今月、この曲
山のおじちゃま──父の幼なじみを私は子供の頃そう呼んでいました(以下A氏)。彼がヒマラヤ山脈アンナプルナで撮影し贈ってくださった大きなパネル写真をレッスン室に掛けてもらい、その美しい山々を眺めながら私は毎日ピアノの練習をしていました。
心から山を愛するA氏。しかし登山クラブに所属していた中大4年生の時、生涯忘れることのできない悲しみが彼を襲います。A氏をリーダーとした学生3名のパーティが厳冬期の北アルプス前穂高東壁を登攀中に事故は起こりました。ザイルパートナーのB氏が滑落。麻ザイルより数倍強いとされ、当時、登山界に急速に普及しつつあったナイロンザイルの予想だにしない切断により若い命は失われてしまったのです。「故意に切った」「アイゼンでザイルを傷つけた」、A氏らは誹謗中傷されながら失意の中で社会生活を送ります。
B氏の実兄C氏は、真相を追求すべく母校の名大工学部で懸命に実験を繰り返し、ナイロンザイルは岩壁の鋭い角で簡単に切断されてしまうことを実証。半年後、B氏はザイルを正しく巻いたまま雪の中から発見されました。これが登山界を揺るがせた「ナイロンザイル切断事件」です。
作家の井上靖氏はA氏に取材し、彼を主人公のモデルとして執筆した小説「氷壁」は、新聞に掲載され映画やドラマにもなりました。12年前に放送されたNHKドラマ「氷壁」のテーマ曲がイギリスの少年合唱団リベラが歌うこの『彼方の光』。それはまるで魂が浄化されていくような清々しさです。
ピアノソロも透明感に溢れ、瞼に浮かぶのは決して険しい雪の岩壁ではなく、降り注ぐ神々しい光です。私がどこへ行こうとも、遠くどこまで行こうとも、いつだってあなたは輝いている。夜の闇を通り抜けて、私に呼びかけるように。聖霊よ来りたまえ、天の御使いを送りたまえ。空を超え、遥か彼方に──Far away.