今月、この曲
今年6月、ロシアで第14回チャイコフスキー国際コンクールが開催されました。近年ではネットでリアルタイムに演奏を聴けるので、自宅に居ながら素敵な演奏に巡り会うことが出来ますね。今回のコンクールでも、1音1音がまるで生きているような、瑞々しい世界観のある演奏を多く聴く事ができました。
そう、演奏で最も大事なもののひとつと言えば世界観ですよね! メロディに限らず音1つ1つのつながりにどれだけ豊かな世界観が盛り込めるかで、感動の度合いが変わってくるはずです。
そんな世界観にどっぷりはまれる作曲家でおすすめしたいのがスクリャービン。モスクワの旧アルバート通りにスクリャービン博物館がありますが、展示物の一つに、様々な色に塗装された電球が円状に並んでいるものがあります。これは色と音とを結びつけ、供感覚と呼ばれる感性を世に広めようとしていた彼の実験だったのです。彼は哲学や神学にも影響を受け、4度を重ねて作る神秘和音など、独自の和声で更なる世界観を生み出しました。
そんな異色を放つ彼の、ロマンチックな初期の作品を紹介します。op.11のプレリュード第11番。数十曲もあるプレリュードの中でも最も甘美で親しみやすい作品です。曲は、余りある感情が押さえきれないように1拍目から歌われる繊細で優美なメロディで始まり、コサックと呼ばれた波のように起伏する特徴ある伴奏がムードを盛り上げます。左手の波に隠された内声がメロディにこだまし、少しずつ感情が高まります。高ぶった感情は押さえ込まれ、ウナコルダを使用したPPPでベールの中を彷徨い、そして感情の渦となって力強い広がりを放ち、溶けるように余韻の世界へと流れていくのです。その余韻はえも言われぬ至福感に包まれたまま、どこかに消えていく様に幕を閉じます......。
スクリャービンは、出版王でパトロンのベリャーエフに才能をいち早く認められて、世界的に支持されるようになりました。彼らはよく一緒に西洋諸国を巡り、作曲のインスピレーションを得ていたといいます。
センス光るこの作品は、時折ポップスのように演奏されることがあるので、アーティキュレーションやデュナーミクを正確に捉える事が大切。ゆっくりでも速くでも表現できるので、テンポにこだわらず、ぜひスクリャービンの世界を覗いてみて下さい。