今こそ音楽を!第5章 東京学大付中高「音楽で思考力を~国際バカロレア」
~国際バカロレア
昨今日本でも広まりつつある国際的教育カリキュラム「国際バカロレア(IB, International Baccalaureate)」では、芸術科目も重視されている。今回は、2010年度より国際バカロレア認定校となった東京学芸大付属国際中等教育学校にお伺いした。同校は国際的に活躍できる人材を育てるという方針のもと、2014年度にはスーパーサイエンス・ハイスクール、2015年度にはスーパーグローバル・ハイスクールにも採択されている。彼らはどのように音楽を学んでいるのだろうか。音楽科教員の水本肇先生(東京学芸大作曲科出身)にお話をお伺いした。
水本肇先生
水本肇先生:国際バカロレアのカリキュラムに合わせて、英語も使いますし、ディスカッション(討論)やプレゼンテーション(発表)は全ての授業に入っています。たとえば中1~2年生の合唱では、"Take Me Home, Country Roads"を教材にして、日本語・英語バージョンを比較しながら、日本語と英語では文法上どのようなズレが生じるか、聴こえ方がどう変わるのか等を理解していきます。たとえば『アナと雪の女王』では、"Let it go"と"ありのままの"の語尾の母音が同じ韻を踏んでいるから良い訳、といった具合です。
高1の授業では、サザンオールスターズ『いとしのエリー』とレイ・チャールズのカバー曲《Ellie, My Love》の両方を歌い、ジャンル、聴こえ方、メロディラインの違いや、それぞれどこが良いか・今イチか、などを討論して発表させます。さらに、オリジナル曲とカバー曲にはどういう違いがあるのか、なぜオリジナル曲以外のアレンジが生まれるのか、レポートを書かせて評価しています。決まった正解はないので、自分なりの答えを参考資料なども挙げながら書けていればOKにしています。高校生なのでなかなか面白い答えがありますね。高2では日本語から英語にアレンジし直して、自分で考えた編成でアンサンブルをしてもらいます。
また入学式には全員で《We are the World》を歌うので、その練習の合間に、ドキュメンタリーやメイキングビデオを見せたり、ディスカッションやレポート作成もします。これは「人を救うには何ができるのか」という探究テーマに基づいています。
楽器演奏は6年間で30%くらいですね。中1は合唱や鑑賞が中心で、中2から楽典を勉強し、リズム演習をします。リズムの書き取り→8小節からオリジナルリズム作品を創る→自分で創ったリズムをもとにボディパーカッション(手拍子、スナップ、膝、ストンプ、口、など)という流れです。1学期末には、1グループで16小節以上のボディパーカッションの作品を創ってもらいます。
中3は初心者向けギターの授業で、コードを4種類覚えて弾き歌いをします。《Take me Home, Country Roads》はオープンコードだけで弾けるので、これを3学期かけて習得し、学期末試験が終わってから一人ずつ演奏試験をします。
高1は伝統的な和太鼓の叩き方の型を勉強してから、八丈太鼓で即興リズムを叩かせます。まず全員で同じ2小節の型を叩いた後、ソロで即興表現をしながら全員1周します。あとはボディパーカッションですね。
IBの学習プログラムは世界共通ですが、世界各国で、その国独特の楽器や音楽を用いてプログラムを実施しています。先述の和太鼓もそうですが、日本も日本人に合うようにローカライズさせるのがいいと思います。文科省的な音楽学習内容も加味しながら、また、入学式や合唱祭などの学校行事なども踏まえながら、MYPの理念やプログラムを中心とした授業を考えています。IBの良い部分と、本来音楽を楽しむという部分をどうバランスよく入れられるかをいつも考えています。
- 高1では音楽か美術を選択、高2から自由選択となる。
他教科の要素を取り入れた学際的授業の展開としては、「世界平和のために何ができるのか」をテーマに戦争の悲惨さを訴える動画を作成したり(芸術科×情報科×社会科)、地域のごみでモニュメントを創りいかにゴミ分別のマナーが悪いかを訴えたり(芸術科×家庭科)、『花は咲く』プロジェクトは本当に復興支援に繋がったのかを考えさせるディスカッションもしました。
中1にはいきなり重いテーマだと難しいので、「ショートムービーを作ろう」を課題にしました(音楽科×情報科)。まず音楽科で、BGMや効果音が人間の心理や価値観にどれだけ影響しているのかを勉強した後、情報科で著作権やモラルなどのメディアリテラシーを学び、映像作品を制作しました。作品発表+解説プレゼンで、総合的に評価しています。
- IBには現代的な課題を解く力として「芸術運動や芸術そのものと社会とを結び付け、社会にアプローチできる生徒」を、また知識とイメージを自分で再構築する力として「一人ひとりが"アーティスト"として自覚を持ち、表現を追求し続けられる生徒」を育てるという教育方針がある。
IBの学習は逆向き設計で、単元を設定する上でまず先に目指すべき目標、達成すべき目標があります。「この目標があり、こういう評価をしなくてはいけないから、こういうプロセスが必要・・」と考えていきます。生徒には「今回の単元はこの観点とこの観点を使います。満点を取るにはこれだけできてほしい」という表を最初に見せます。参考として、模範作品や昨年の生徒事例などを見せることもあります。MYPは実技だけでなくレポートなどの提出物が多いですね。
- 観点
観点A | 知識と理解(最高8点)学期末テスト、ワークシート、基礎的な作品 |
観点B | 技能の発展(最高8点)作品・実技テスト |
観点C | 創造的思考(最高8点)Inquiry Questionsに応えるレポート(ディスカッションや小論文など)、グループワーク |
観点D | 鑑賞(最高8点) DW(プロセスの記録と振り返り)、相互評価 |
はい。IBは答えがない探究型で概念的な学習が中心です。重要概念(Key Concept)、関連概念(Related Concept)、グローバルコンセプト(Global Concept)がありまして、それを踏まえながら、各教員が探究的質問(Inquiry Questions)を考えます。こちらは参考例です。
- ① 事実に応えられる質問:ジョン・レノンとオノ・ヨーコはどのような活動をしたか。
- ② 概念的な質問(少し考えないと議論できない質問):芸術運動は社会にどのような影響を与えるのか。
- ③ 議論を喚起する質問(答えのない質問):芸術は世界を平和にすることが可能なのか?
これまで3回分の卒業生を出しましたが、ハーバードやイェールなど海外大学に合格する卒業生も出ています。先日学校説明会で卒業生何名かに、「IBカリキュラムが今どう生きているのか」を訊ねたところ、大学のレポートや課題が難なくこなせて簡単に感じるほど、とのことでした。来年からDP(ディプロマ)(国際的に通用する大学入学資格の取得を目指すディプロマプログラム)が始まりますので、より海外進学が増えていくのではないかと思います。
- 第1章:社会的観点から
はじめに 「社会は何を求め、音楽には何ができるのか」- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
表現様式を知った先にある世界 - 2.「文脈を読み解く力、創る力」
音楽家は優れた解読者でもある!?
体系的な学びは、他分野にも応用できる - 3.「本質を問う力」 リベラルアーツしての音楽~知識を知力に
リベラルアーツとしての楽器演奏~感覚を表現に
問いかけ体験して学ぶ、アクティブ・ラーニング - 4.「協働する力」 自分の役割を知り、他者とコラボレーションする
米大学AO入試で評価されることは
PISA世界学習到達調査に新たな指標 - 5.「世界とつながる力」
小さい頃から身につく異文化理解力・受容力
世界の音楽仲間に出会い、関わること
様々な世代と接すること - 6. 見えにくい力を評価すること
音楽や勉強での見えにくい力とは
音楽を含む全人的教育では、問いかけが鍵に
言葉になる以前の、感じる力
- 1.「表現する力」
表現したい本能は赤ちゃんから大人まで
- 第2章:歴史的観点から
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1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
中世では、音楽を大学教養課程として学んだ -
2. 近代では、音楽を専門&教養教育として(米)
ドイツからアメリカへ渡った音楽教育
ハーバード大でカリキュラム近代化・自由選択化へ -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学音楽教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
3. 日本では、音楽を専門&師範教育として
日本に西洋音楽を導入したのは
近代から現代へ至る歴史の中で
大学教育に音楽を取り入れる新たな動きも -
4. 民間が担ってきた教養としてのピアノ学習
指導者環境の変化によって、繋がり支え合う指導者
学習者環境の整備によって、動機づけが変わった
音楽環境はどんな学びの変化をもたらしたか -
5. 専門と教養が融合する時~金子一朗さんインタビュー
1.音楽と数学はなにが似ているのか?
2.全員が弾く時代に、音楽の何を学ぶべき?
3.音楽・数学・歴史・全てを関連づけながら学ぶこと
-
1. 古代・中世では、音楽を教養として
古代ギリシアの教養人=リラが弾ける人だった
- 第3章:脳科学的観点から
- 第4章:経済「音楽の見えない経済的価値とは?」
- 1. 暮らしの質全体を測るべき 日本国民は教養費・教育費にどれだけかけているか?
-
2. 自己成長~それは消費か投資か?
音楽を習う動機を7つに分類
人間には成長欲求がある
中高生・成人のステップ参加 - 3. 自己成長および社会との関係構築に
人間には繋がりたい欲求もある
社会への還元もステーション運営や社会貢献など
自己投資だと思える消費とは?自ら選び、自ら関わること -
4. 教養費を増やして医療費を軽減!?
教養・技能教育は1兆円、精神科病院は1.5兆円規模
高齢者×アートの取り組み、および社会的インパクト研究(英) -
5. 人的資本投資の21世紀~エコノミストに聞く
世界の新しい幸福度指標は「人」と「社会」
今現在の支出削減より、未来のための投資を -
6. 世界の文化費・教育費のトレンドは?
フランス×人間理解と能力開発
イギリス×全ての人にアートを&経済効果測定も
スウェーデン×民主主義社会の創造 -
7. 世界的に投資が進む人文学研究、音楽も力に
学際的研究が進むと、なぜヒューマニティーズが重要になるのか
ヒューマニティーズの音楽・芸術分野への応用
- 第5章:大学最新カリキュラム編
- はじめに
- 1. 音楽で思考法、実践力、創造力を養う~総合大学教養科目 慶應義塾大学~知識は実践してこそ!「身体知・音楽」
- 2. 音楽を深く学んだ社会人を育てる~総合大学音楽学部・音楽専攻
青山学院大学~芸術の学びを糧に社会へ
フェリス女学院大学~音楽が心にある豊かさ
金城学院大学~3タイプの音楽家像を想定して - 3. 音楽の可能性をさらに掘り下げて~音楽大学
音楽大学 その1「東京藝大~スーパーグローバル大学創成支援認定校に」
音楽大学 その2「東京音楽大学~演奏と作曲を同時に学ぶ」
音楽大学 その3「昭和音楽大学~博士課程&短大社会人コース」
番外編 音楽で思考法や創造力を養う~国際バカロレア東京学大付中高
- 第6章:ライフスタイル&ボディ編
音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/