ピアノ連弾 2台ピアノの世界

第06回 ピュイグ=ロジェ先生から私たちが学ぶこと(上)

2009/10/07

私たちは、2003年8月に「2夜連続演奏会・真夏の夜の2台ピアノ」を開催し、その第一夜は「フランス音楽をめぐる旅」と題してアンリエット・ピュイグ=ロジェ女史(Henriette Puig-Roget, 1910-92)にゆかりの深い楽曲を取り上げました。ピュイグ=ロジェ先生は、フランスのピアニスト、オルガニスト、作曲家、教育者として活躍された方で、パリ音楽院教授退官後の1979年に来日、1991年まで日本で教育・演奏活動に尽力されました。日本滞在の十余年の間に出演された演奏会は二百回以上に及び、折にふれて文章も書き溜められました。東京・巣鴨のピティナ本部をご訪問された折の写真も残っています。私たちは、ピュイグ=ロジェ先生から直接に教えを受けた者ではありませんが、先生の演奏会の記録、著述、エピソードからいつも新しい発見と進むべき指針を見いだしてきました。音楽に携わる全ての人間の持つべき心構えを、先生は後世の人間に示し続けているように思われます。

ピュイグ=ロジェ女史のご経歴やご功績は、すでに広く知られているところでしょう。パリ音楽院屈指の優秀な生徒であったこと、ローマ賞作曲部門に上位入選を果たされたこと、フランス国営放送局ピアニスト、ルーヴル・オラトリオ修道会オルガニスト、フランス国営放送プログラム詮衝委員会初見視奏者、パリ・オペラ座合唱指揮者、パリ音楽院伴奏科教授として長く第一線で活躍されたことなど。これらの経歴は、先生がパリ音楽院から歴代輩出されてきた多くの天才、秀才の一人であったことを示すものではありますが、実のところ私たちはそのこと自体に感銘を受けているわけではありません。ではなぜ、私たちが先生から今もって感化を受け続けているのか。それは、先生が輝かしい経歴の上に決して安住されず、新しい楽曲への取り組みを生涯にわたって真摯に続けられたからなのです。自分の知り得たあらゆる音楽を日本の聴衆に届けようと不断の実践を貫く心意気と行動力こそが、先生の本当の偉大さではないでしょうか。先生が日本で過ごされたのは69歳から81歳までですが、その間の活動は多岐にわたっています。大学の講義、各種セミナーでの指導はもとより、日本全国での精力的な演奏活動を並行して行いました。幼稚園・体育館・公民館から大ホールまで会場を選ばず、ピアノソロ・ピアノデュオ・伴奏・室内楽・コンチェルトのソリストなど、あらゆるジャンルの何百何千という曲を演奏されたのです。短時間に最大限の集中力をもって全ての演奏曲の準備にあたられたことは言うまでもありません。「練習する時間がない」という弁解をしないことが演奏家の鑑であることを、身をもって示されています。

先生は「自分の知り得た音楽を多くの人に伝える」ための具体的な手段として「一人でも多くの演奏家と積極的に共演し、一人でも多くの作曲家の、一曲でも多くの楽曲を取り上げる」という方法を取られました。ピアノデュオに限ってみても、10人の日本人ピアニストと共演されています。2台ピアノでは、藤井 一興さん、遠藤 郁子さん、高野 耀子さん、小林 道夫さん、江戸 京子さん、佐々木 素さん、松浦 豊明さんと、ピアノ連弾では、山岡 優子さん、江戸 京子さん、高野 耀子さん、池田 洋子さん、堀江 真理子さんと共演されています。また、先生が実際に演奏会で取り上げた楽曲の中から特に注目すべきものの一部をご紹介しておきましょう。2台ピアノでは、パスキーニ:ソナタ、クレメンティ:ソナタ、シューマン(ドビュッシー編):6つのカノン形式の練習曲サン=サーンス:スケルツォ、アーン:ワルツ集「ほどけたリボン」、ラヴェル:耳で聴く風景、フローラン・シュミット:3つのラプソディ、ミヨー:ラ・リベルタドーラマルチヌー:3つのチェコ舞曲、永富正之:組曲、ヴィシネグラツキー:四分音システムの2台ピアノのための24の前奏曲など。ピアノ連弾では、ボエリ:二重奏曲、モーツァルト:幻想曲K.608、フォーレ:マスクとベルガマスク、シャブリエ(メサジェ編)ポーランドの祭り、ケクラン:フランス風ソナチネ、ルーセル:サラバンド(ジャンヌの扇より)、フローラン・シュミット:ケルメス・ワルツ(ジャンヌの扇より)、フローラン・シュミット:ドイツの思い出、矢代秋雄:古典組曲ジャン・フランセ:ルノワールの絵による小品集などが挙げられます。

これらはすべて、先生の周到な配慮と、並々ならぬ演奏意欲の結果であり、単に「日本の若い演奏家との共演を楽しんだ」「会場や共演者の要請に応えた結果」などという、ありきたりの理屈だけでは到底説明のつかないような深い内容を含んでいます。いずれの回も、共演者の方々の適性や得意分野を尊重しつつ、コンサート全体のバランスをも計算した綿密なプログラミングの素晴らしさが光っています。古典から現代まで、有名曲から一般には知られていない曲までが偏ることなく平等に取り上げられ、作曲家の国籍も、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリア、東欧、ロシア、日本までまんべんなくカバーされています。一部の曲を除き、演奏曲の重複が非常に少ないことも注目に値します。日本人がややもすると傾きがちな安直な「定番志向」に一石を投じ、再考を促すものととらえるべきではないでしょうか。私たちは、日本全国の演奏会情報をなるべく広く収集するよう心がけてきましたが、今もって、ピュイグ=ロジェ先生の組まれたような見事なプログラミングによるピアノデュオのコンサートを見つけることができずにいます。「2台ピアノならば、モーツァルトブラームスラフマニノフラヴェルのラ・ヴァルスミヨーのスカラムーシュなどの<人気曲><定番曲>を無難に押さえるのがお客さま思いである」などという安易な考えで選曲を行うことこそ、実は心ある聴衆を最も愚弄する行為であると言えるかもしれません。選曲やプログラミング一つとっても、私たちがピュイグ=ロジェ先生から学ぶべきことはあまりにも多いと言わねばなりません。

<ピュイグ=ロジェ先生から私たちが学ぶこと(下)に続く>


動画
HAHN DECRETS INDOLENTS DU
HASARD 2 PIANOS

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