ピアノ指導と言えば、マンツーマンによる個人から
個人への教授が一般的です。これは、いわゆる学校・音楽院ではなく、個人自宅でレッスンする指導者が多いという事情とも表裏一体です。
しかし、生徒の人生に音楽的にも基礎教養的にも大きな影響を与えるピアノレッスンは、必ずしも1名の指導者による必要はなく、むしろ2人だからこそ質の高い内容を提供できる可能性があります。また大学等で演奏を学んだばかりの若手にとって活躍できる場になるかもしれません。
この記事では、ひとつの教室の中で2人の先生がペアを組む指導を称して「ダブルティーチング」とし、経験者のお話や各地の事例を紹介します。
- 教室のセールスポイントになります。例えば、ベテランの指導者と、若手の指導者が二人で教える場合、若手の先生は身近でかつ憧れの存在として受け入れられるかもしれませんし、ベテランの先生の存在は、保護者に安心感を与えるのに役立つでしょう。
- 二人になることで、受け入れ可能なレッスンの物理的時間が増やせます。教室の発展のために、講師として若手指導者が育成されることは、ピアノ教育界全体にもプラスに働きます。
- 音楽大学等で、演奏や勉強100%の生活だったとして、急に指導者として指導100%の生活に切り替えることは容易にできません。「演奏の勉強半分、指導半分」くらいのバランスで、指導のキャリアを積むプロセスも必要ではないでしょうか。
- 一人の生徒を5年、10年と一人だけで見ると、どうしても指導のスタイルが一方向に偏っていったり、好みの傾向に寄って行ったりすることから逃れられません。違う特性や得意分野をお持ちの二人の指導者に師事することで、バランスがよくなることがあります。
- 二人の指導者が組み合わさることで、生徒が受ける指導の内容を最適化したり、調整したりできます。
- 若手指導者の活躍する場が増えることで、ピアノ教育業界の発展につながります。
メインの先生は同じ市内に住む鈴川ゆかり先生。師事していた先生が、鈴川先生との知り合いというご縁でつながったそうです。鈴川先生は、地元におられる優秀な若手演奏家である榊原先生に、ぜひ指導でもご活躍いただきたいと、教室の何人かの生徒さんについて、一緒に指導することを思い立ったそうです。
私の役割は、主に演奏家の立場から、本番での素敵な演奏のためのアドバイスをすることだと思っています。コンクールでは、モチベーションを長丁場にわたり維持する必要がありますが、子供にとっては、二番目の先生である私のレッスンがあることで気持ちを新鮮に切り替えられる、と言えるのではないでしょうか。
私自身が、コンペティターとしての経験を積みましたから、緊張するときに甘いものを食べてみるとか、本番の衣装を実際に着てみたりとか、そんな細かい心の持ち方も教えられます。
レッスンのたびに、鈴川先生と話し合いの場があるのも大変勉強になります。鈴川先生は(まだ私が知らない)生徒の本番での癖すら把握していて、そうした情報を得られるのが貴重です。また、審査員の先生方から頂く講評用紙ですが、本人、保護者、鈴川先生、自分と4人の目で読めるので、偏った解釈に捉われることがなくなるという意味でも、お役に立てているかもしれません。
ピアノを演奏するときも、自分自身の指導者になれるような感覚があり、精進できている実感があります。でもいまは、どちらかと言えば、演奏よりも指導の面白さに目覚めています(笑)。子どもたち一人一人の特性を、一瞬でつかんでしまえる、そんな教育者になれたらと思っています。
垣坂純代先生は現在、福岡県のピティナ正会員である田中輝美先生(福岡ヴァルールステーション代表)、堀佐知子先生(千鳥ステーション代表)の二つの教室で講師を務めています。東京音大のピアノ演奏家コースで学び、数々のコンクールに入賞し、九州交響楽団との共演歴を持つ垣坂先生は、大学を卒業した後、福岡の楽器店に就職して指導のキャリアをスタートさせました。
その後、ピティナ福岡支部ご担当の寺島敦さん(日本楽芸社)の紹介で、現役でソロ演奏から伴奏までをこなす実力を活かせる講師として、大きな教室を持つ二人の正会員それぞれとタッグを組むことになりました。
「教室のメインの先生とリレーや連携がうまく行くときは、これこそ自分の役割だと幸せに感じています」と垣坂先生。ピティナ・ピアノコンペティションにおいて新人指導者賞、指導者賞を受賞され、今年からはステップのアドバイザーも務めています。
メインの先生は、お母さまである小林菊子先生。侑奈先生(写真右)は、幼い頃からピティナ・ピアノコンペティションで育ち、国内外のコンクールで入賞、ソロ・室内楽奏者として活躍。親子でピティナ会員。
私が現在、指導しているのは母の教室の生徒のうち15名です。ドルチェコースといって、1時間~1時間30分のレッスンを前提とした生徒たちが対象です。
昔から、母は私を「自分が指導者として尊敬できる方」に師事させるようにしていたので、長年に渡り母娘二人で同じことを学んできたと言えるところがあります。私がイタリアの留学先で就いた指導者を、母も絶賛してくれて、感覚がまるで同じだと思いました。
同じ感覚を持ちながら、私は、演奏面での指導、また、昨今の演奏の潮流を肌で知っているところが強みですが、母が経験豊かで、ちょっとした勘所の押さえ方を心得ていたり、生徒の精神面のフォローができるのにはかないません。二人なら互いに不足を補い合えるし、行き過ぎた点を補正しあうことができます。
ピアニストとしても、演奏の視野が広がりました。同じ時間でも濃い練習ができるようになり、どんな小さな曲も、音楽の広大な歴史に属しているということが分かるから、解釈も新しくなります。
いざ自分が指導者として教え始めたら、幼いころ口酸っぱく言われていたことが口をついてでたり、言われていたことの意味が初めて分かったりしています。まるで音楽人生を新たに楽しんでいるような気持ちです。
ダブルティーチングでは、二人の指導者が互いを認め合い、強みを発揮し合わなければなりません。さまざまなパターンでのダブルティーチングを経験されている大嶺未来先生(ピティナ正会員、審査員、アドバイザー)にお話を伺いました。
ピアノ指導者にはそれぞれ得意分野があると思います。舞台で人を魅了する演奏を追及し、大局的あるいは感覚的に楽曲をとらえる演奏家タイプもいらっしゃいますし、曲の構造や和声分析を重んじて、細部に入り込んでいく指導者タイプもいらっしゃるでしょう。マスタークラス的な(「応用」)レッスンもあれば、地道に積み上げていく(「基礎」的な)レッスンもあります。
こうした教育を、一人で行うことは難しいことも多く、その一方で、現状とは違うタイプのレッスンを必要としている生徒、意欲の高い生徒がいます(*)。そこで、二人の指導者が組み合わさることは大変有効だと思います。
このとき、重要なのは、「第 2 指導者」となる先生が、指導者タイプであれ、演奏家タイプであれ、メインの先生と生徒の関係を最重要視し、サポート役に徹するということです。例えば、曲の解釈が自分とは違うなと思っても、メインの先生の解釈の背景を想像した上で、そこに生徒の演奏を合わせるよう導くこともあります。逆に、その生徒がどうしても不自然な表現しかできなければ、あえて別の解釈を提示して、その生徒がメインの先生に相談できるようにすることもあります。逆のことを行ってますが、どちらもサポートをする、という意識です。
音楽の表現は一通りではないこと、生徒に幅広い可能性を与えることこそ、違うタイプの指導者がタッグを組むダブルティーチングが必要とされる理由です。その一方で、指導者どうしが相手の考えを尊重し、時に自分を切り替え、相手をサポートする側に立つという姿勢、器量を持たなければなりません。そのために、私は常により美しい音楽に触れるようにし、学び続けたいと思っています。
- 例えば、2015 年度のピティナ・ピアノコンペティションでは、約17%の参加者が、指導者として2名の先生を登録しています。