第12回 マズルカ第13番(4つのマズルカ Op.17より 第4曲 イ長調)
** 第12回 マズルカ第13番 **
聴き手の心を一瞬にして独自の世界へと惹きこむ名手は、薄暗闇の向こうに一体何を見つめているのか、何を求めているのか、どこへ向かうのか。うつろい続けるハーモニーや転調を不思議がる弟子たちに、ショパンは「指に聞いてみないとわからない...」と。そして「私にとって完成されたメカニズムとは美しい音を上手にニュアンスをつけて弾くことができるということなのだ」「鍵盤をなでるくらいでよい。叩くというよりは触り心地を確かめるようにするのです」と言って、響きの良いレガート奏法を精魂こめて追求していたそうです。ショパンにとって、繊細な指先は彼の心のあらゆるひだを表現する大事な手段。目指す演奏は歌手のように伸びやかで滑らかなカンタービレ、気取りのない素朴さを持つものでした。それは五感すべてが研ぎ澄まされ、集中していなければ達成されない神の領域です。音楽とはそれほどに尊いものであること、人間を成長させてくれるものであることを筆者は彼の言葉の中にあらためて感じ、これを書いています。
主音である「ラ」の鍵盤に指を触れたショパンがふと押さえたハーモニー。それは怪しくうつろいVI の和音で止まります。序奏で「シ・ド・レ...」とさまよい始めた音は右手のテーマにも移ります。そして苦しみながらソまで上がり、3度や4度の音程で嘆きながら左手と共に半音階的にドミナントまで下りる、なんとも寒々しく不吉な8小節のテーマに。その後声楽的に、そしてピアニスティックに即興されていくことによって、凍りついていたショパンの心が次第に開いていくかのように、音楽は少しずつ自由になっていきます。すると37小節からクーヤヴィアクがリズミカルに跳びはね始めます。半音階を基調にした短いモチーフがヴァリエーション豊かなリズムに彩られ、生き生きとした印象的な8小節間となります。
ショパンがマズルカにおいて大事にしている祖国の血。それが、空虚5度の伴奏と5音の民謡風モチーフが創り出す魔術的な響きです。(他にもOp.6-2、3、Op.7-1、Op.17-2、Op.24-2、Op.30-1、Op.56-2、Op.59-3など参照)この作品では、同主調に転じた中間部の32小節間がこの空虚5度上で展開され、懐かしさあふれるムードを演出しています。内声では作品の核となる「シ・ド・レ」がリズムを刻み、メロディーはこれまでに出てきた音程を含んで伸びやかに歌います。そんな祖国の温かさをフォルティッシモの第6音が突然切り裂き、寒々しいテーマが戻ってきます。現実に引き戻され即興にも力がなく、すぐにうつろなコーダへ移ります。バスが主音を響かせる中、マズールのリズムが半音階のゼクエンツとなり、空虚5度に加え減5度や増4度音程の響きが不吉さを助長しています。ついには核の「シ・ド・レ」を失い音が止まると、最後にかすかに聞こえるのは序奏の4小節。世界が回り続ける限り繰り返される自問自答、ショパンのむなしい心が映し出された名曲です。
東京音楽大学付属高校、同大学ピアノ演奏家コースを経て、2002年同大学院修士課程修了。在学中、特待生奨学金を得る。1997年モーツァルテウム音楽院サマーアカデミーに奨学金を得て参加、A.ヤシンスキ氏に師事。2000年卒業演奏会、讀賣新人演奏会に出演。ロンドン英国王立音楽院に奨学金を得て短期留学。2001年第25回ピティナ・ピアノコンペティション特級金賞グランプリ受賞。2002年日本フィルハーモニー交響楽団と共演。2004年、2005年アンサンブル信州in宮田と共演。これまでにヤマハ銀座店、越谷にてリサイタル開催。ピアノを神野明、加藤一郎、加藤恭子、播本三恵子、倉沢仁子、C.ベンソン各氏、室内楽を土田英介、迫昭嘉各氏に師事。現在、東京音楽大学ピアノ科助手。ピティナ主催「学校クラスコンサート」、ヤマハ主催「ピアノ名曲コンサート」で活躍中。