ギルドホール音楽院『コネクト』 第3回 ~自分たちのクールな音楽を作る!
【日本語|English】 【 第1回|第2回|第3回|第4回|第5回|第6回 】 |
第3回 ~自分たちのクールな音楽を作る!'Urban Sounds'~
ギルドホール音楽院の『コネクト』の活動の中心は「クリエイティビティ(創造性)」という。では実際に「クリエイティブ」な音楽ワークショップとは、どんなことをしているのだろうか?
この4月、イースターの学校の休みを利用して2つの『コネクト』のアクティビティが行われた。1つは『アーバン・サウンド-Urban Sounds』、もう1つは『ワールド・イン・モーション-World In Motion』。これらはともに、集まった若者と学生から成るアンサンブルで音楽を作りあげる、という『コネクト』の中心となる活動だが、その「クリエイティブ」な性質から、その時のリーダーや集まった若者、テーマやアイディアによりかなり異なったものができあがる。それぞれの様子を見てみよう。
- - アクティビティ情報 - -
■名称:Urban Sounds
■日時:09/2/21-22、4/6-9、5/26-28 ■リーダー:Paul Griffiths/Sigrun Saevarsdottir ■対象:10-16歳 ■参加費:無料 |
この春、「アーバン・サウンド」と題して行われるワークショップは3回。学校が休みの期間に、休暇の過ごし方の1つとして音楽好きな子供たちが集まってくる。3回とも続けて参加する子もいれば、どれかだけを選んで参加するのも自由だ。オーディションもなく、誰でも無料で参加できる。蓋を開けてみるまで、一体どんな楽器が何人集まるアンサンブルになるのか、誰も分からない...!
今回の4日間のアクティビティには、9歳から17歳までの約20名の若者と、9名のギルドホールの学生が参加し、約30名のアンサンブルが出来上がった。編成は大まかに、ヴァイオリン4、フルート4、ピアノ1、ドラム2、ベース1、エレキギター5、パーカッション2、マリンバ1、ホルン1、サックス1、トランペット1、チューバ1、トロンボーン1、ヴォーカル2、コンピュータ音楽1というもの。「ピアノも弾けるけど今回はフルートで参加するの」という女の子や、最初は太鼓だったけれど途中で「ぼくもトランペットが吹きたくなった」という男の子、音楽の流れにあわせて途中で楽器をベースからマリンバに、フルートやギターからヴォーカルに、と柔軟に楽器を変えるなど、固定した編成にとらわれない、まさにその時だけのアンサンブルだ。
「アーバン・サウンド」のリーダーは、ポールとシグルンの2人。2人ともギルドホール音楽院のコースを経てここを中心に国内外でワークショップ・リーダーとして活躍してポールは22年、シグルンは11年というベテランだ。ロックやジャズの分野で現在もバンド活動をするポールはギターを肩に、トロンボーンを学んだシグルンは他にも太鼓やピアノや歌を駆使しながら、アンサンブルをリードしていく。
|
「好きな音を3つ選んで出してみて。」と子どもへ問いかけるポール。突然のご指名にも臆することなく、トロンボーンの子が1つ1つ音を出してみる。「いいね。みんなも一緒にそれをやってみよう。」「じゃあ、次に1つだけ音を変えてみて。」「弦楽器はこれに応えるようなフレーズをつけるとどうなる?」などと、採用されたアイディアは少しずつ形を変化させたりリズムで肉づけされたりと発展していく。みんなで演奏していくうちに、「このリズム、こうしたらもっとかっこよくないかな?」と提案する子がいれば、他のパートの演奏にあわせてサポートするように音楽をつけて盛り上げていったりと、みるみるうちに形を成していく。
ある部分では、「ここでは君のソロにするから、好きなように即興して!」と投げかけ、音楽をその子のインスピレーションに委ねる。またある部分では、楽器のセクションごとに別室へ分かれ、8×4小節を自由に創って持ち寄らせる。自分に近い楽器の数名のみでアイディアを出し合うと、大勢の中ではシャイだった子も自然に参加している。各セクションでは、その楽器を担当する学生がリーダーとしての力を発揮し、子どもたちからアイディアを引き出している。
同じ音楽の流れの中で同じ4小節という持ち時間ながら、それぞれが持ち帰ってきた産物は実に様々。お互いに別のグループの作品を聴き合い、「どんな順番で始めるのがいいと思う?」「マリンバの作ったフレーズを今度はフルートが引き継いで」などと、全体の構成も皆でアイディアを出して試演し、しっくり来なかったら別のアイディアを探す。従って、ちょっとしたアイディアから生まれたフレーズが、終いにはメインのモチーフになっていたり、2日目の終わりと3日目の終わりではいくつものフレーズが形を変えていたり、最初には予想もできなかった展開が4日間の間に起こっていたのであった。
このプロジェクトでは、ワークショップを通じてできた音楽を、7月1日にバービカンセンターの約2000席のコンサートホールで演奏するという大きな仕上げが待っている。しかし、ワークショップの日の子どもたちは、「今、自分が奏でたい音楽」を手探りで演奏しつくりあげていくことに集中していた。4日間かけて作った大作は約30分ほどにわたり、4つの部分から構成され、最終日にはイントロと各部のつなぎ、エンディングまで作り、最後に家族を招いて披露された。
参加した子の中には、何度もこうしたプロジェクトに参加している子もいれば、初めての子もいる。出来上がってくるクールでエキサイティングな音楽を聴くと、とても初めての子が作れるような音楽には思えない。しかし、全く何もない状態から、「好きな音を選んで出す」「好きなリズムを作ってみる」といったような、非常にシンプルなことならば、誰でも可能だ。全体を見れば長く複雑なように思えても、4日間を通して1度も楽譜を使わず、自分が仲間と考えた音とリズムを組み合わせるだけで、これだけの音楽が生み出せるのだ。
子どもたちが音楽を作りだしていく過程が、リーダーが先生で後は生徒で教えられた音楽を覚えて演奏していくというものだったら、決してこのようなものはできなかっただろう。リーダーも仲間の1人の演奏者であり、提案者でありかつアイディアの聴き手でもあるという環境、また子どもたちだけでなく、すぐ傍らに学生や経験の長い先輩がいて分からない時やアイディアがある時にすぐに手を差し伸べてくれる環境が、これを可能にしているのである。
4日前には全く芽もなかった音楽が、まるで生き物のように、まさに1粒の種から出来上がり、、その場の環境にあわせて成長していくのが感じられる。そしてその種は自分で蒔いたものであり、成長を導いたのも自分。押し付けでなく、その場を共有した皆が「いい!」と納得したものを「いい!」と思ったように演奏する...10代の子どもたちにとって、このような気持ちのよい達成感を感じる機会は貴重ではないだろうか。
「クリエイティブなワークショップをするということは、子どもたちが、この音楽は自分のものだ、と感じること(Ownership)に重要なポイントがあるんだ。」とポールは語る。「僕たちも教えるのではなく、一緒に音楽を作り上げる同じミュージシャンの1人。」「音楽を作るという行為で、子どもたちはよりアーティスティックに音楽に関われる。それによって、子どもたちはより高いレベルでの満足感を得ることができるし、私たち自身も彼らと一緒に音楽を作ることで常に音楽家として刺激を受け続けているのよ。」という彼らは、自分たちのことを「Musicians in Education(教育を担う音楽家)」と定義する。
「子どもたちがどんな風なアイディアを出してくるか、リアクションを予想することはできないから、ワークショップの前に予めこうしよう、と計画することはできないの。次にどうしようとか、誰にどんなアイディアを求めようかとかは、全てその場での直観ね。」とシグルンは話す。「自分がどうしたいかじゃなくて、その場に流れる音楽のエネルギーに耳を傾けて、音楽が何を求めているか、を考えると、次の問いかけが見えてくるんだ。」とポール。こうした所に、リーダーとしてのセンスや素質が求められる。
リーダーシップコースに在籍するピアニスト・フィリップは「自分でワークショップをリードする機会も大切だけれど、こうやって一歩下がって参加することでポールやシグルンのリードから学ぶものが多いから、今は休みだし授業じゃないけれど自主的に参加しているんだ。」と言う。ワークショップをするようになって「どんな初心者でも、プロと同じくらい音楽づくりにとって大事な役割を果たせるんだ、こんなにできるんだ。」ということを実感しているという。リーダーの役目は「その人が持っているものを用いて、それを音楽にしていく手助けをすること」だと感じている。
アンサンブルの中には、10歳の頃以来ずっと『コネクト』に参加し続けている17歳の青年・ベンジがいる。マリンバやヴィヴラフォンで参加し始めたベンジは今、ドラムやベース、パーカッションを演奏しながら、実習生として後輩たちの面倒を見ている。何が彼をここに来続けさせているのだろうか?「ここに来て新しい仲間と出会って一緒に演奏をして、1日の終わりにはすごい作品が出来上がってる。すごい経験だよ。楽しいし満足感がある。それに、その時々の皆の気分や雰囲気で音楽が変わっていくのも好きなんだ。」今は『コネクト』以外にもジャズやサンバ、レゲエ、パンクなどいくつものバンド活動をかけ持つ17歳の彼に、今後どうしていきたいのかを尋ねた。「まだ学生だけど、パートタイムでポールやシグルンのようにリーダーとして活動していきたい。将来の計画としては、ミュージシャンか医者...いや、ミュージシャン'と'医者になりたいんだ。音楽をやめるなんてできないからね!」
(次回は、もう少し年少者向けの別のワークショップの様子を見てみましょう。)
取材・執筆 二子 千草