2002年に開催されたピティナ・ワールドフェスティバルには、のべ8000人が来場! (230号p8-)また同時開催された国際シンポジウムでは、「ピアノ教育の未来」をテーマに世界各国の教授が意見交換した(230号p8-19、p24-44)。
ピティナと姉妹組織であるMTNA(全米音楽指導者協会)のトップ対談が実現。MTNA会長による巻頭言も。「インターネットの時代となった今、各指導者のニーズへの素早い対応が可能になり、また会員間コミュニケーションもよりきめ細かくスムーズに行われるようになりました。まさにテクノロジーが、組織と会員間に存在していた境界線を越えたのです。一方で伝統を重んじる指導者の立場を尊重しつつ、テクノロジーを最大有効活用していきたい、それが私たちの方針です。・・・MTNAと貴協会には明るい前途が開けています」(218号p6、p8巻頭随筆「新しい世紀に向けて」MTNA会長ゲイリー・イングル氏)。こちらは2009年MTNAカンファレンスリポート(279号p56-58)。
会員から寄せられる海外リポートには、アジアの事例も増える。「彼ら(中国・韓国勢ピアニスト)の演奏は真剣そのもので、テクニックの素晴らしさはもちろんのこと、音楽が大変洗練されていて、一昔前の演奏スタイルとは全く異なって、この年代でここまで表現できるということに、大変に感銘を受けました。日本から出場の方達も(前山仁美さんが6位入賞)大変素晴らしい演奏をなさり、胸が熱くなりました」 (ジーナ・バックアゥワー国際コンクールヤングピアニスト部門審査員・杉本安子先生、252号p73)
「(ハノイ音楽院)ハードの面ではこれからの部分はあるかもしれませんが、そんな環境の中で強い上昇志向と目的意識をもちながらパワー全開で頑張っている生徒さんたちからは、力強いエネルギーが感じられました。・・・この子供達の中から、第2・第3のダン・タイ・ソンが生まれる日が来ることを願いながら、ハノイをあとにしました」 (久元祐子先生、252号p76-77)
上海の初等音楽教育 (牛田敦さん、252号p78ー79)、中国や韓国との交流コンサート(川口希史子先生、221号p40-41)なども。
海外との接点が広がり、日本から発信する機会も増えてきた。出身国に関わらず、アーティスト同士、教育者同士として、お互い影響を受け合う関係になる。そうした真の国際化へまた一歩近づいた。
「生涯のうち何時間しか会わなかった人に大きな感銘を受けることがあります。・・私の場合、フルトヴェングラーの実演にはパリで2回しか接していませんが、生涯忘れ得ぬ刷り込みになったわけです。その後チェリビダッケと会い、長い付き合いがありましたが、ドイツ語がうまく話せなかった私に、『おまえの考えていることは話さなくともわかる』と言われて驚いたことを覚えています。」(園田高弘先生~2003年新春対談・235号p8-11)
「日本はすでにクラシック音楽界の発展途上国ではない。さまざまな教材や教育システムの紹介も大切な行動の一つだが、玉石混交の状況にあるものをそのまま無差別に輸出するのではなく、その価値と特色を評価し、吟味した上で紹介できるのであればより大きな信頼を得ることができる」 (今井顕先生・オーストラリア・ピアノ教育カンファレンスリポート、238号p88)
その先例の一つとして、藤澤克枝先生はドイツでマスタークラスを行い、ドイツ人も納得の理論と説得力ある響きが評判を得た(藤澤克枝先生、254号p88-89) 。