海外の音楽教育ライブリポート/菅野恵理子

今こそ音楽を!第5章 東京学大付中高「音楽で思考力を~国際バカロレア」

2015/12/21
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第5章:「大学最新カリキュラム編」
番外編
音楽で思考法や創造力を養う
~国際バカロレア
東京学芸大付属国際中等教育学校

昨今日本でも広まりつつある国際的教育カリキュラム「国際バカロレア(IB, International Baccalaureate)」では、芸術科目も重視されている。今回は、2010年度より国際バカロレア認定校となった東京学芸大付属国際中等教育学校にお伺いした。同校は国際的に活躍できる人材を育てるという方針のもと、2014年度にはスーパーサイエンス・ハイスクール、2015年度にはスーパーグローバル・ハイスクールにも採択されている。彼らはどのように音楽を学んでいるのだろうか。音楽科教員の水本肇先生(東京学芸大作曲科出身)にお話をお伺いした。


国際バカロレアで音楽を学ぶとは?
どの授業にもディスカッション&プレゼン
国際バカロレアのカリキュラムを見ますと、各教科の知識だけでなく、その知識をどう活用していくのか、方法論を身につけることが重視されている印象がありますね。音楽の授業はどのように展開しているのでしょうか。

水本肇先生

水本肇先生:国際バカロレアのカリキュラムに合わせて、英語も使いますし、ディスカッション(討論)やプレゼンテーション(発表)は全ての授業に入っています。たとえば中1~2年生の合唱では、"Take Me Home, Country Roads"を教材にして、日本語・英語バージョンを比較しながら、日本語と英語では文法上どのようなズレが生じるか、聴こえ方がどう変わるのか等を理解していきます。たとえば『アナと雪の女王』では、"Let it go"と"ありのままの"の語尾の母音が同じ韻を踏んでいるから良い訳、といった具合です。

高1の授業では、サザンオールスターズ『いとしのエリー』とレイ・チャールズのカバー曲《Ellie, My Love》の両方を歌い、ジャンル、聴こえ方、メロディラインの違いや、それぞれどこが良いか・今イチか、などを討論して発表させます。さらに、オリジナル曲とカバー曲にはどういう違いがあるのか、なぜオリジナル曲以外のアレンジが生まれるのか、レポートを書かせて評価しています。決まった正解はないので、自分なりの答えを参考資料なども挙げながら書けていればOKにしています。高校生なのでなかなか面白い答えがありますね。高2では日本語から英語にアレンジし直して、自分で考えた編成でアンサンブルをしてもらいます。
また入学式には全員で《We are the World》を歌うので、その練習の合間に、ドキュメンタリーやメイキングビデオを見せたり、ディスカッションやレポート作成もします。これは「人を救うには何ができるのか」という探究テーマに基づいています。

楽器演奏
1曲から様々に学びを展開させていく、興味深いアプローチですね。楽器演奏の機会はどのくらいありますか?

楽器演奏は6年間で30%くらいですね。中1は合唱や鑑賞が中心で、中2から楽典を勉強し、リズム演習をします。リズムの書き取り→8小節からオリジナルリズム作品を創る→自分で創ったリズムをもとにボディパーカッション(手拍子、スナップ、膝、ストンプ、口、など)という流れです。1学期末には、1グループで16小節以上のボディパーカッションの作品を創ってもらいます。
中3は初心者向けギターの授業で、コードを4種類覚えて弾き歌いをします。《Take me Home, Country Roads》はオープンコードだけで弾けるので、これを3学期かけて習得し、学期末試験が終わってから一人ずつ演奏試験をします。
高1は伝統的な和太鼓の叩き方の型を勉強してから、八丈太鼓で即興リズムを叩かせます。まず全員で同じ2小節の型を叩いた後、ソロで即興表現をしながら全員1周します。あとはボディパーカッションですね。

IBの学習プログラムは世界共通ですが、世界各国で、その国独特の楽器や音楽を用いてプログラムを実施しています。先述の和太鼓もそうですが、日本も日本人に合うようにローカライズさせるのがいいと思います。文科省的な音楽学習内容も加味しながら、また、入学式や合唱祭などの学校行事なども踏まえながら、MYPの理念やプログラムを中心とした授業を考えています。IBの良い部分と、本来音楽を楽しむという部分をどうバランスよく入れられるかをいつも考えています。

  • 高1では音楽か美術を選択、高2から自由選択となる。
学際的な学びも
国際バカロレアといえば学際的な要素も含んでいる印象もありますが、音楽と他教科を組み合わせたような授業もありますか?

他教科の要素を取り入れた学際的授業の展開としては、「世界平和のために何ができるのか」をテーマに戦争の悲惨さを訴える動画を作成したり(芸術科×情報科×社会科)、地域のごみでモニュメントを創りいかにゴミ分別のマナーが悪いかを訴えたり(芸術科×家庭科)、『花は咲く』プロジェクトは本当に復興支援に繋がったのかを考えさせるディスカッションもしました。
中1にはいきなり重いテーマだと難しいので、「ショートムービーを作ろう」を課題にしました(音楽科×情報科)。まず音楽科で、BGMや効果音が人間の心理や価値観にどれだけ影響しているのかを勉強した後、情報科で著作権やモラルなどのメディアリテラシーを学び、映像作品を制作しました。作品発表+解説プレゼンで、総合的に評価しています。

中1から、このようにテーマに沿って実践的に取り組めるプロジェクトがあるのはいいですね。音楽心理や情報リテラシーなどの学びもありますし、完成作品も楽しそうです。先生方が参考として創ったムービーも分かりやすくて面白いですね。
  • IBには現代的な課題を解く力として「芸術運動や芸術そのものと社会とを結び付け、社会にアプローチできる生徒」を、また知識とイメージを自分で再構築する力として「一人ひとりが"アーティスト"として自覚を持ち、表現を追求し続けられる生徒」を育てるという教育方針がある。
国際バカロレアのシステム
どんな人物を作りたいか~まず評価指標・方法ありき
学生の評価はどのようにしているのでしょうか。

IBの学習は逆向き設計で、単元を設定する上でまず先に目指すべき目標、達成すべき目標があります。「この目標があり、こういう評価をしなくてはいけないから、こういうプロセスが必要・・」と考えていきます。生徒には「今回の単元はこの観点とこの観点を使います。満点を取るにはこれだけできてほしい」という表を最初に見せます。参考として、模範作品や昨年の生徒事例などを見せることもあります。MYPは実技だけでなくレポートなどの提出物が多いですね。

  • 観点
観点A 知識と理解(最高8点)学期末テスト、ワークシート、基礎的な作品
観点B 技能の発展(最高8点)作品・実技テスト
観点C 創造的思考(最高8点)Inquiry Questionsに応えるレポート(ディスカッションや小論文など)、グループワーク
観点D 鑑賞(最高8点) DW(プロセスの記録と振り返り)、相互評価
IBカリキュラムに従って、実際の授業の進め方、教材の選び方、質問内容などはすべて先生が考えるのですね。

はい。IBは答えがない探究型で概念的な学習が中心です。重要概念(Key Concept)、関連概念(Related Concept)、グローバルコンセプト(Global Concept)がありまして、それを踏まえながら、各教員が探究的質問(Inquiry Questions)を考えます。こちらは参考例です。

  • ① 事実に応えられる質問:ジョン・レノンとオノ・ヨーコはどのような活動をしたか。
  • ② 概念的な質問(少し考えないと議論できない質問):芸術運動は社会にどのような影響を与えるのか。
  • ③ 議論を喚起する質問(答えのない質問):芸術は世界を平和にすることが可能なのか?

本質的な質問を考えるのは簡単ではないですが、そこがとても大事で、作曲科出身の先生ならではの創造力が発揮されていると思います。IBカリキュラムで育った卒業生の進路についてお伺いできますでしょうか?

これまで3回分の卒業生を出しましたが、ハーバードやイェールなど海外大学に合格する卒業生も出ています。先日学校説明会で卒業生何名かに、「IBカリキュラムが今どう生きているのか」を訊ねたところ、大学のレポートや課題が難なくこなせて簡単に感じるほど、とのことでした。来年からDP(ディプロマ)(国際的に通用する大学入学資格の取得を目指すディプロマプログラム)が始まりますので、より海外進学が増えていくのではないかと思います。

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INDEX

菅野 恵理子(すがのえりこ)

音楽ジャーナリストとして各国を巡り、国際コンクール・音楽祭・海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。『海外の音楽教育ライブリポート』を長期連載中(ピティナHP)。著書に『ハーバードは「音楽」で人を育てる~21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ教育』(アルテスパブリッシング・2015年)、インタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア・2013年)がある。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て現職。2007年に渡仏し「子どもの可能性を広げるアート教育・フランス編」を1年間連載。ピアノを幼少・学生時代にグレッグ・マーティン、根津栄子両氏に師事。全日本ピアノ指導者協会研究会員、マレーシア・ショパン協会アソシエイトメンバー。 ホームページ:http://www.erikosugano.com/

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