ドビュッシー探求

12の練習曲より第9曲:反復音のために

2007/10/05

今回の曲目
音源アイコン 12の練習曲より第9曲:反復音のために 3m23s/YouTube

 鍵盤楽器で反復音の技術を最初に本格的に開発したのはスカルラッティで、当然のことながら、ドビュッシーはスカルラッティが作品に用いている反復音のモチーフのヒントを作品にたくさん用いています。ピアノにおける同じ音の反復は、弦楽器のそれとは異なり、軽快で心地よい緊張感をもたらす表現です。技術的には速い同音の反復は一般的に異なる指で演奏するので、手の構造から、他の奏法と異なり、スタッカート的な、すなわち、鍵盤を指先でこすりながら引っかけるように打鍵しつつ、手を微妙に左右に揺らす必要があるので、困難なテクニックの1つです。ドビュッシーはこの作品で、2音反復、3音反復、4音反復に加え、和音と同音連打の混在、同音反復と跳躍、そして片手でメロディーを弾きながら同音連打で伴奏することなど、さまざまな同音反復のアイデアを提供しています。また、4音反復では、4,3,2,1の指使いで演奏することと2,1,2,1の指使いで演奏することなどをうまく使い分けることや、2音反復では2,1の指使いと1,2の指使いを使い分けることなどを演奏者に要求します。
 58~59小節のように、ドビュッシー晩年特有の美しい転調が含まれていますが、この作品は、全体にトニック(ハ長調でいうところのドミソの和音)の使用頻度が相対的に高く、また、全音階(半音の音程のない音階)の使用が高いため、他の作品よりも早い段階に構想されたのではないかと思います。
 いずれにしても、結果はどこまでも軽く、自然でおどけた音楽でなければいけないと思います。

演奏上の問題について
 調を感じさせるカデンツァやトニックが初めて出てくるのは29小節で、それまでは全体に、全音階やV9の5音下方変位和音などの、はっきりしない雰囲気が支配しています。従って、それまでは全体にリズムの面白さや切れ味が表現の中心になると思います。
 1~8小節の導入部分ですが、ここではドビュッシーの指示している微妙な強弱の変化やテヌートなどの音質の指示を守ればそれほど困難ではありません。全体としては強拍よりも弱拍に向かって小さなクレッシェンドがついています。音色としては、2~3小節の低音部のf→es→fは、その前後に比べてフラット系なので、曇った、ミステリアスな響きで弾くべきでしょう。また、ピアニシモなどが出てきますが、14小節からの部分の方がずっとニュアンスとしては弱いので、あまりピアニシモを意識しない方が良いと思います。
 9~10小節は1拍ごとに調の異なる和音の上にテーマが出てきます。しかし、和音はすべてV7の5音下方変位の平行移動なので、弱拍のバスの動きにも注意を払えばそれほど困難ではありません。10小節の右手の指使いはさまざまに考えられますが、1例として、3拍目のbの同音を同じ3の指で演奏するとポジション移動が少なくて楽に演奏できると思います。17~18小節は2拍ごとに和音が交替し、19~20小節は1拍ごとに和音が交替することで緊張感と強弱に段差がついています。19~20小節は右だけに強弱の意識がいきがちですが、左の半音進行、右手の進行は反行系なので、拡がっていく感じが欲しいところです。20小節の4拍目は変イ長調V9の和音で、カデンツァを期待させますが、結局解決せずに22小節で全音階ではぐらかされます。
 28~36小節はバスに、ドビュッシーとしては珍しく息の長いメロディーが出てきます。このメロディーは鳴らしにくく、しかも、高音部の同音連打は音が大きくなりやすいのでおさえる必要があります。コツとしては、同音連打を弱くすることに意識をもっていくよりも、メロディーの響きを聴きながら同音連打を演奏する方がうまくいくことが多いようです。28~38小節は他の部分に比べ、ハ長調や変ニ長調といった調性を感じさせる部分が多いので、それをコントラストとして表現すると良いと思います。また、メロディーは同主短調の借用音などにテヌートがついているので、それも明暗として表現すると良いでしょう。
 39小節からは展開部のようなもので、それまでとガラッと雰囲気を変え、積極的で鋭い音楽にすると良いと思います。40小節の同音連打は2,1の指で演奏するのが一番安定すると思います。45小節の同音連打は難しいですが、強く弾こうとするとうまくいかない場合が多いと思います。音は普通に弾いても十分大きな音になるので、重くならない音色で演奏するとうまく弾ける場合が多いと思います。47~48小節はソプラノだけでなく、他の声部も音楽的に表現する必要があります。47小節の最後のaの同音連打はおどけた感じが欲しいところです。
 49小節からの再現部ですが、左右共にポジションを安定させることが困難です。しかし、1例として、右手の同音連打は2,1,2,1の指使いで、左手の和音は1,2,3の指使いで演奏する方法を試してはいかがでしょうか。
 53~54小節は跳躍と手の重なりがあり困難ですが、可能な限りテンポを崩さずに弾くべきだと想います。55小節からは第2主題の再現で28小節からと同じ問題をかかえます。左手は右手の上にして、28小節からの部分と同様にしつつ、左手のメロディーは腕全体で弾くと浮かび上がりやすいと思います。
 58~59小節は困難なところですが、まずは和声や調性の変化を知ることで多くが解決できると思います。ここにドビュッシーはルバートを最小限にするようにという指示を書いています。つまり、可能な限りインテンポで弾けという指示です。基本はホ長調でバスがトニックの第2展開形を表すhのオルゲルプンクトですから、全体の基調は少し不安定な感じです。途中、細かく変ロ長調、ト長調、ハ長調、そしてホ長調と変化します。例えば58小節2拍の裏で変ロ長調に転調します。そういったところで細かなニュアンスを変えることで演奏もしやすくなります。特に、59小節の2拍目は本来はハ長調のトニックがくるところをはぐらかしてシャープ系のホ長調の借用VII7にいくために、必然的にsubitoピアニシモになります。また、3拍目はサブドミナントとドミナントが同時に鳴り、最後にトニックに解決します。こういった和声の微妙な連結を意識して演奏すると楽に演奏できるようになります。右手の指使いですが、同音連打の部分について、さまざまな工夫が可能です。2音連打の部分は1,1とすることもあるでしょうが、テンポを遅くできないのであまり良い方法だとは思いません。説明をしやすくするために8分音符を1拍として説明します。2音連打の部分の1例を挙げると、拍ごとに上行する場合は同音を2,1の指使いで、下降する場合は1,2の指使いとします。つまり、58小節は2,3,5,6拍目は2,1、4拍目は1,2とし、7,8拍目は1,2,1,2,1、59小節の1,2拍は3,2,1,3,2,1とします。以後は同様のルールです。
 以後同様の再現が続きます。70小節の右は、ぼくは2,1,2,1の指で弾くことで必要な音質を得ています。75小節の同音連打は分離しにくいですが、バスの短いモチーフを聴きながら演奏するとうまくいく場合が多いです。
 全体として、諧謔的な雰囲気に満ちた、決して荒々しくない音楽だと思います。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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