今月、この曲
『白鳥』の作曲家で有名なシャルル・カミーユ・サン=サーンスはフランスで生まれた作曲家です。天才モーツァルトと比較されるほど、神童と言われてきた彼は、2歳でピアノを弾きこなし、3歳では作曲をしていたと言われています。生涯にわたって作曲のペンを走らせ続けた多くのピアノ曲の中で、今回ぼくがオススメする曲は「アルバムのページ作品169」です。
この曲は彼の最晩年である1921年に作曲され、最後に発表した曲です。舟歌のような優しいメロディが、左手の揺れるアルペジオに乗って漂っています。全体が温かで柔らかなラインで描かれていますが、どこか哀愁を帯びています。あたかも、今までの彼の人生を振り返って、思い出をつぶやいているようです。サン=サーンスは、この曲を書いて作曲のペンを置いた......。そう考えると、淡いトーンでとてもシンプルに書かれていることが、かえって儚く、悲しく、切ない人生観のようなものを感じずにはいられません。
この曲の魅力はなんといっても転調にあると思います。変イ長調という♭系の調で開始され、徐々にエネルギーを増しながら、イ長調に変化していきます。ここの部分は、自分が若かりし頃の、活力に満ち溢れた頃を思い出しているかのようです。そして、ほどなくして唐突にに元の調にふっと戻ってしまうのです。ここの部分がぼくはとても好きで、ふと我に返り、様々な力みが全て抜けた現在の自分と対峙しているような感じがします。
曲の最後は、変イ長調のⅠ度のアルペジオを、ピアノの鍵盤いっぱい低音から高音に向けて響かせて終わります。「ピアノよ、今までありがとう!」と心から御礼を言っているようです。
ソナチネを勉強している方なら充分に弾きこなせる、技術的にはとてもシンプルな曲ですので、ぜひこの曲の魅力に直に触れていただきたいと思います。