ショパンコンクールレポート

ショパン国際コンクール・優勝者インタビュー―真摯にショパンと向き合って

2010/10/26

見事、第16回ショパン国際コンクールで優勝したロシアのユリアンナ・アヴディエヴァさん。女性ピアニストとしては、マルタ・アルゲリッチ以来45年ぶりの優勝となる。大きな眼とマニッシュなパンツスーツが印象的な彼女は、そのショパンに対する真剣で深い思いをまっすぐに語ってくれた。

 

ショパンはなぜ特別なのか?/ユリアンナ・アヴディエヴァさん(優勝)

winners_avdeeva2.gif―第16回ショパン国際コンクール優勝、おめでとうございます!まずコンクールが終わっての感想を一言お願いします。

一言で伝えるのは難しいですが、今回はコンクール用に曲を選んだのではなく、自分が心から愛している曲を選び、リサイタルで演奏するようなプログラムにしました。中でも、ショパン作品の中で最も重要なソナタ2番や幻想ポロネーズなど、大規模かつ深みある音楽を求められる三次予選は、特に大事なステージでした。また、一次予選初日から入場券が売り切れるほどポーランドの聴衆の皆さんが熱心で、どの参加者に対しても温かく接して下さいました。お互い何も知らない間柄でも、ショパンの音楽がピアニストと聴衆を結んでくれる。ポーランドではそうした結びつきを特に強く感じます。

―そして結果は見事に優勝。今の率直な感想を教えて下さい。

結果のことは考えず、とにかく音楽に集中していました。決勝で弾いたピアノ協奏曲1番はポーランドで作曲されました。しかもこのフィルハーモニーホールからあまり離れていない場所です。この曲をワルシャワで演奏できたことが、特に嬉しかったです。

―このコンクールに向けて、いつ頃からどのように準備しましたか?

ショパンの曲はレパートリーとして多く持っていましたが、今年はショパン生誕200周年の大切な年にあたり、演奏会でもショパンを弾く機会が多くありました。どのくらい準備したか特定するのは難しいですが、とにかくショパンの音楽をこれまでにないほど深く勉強しました。ショパンに関する本や手紙など、あらゆる書物にも目を通しました。彼の音楽は彼自身であり、彼が何を考え、どんな友人がいたか・・などを知ることでインスピレーションを得ることができました。

―ショパンの音楽が特別だと思うのはなぜでしょうか?

winners_avdeeva.gifショパンの楽曲構造は古典的なのですが、彼自身が自分の曲の演奏法に関して言い残した言葉によれば、ショパンの音楽は「定義」をしないのです。「ほのめかす」だけで、聴き手が想像する余地を残しています。ベートーヴェンは音楽のメッセージが明確なのですが、ショパンは幻想の自由がある。形式やルールに従うだけでは感情がない、でも感情だけでは彼の望む演奏にはなりません。構造に従いながらも自然な感情が沸き起こる、それがショパンの音楽を魅惑的にしているのだと思います。

大切なのは、ステージに出た瞬間にそれまで学んだことを全てを忘れ、(もちろん形式や奏法などは既に身体に刻まれていますが)、魂が自由にほとばしり出るようにすること。それは、インスピレーションあるいは即興といえるかもしれません。ショパンは楽譜に書き留める前に即興をしていました。私たちも毎回異なる演奏を心がけないといけないと思います。
それこそが、ショパンの音楽に魔法のような魅力と難しさが同居する理由だと思います。

―コンクール期間中、自由時間は何をしていましたか?

ショパンが訪れた場所、たとえば16、17歳の頃にオルガンを弾いた教会や、ピアノ協奏曲を作曲した場所、ショパンの心臓が安置されている聖十字架教会、そしてショパン博物館にも何度か行きました。実は4月に予備予選を受けるためにワルシャワに来た時、初めて博物館を見学しました。その時は3時間くらい滞在したのですが、ショパンという人間や、彼の音楽に対する愛を感じました。残された手紙などだけでなく、ワルシャワやパリなど彼が訪れた土地で何をしたのか、そういった情報も沢山ありました。

―音楽を始めた頃のお話を聞かせて下さい。

両親とも音楽好きでピアノも弾き、演奏会にもよく出かけていました。私は5歳の頃にピアノを始め、その後グネーシン音楽院でイレーネ・イワノワ先生に師事しました。初舞台は6歳の時、チャイコフスキーの小品2曲をステージで弾いたのですが、とても心地がよく心から楽しむことができました。その時の感覚が、ピアノを習い続けるきっかけになったのかもしれません。そして今後も生涯を通して、その感覚を求めていきたいと思っています。
ピアニストと聴衆のコミュニケーションはとても大事で、音楽を通して自分が伝えたいメッセージを共有できる、そんな演奏が魅力的だと思います。


※真摯な表情で誠実に自分の考えを語るユリアンナさん。ショパンに対する真剣な思いは、ステージの上だけでなく、日常生活の中にも現れている。賞金の一部は「自宅にある1967年製のピアノの修復に使いたい」という堅実さ。すでに結婚しているが、今回は音楽に徹底的に集中するため、ご主人には遠くから応援してもらい決勝を終えてからワルシャワに来てもらったという。元同級生というご主人の精神的なサポートも得て、今後ますますの精進と活躍が期待される。まずは来年1月の入賞者来日コンサートでの演奏を心待ちにしたい!(インタビュー協力:クラシカ・ジャパン)

 

 

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<ミニ・インタビュー>
「世代によってショパン像は変化している」

エルヴィラ・ツィエルスカさん(ショパン博物館コンサルタント)

世代によってショパンのイメージは変化しています。年配の世代にとってショパンは心の拠り所であり、愛国精神の象徴でもあります。ショパンの音楽は、ポーランドの自立と同義語なのです。共産主義を知る世代は、ショパンの音楽がもつ文脈は「自由」を意味します。一方、若年世代のショパンとの関係性は変わってきています。彼らは、愛国心を伴う崇拝というより、純粋にショパンの音楽を愛しています。そのように教え込まれたわけではなく、ショパンが天才的な作曲家だからですね。
ショパンの音楽に対するアプローチは年代によって異なりますが、音楽を愛する気持ちは年代を問わず変わりません。

 


ピティナ編集部
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