくりをして持ち寄ることができたなら、とてもおもしろいパフォーマンスになる可能性を秘めているのではないか、と思ったのです。」
音楽家たちは'共通のテーマ'を携えて各担当する学校に散ばり、約2カ月に亘って計7回クラスを訪れ、2~3時間ずつのワークショップを行った。今回の'共通のテーマ'は'五感'。'見る''聞く''におう''味わう''触る'の5つのテーマを10グループそれぞれに1つずつ与え、それをもとにその学校のオリジナルの音楽を一から作る。
案を出し合うリーダーたち
シャプラ・スクールが担当したのは'味わう'。2年前にコースを修了したマイク、修士2年のフェルナンドと東瑛子さんがリーダーとしてクラスへ向かった。まずは'味'についてみんなでアイディアを出し合う。「どんな味がある?」「どんな味が好き?」という話から、「季節や時間によって味が違う」と発展し、「私の生活の味」というタイトルの歌詞を作るに至った。20人ほどの児童はグループに分かれて歌詞やメロディを考え出す。歌はおなかがすいて起きてあたたかい紅茶を飲むところから始まり、朝の味、夜の味、夢の中の味と巡り、みんなが好きなチョコレート、ピザ、ジュース、チキンなどが歌詞に入った。
4回のセッションが過ぎると、だいたいの歌詞とメロディが出来上がった。マイクが「前回までに作った歌を覚えてる?誰か教えて。」と言うと、子どもたちは先を争って手を挙げる。「おなかがすごくすいたな」と1つ目の歌詞をある子が言い、「次は?」と当てていくと次々に歌詞が出て来る。忘れかけていた歌詞も、みなの記憶力をあわせるとちゃんと完成する。今度はコンサートに向けて歌詞に振付をつけることに。「熱くてやわらかいサモサ」は手をサモサの形の三角に、「辛いチキンウィング」は鶏の羽のように腕をパタパタするなど、子どもたちは喜んでアイディアを出す。振付は、次の歌詞を忘れた時ジェスチャーで思い出すのに役立つ。複雑なリズムのメロディをあわせて歌えるように、休符のところに手拍子を入れるなど、覚えやすく、かつ楽しく歌えるよう工夫する。
子どもの休み時間に手早く相談
子どもたちの休憩時間には、3人のリーダーたちは教室で集まって、今までに決まったものをどう曲として構成するかを話し合う。自分たちは楽器でどう参加するか?ハーモニーはどうするか?つなぎの部分はどうするか?など。休憩時間が終わり、「じゃあさっきの復習をみんなでしようか。」とマイクが言うと、子どもたちが「自分たちだけでやってみたいから、見てて!」と言い張る。自分たちの歌、という自主性が出て来たのである。クラスの担任の先生も一緒に参加して、歌や振りを覚える。いつもの子どもたちの様子をよく知っている先生がいることで、ワークショップ中もさりげなく子どもたちの位置を変えたり、授業の一環としてほめたり注意したり、集中力が切れそうなのが長く立っているせいだと感じたら座ることを提案したり、セッションとセッションの間も子どもたちと一緒に歌を復習して覚えたり、週に1回来る音楽家だけではカバーできない役割を担ってくれている。
コンサートの会場ラウンド・チャペル
こうして7回のセッションを経て、合同リハーサルの日がやってきた。午前、午後にそれぞれ5グループずつが集まり、初めて他のグループの前で自分たちの音楽を披露するのだ。子どもたちの到着に先立って、リーダーたちは各学校で作った音楽についてお互いに情報交換し、全体の構成、担当以外の音楽家にどう演奏に携わってほしいか、などを話し合う。子どもたちが順々に到着すると、デッタとナターシャがまずみんなの身体と声をウォーミングアップさせる。自分たちの学校以外のグループと初めて会って、初めはナーバス気味できょろきょろしていた子どもたちも、思いっきり声を出したり、音楽ウォーミングアップに集中しているうちに、だんだんと自信をもって立てるようになってくる。
使用する楽器もあらかじめ準備
リーダーたちの最終打ち合わせ
コンサートの様子(2008年度より)
まず最初にシャプラ・スクールが自分たちの歌を披露した。担任の先生の復習と振付とのおかげで、たくさんの'味'の出てくる歌詞も、自信を持って大きな声で歌えた。歌い終わると、他のグループから盛大な拍手があがる。デッタが他のグループの子どもたちに聞いていく。「シャプラ・スクールの歌は、'五感'のうちどの感覚についてだった?」「味!」「どんな味が出て来たか覚えてる?」と聞くと、「塩味のピザ」「チョコレート」「ジンジャーブレッド!」などと、色々な方面から声が挙がる。みんな、他のグループがどんな音楽を作ったか興味津津で、よく聴いているのが分かる。
続いて1グループごとにそれぞれの音楽を発表していく。'聞く'をテーマにしたグループでは、「まわりの音によく耳を澄ましてごらん、何を伝えようとしているのかな?」と、ささやき声まじりの歌を、'におい'のグループは1666年ロンドンの大火の時の煙や焼け焦げたにおいが広がる様子を、歌とボディパーカッション、さらにいくつもの楽器の演奏も挟んで音楽を、生き生きとした動きとともに披露した。全部で10グループ、五感の各感覚を2クラスずつが担当したわけだが、どこも似た歌詞や音楽がなく、非常にオリジナリティあふれた音楽となった。
コンサートの当日。ラウンド・チャペルという地域の教会に付属した円形の多目的ホールに、音楽家と子どもたちは集まった。ホールのフロアに座った約300人の子どもたちと学校の先生、リーダーの音楽家たちに加え、コンサートを見に来た50名ほどの保護者や友達がホールのギャラリーに入った。
実はこのコンサートには、各学校がそれぞれ自分たちの音楽を演奏するだけでなく、最初と最後に全員で演奏する部分も含まれている。そこでは、五感が全くない真っ暗闇だったら...という歌から始まり、それぞれの学校の演奏により五感が目覚め、最後には全員で五感を使って外の世界を探検し、それによって自分たちの中身も変えて行こう、という大きな一つの音楽が出来上がり、全体は「内から外へ/外から内へ」というタイトルがつけられた。歌は各学校でも練習してきたのだが、10クラス集まって歌うのは初めて。さらに、せっかくいくつものグループが集まったのだからと、グループごとに音を変えてハーモニーを作ったり、輪唱形式にしたり、全員で強弱をつけると非常に大きなうねりとなり、子どもや先生たちも、自分たちがこれほど大きな効果を生み出しているということに半分信じられないような顔をしながら、コンサートでのパフォーマンスを楽しんでいた。
(取材・執筆 二子千草)