インタビュー:ギルドホール音楽院『コネクト』 第1回 ~社会とつながる音楽教育を
イギリスでは音楽家や音楽学校はどのように地域と関わって活動しているのでしょうか?
今回、創造的な音楽ワークショップによる地域活動のパイオニアとして注目を浴びている、ロンドンのギルドホール音楽院を拠点に『コネクト』を展開するショーン・グレゴリー氏にお話を伺うことができた。
『コネクト』では、音楽院の学生と地域の子どもたちでアンサンブルを構成し、お互いにアイディアを出し合いながら作曲、即興、アレンジし、共同で音楽を作り上げるというクリエイティブなワークショップを中心に活動している。その狙いは何だろうか。
※ギルドホール『コネクト』
※ショーン・グレゴリー氏◎ギルドホール音楽院プロフェッショナル・ディヴェロップメント学科長、クリエイティヴ&プロフェッショナル実践センター(コネクト)長。作曲家、演奏家、クリエイティヴ・プロデューサーとして英国及び海外において活躍。(Sean Gregory:Head of Professional Development Department)
第1回
『コネクト』がプロジェクト化したのは2001年ですが、ギルドホール音楽院でこのような活動が始まったのは1984年に遡ります。1984年、ピーター・ランショー(Peter Renshaw)がギルドホール音楽院の学生のために新しいコースをスタートさせました。それは「音楽家の社会における役割」に焦点をあわせたコースです。彼は学生にこう問い続けました。「何のために音楽家になるのか?」もちろん、よい音楽家、演奏家、作曲家なりになるために勉強するのですが、その教育と社会とはどのような関係にあるのか、と。
それが発展して、現在プロフェッショナル・ディヴェロップメント学科となっています。この学科は全ての学部生に、外に出て一般の学校やコミュニティで演奏し、教え、ワークショップを導く機会を与えています。大学院にはリーダーシップ・プログラムの修士課程を設け、高い水準で演奏、制作をし、自信をもって教え、ワークショップを導き、自らアイディアを持ち実行できる音楽家を育てています。また、地域の子どもや大人、異なるジャンルの音楽家、俳優やダンサーなど異なる分野のアーティストとなど、できるだけ多くのコラボレーションをすることを推奨し手助けをしています。
これらギルドホール音楽院内のプログラムに対し、『コネクト』は学院外における地域活動を指します。主な活動の場となっている近隣のロンドン東部の地域とは、ギルドホールはこの25年ほどをかけて徐々に関係を築いてきました。教師や学生が学校や病院や地域団体を訪れて演奏やワークショップを行い、若者や子どもたちが自分たちで作曲し、打楽器でも歌でも演奏できる楽器を使って一緒に音楽を作り上げ、プロの音楽家と一緒に音楽制作に参加する体験の機会を作ってきました。それが今日の『コネクト』を形作っています。
ピーター・ランショーもこの活動を始めるにあたり、既存の音楽学校や音楽団体から離れて新しく始めるべきか、それともそれらの中で始めるべきか、深く考えました。そして、なぜ音楽をするのか、音楽は社会にとってどうあり得るのかについての人々の考えを変えるには、既に音楽づくりに関わっている音楽学校や団体の内部で始めなければならないという考えに行きついたのです。
私もそれはとても大事なことだと思います。なぜなら、ギルドホールのような定評のある音楽学校で、よりクリエイティブに、よりオープンに、などといった、伝統的なアプローチとは一風変わった方法を導入するには、我々がやること全てがまずハイクオリティであること、音楽的に、芸術的に強い主張をもっていることが要求されるからです。私たちは教育・学習活動が、できるだけクオリティのよい音楽実践と結びついて行われるべきだと思っています。その全てが音楽学校にはあるのです。
私は1988~89年に、まさにこの新しい学科の大学院研究生として在籍していました。その2年後ピーターの助手としてここへ戻り、その後コーディネーターを務め、2001年にピーターが退職したのを機に学科長となりました。『コネクト』を創設したのはその時です。
先述のように地域活動は長い間やってきたのですが、プロジェクト化して発展させるには、資金を調達する必要がありました。そこで『コネクト』を立ち上げ、ユース・ミュージックという若者の音楽活動を支援する政府団体に、ロンドン東部を拠点に様々なバックグラウンドの若者によるアンサンブルを作り、ギルドホール音楽院の教師・生徒の協力のもと自らの音楽をつくり・奏でる、という提案をしたのです。4,5年間のユース・ミュージックの援助のもと『コネクト』が軌道に乗った頃、ギルドホール音楽院の方が活動を認め、音楽院のメインの活動として『コネクト』を組み込むことにしてくれたのです。
私たちの活動の最も重要な部分が「つながりを作ること(Making Connections)」だからです。私たちはギルドホールの学生に、いかに各々がクラシックやジャズの音楽・楽器に照準を合わせていようと、できるだけ多くの「つながり」を作り始めて欲しいと思っています。彼らがよい演奏家になるためにしてきた訓練や情熱、モチベーションと、外の世界との間に、つながりを作って欲しいのです。「私は何年も練習して素晴らしいピアニストになってレパートリーを演奏できるようになった。けれど、私のこのスキルをどう社会で使うことができるのだろう?広い外の世界、社会とどうつながっていけばいいのだろう?」と考えて欲しいのです。
そして地域の若者や大人たちには、大小のグループワークを通じて、お互いにつながりを作り、その中で一緒に音楽をつくり上げることができることを感じて欲しいと思っています。またもちろん、ギルドホール音楽院とコミュニティの間にもつながりを育てたいという思いもあります。
そうですね。もちろん、1~3歳の乳幼児や小学校での初めての音楽体験から、様々な背景で音楽に触れる機会のなかった隠れた才能の持ち主、ただ一緒に音楽づくりを楽しむために来る学生まで、できるだけ多くの若者が音楽にアクセスできるようにしたいと思っています。その中でも特に、10代というのは特に重要な時期だと思っています。なぜなら、種々の調査でも明らかなように、その年代の子は時に音楽や演奏に興味をなくしてしまうことがあるからです。
10代の子の中には、楽器を習っていたのをやめてしまい、それ以上やりたがらなくなる子が多くなります。でもそれと同時に、10代というのはとても音楽に興味を持つ時期でもあるのです。彼らは常に音楽を聴き、ダンスをし、コンピューターで音楽をやったりしています。つまり、10代の若者が音楽に興味を持つモチベーションと、音楽教育が提供しているものとの間にギャップがあるのです。
私たちはこのギャップを埋めようと努力しています。フォーマルな音楽教育についてはよく語られますが、それは1つの音楽の進め方で、もっと自ら音楽を生み出したり、自分の音楽に正直に耳を傾けたりというような、別の道があってもよいと思うのです。私たちは『コネクト』を通して、彼らのやる気、興味をキャッチして、彼ら同士や音楽専門に進んだ者とをつなぐ道を模索しているのです。
全くその通りです。さらに言うと、音楽学校へ進学して来る学生の中でも、「私はオーケストラに入りたい」「ソロピアニストになりたい」と明確な目標を持っている学生もいますが、卒業後本当に何をしたいのかはっきりとしていない学生もいます。そうした学生たちが『コネクト』の活動を通して、自分たちが社会や若者に対して何か影響を与えることができるのだ、ということを発見する機会となっています。
中には、7,8年前に『コネクト』のプロジェクトに参加したのがきっかけでギルドホール音楽院に入り、リーダーシッププログラムを経て、今は音楽家として活動するとともに、今度は自分たちが『コネクト』の指導者としてコミュニティに戻って来るという卒業生も出てきました。このように私たちは音楽をやる者たちのコミュニティを作っているのです。地域の若者がいて、学生がいて、卒業生がいて、ベテランの指導者や音楽家がいて...それらが皆集まって、共に音楽をつくり、演奏し、学びあっているのです。どんなに経っても、私たちは学ぶことをやめることはありません。「私が先生であなたは生徒。あなたは私から学びなさい」という図式ではなく、指導者も常に若者からアイディアを得て学ぶように、常にお互いに与えあっているのです。
- 次回は、『コネクト』の活動の特徴と、そこから見えてくる彼らの音楽教育活動の理念 - 音楽教育から若者に何を学んでほしいのか - へと話を進めます。
※2009年秋よりギルドホール音楽院とバービカンセンターの教育部門は合併再編され、「バービカン/ギルドホール・クリエイティブ・ラーニング」となった。詳細はこちら
(取材・執筆 二子 千草)