ピティナ・CrossGiving

循環のカタチ Vol.3 片山柊さん -「作曲家」の立場から-

循環のカタチ
Vol.3 片山柊さん -「作曲家」の立場から-

特級のステージは、過去の特級参加者が現在の特級参加者を様々な立場からサポートする「循環」が積み重なってできています。クラウドファンディング期間後半の連載では、そうした「循環」を体現しているこれまでの特級入賞者へインタビューしていきます。

第3弾は2017年に特級グランプリを受賞した、片山柊さん。演奏活動・指導・エレクトロポップデュオと幅広く活動しながら、今年の特級にはセミファイナルの新曲課題を提供する作曲家としてご協力いただいています。


特級のステージを振り返って

 特級はとにかく曲が多くてプログラムづくりが難しいですが、選曲にはとてもこだわったのを覚えています。セミファイナルの邦人作曲家の課題は、今と違って指定の新曲ではなく自分で選ぶ形式で、私は武満徹の「ピアノ・ディスタンス」を選びました。作曲家でピアニストの高橋悠治さんに委嘱された非常に前衛的な曲なのですが、高橋さんのような「作曲ができる演奏家」は私の理想的な音楽家像で、影響を受けていたこともあって選んだ曲です。コンクールではやはり「新しい音楽」よりもハーモニックな音楽が選ばれやすい傾向があると思いますが、私は自信をもってこの曲を選んでよかったと思っています。

グランプリ受賞時、恩師の武田真理先生・ピティナ福田成康専務理事と

ファイナルのラヴェルも、とてもこだわりが強かったです。もともとフランスの近現代作曲の色彩感あふれる和声・ハーモニーがとても好きで、ピアノに没入したきっかけもフランスの近現代音楽だったので、ラヴェルをオーケストラと一緒に弾きたい気持ちが強くありました。一般的には、コンクールのファイナルでラヴェルというのは、「勝ちにいく」レパートリーではないかもしれません。指導していただいた武田真理先生にもたくさんご意見をいただきましたが、どうしてもラヴェルを弾きたいという私の想いを聞いて、先生も最後は背中を押してくれました。だからこそ、こだわったプログラムでグランプリをいただけたことが本当に嬉しかったです。

オンラインインタビューの様子
特級に曲を提供する立場になって

実は「作曲家」という道は、幼い頃からずっと志していたことなんです。遊び半分ですが、初めてピアノ曲を書いたのは小学校低学年の時でしたね。ずっと曲をつくりたいという欲求はあって、進路を考えるタイミングの都度「ピアノにいくか、作曲にいくか」で迷い、悩みながらピアノに進んでいました。今となっては、一回しっかりピアノに向き合ってから作曲に進んで正解だったと思います。特級を経験して、たくさんの演奏機会をいただいて、演奏経験を積んでから作曲に軸足を置いたから今の作曲活動ができているなと。高校の時に作曲を選んでいたら、上手くいっていなかったかもしれないですね。

2022年には、奏楽堂日本歌曲コンクール見事第1位に輝きました。

特級セミファイナルの課題曲提供には、2020年に新曲課題を担当した作曲家・神山奈々さんの作品の監修から関わり始めました。神山さんはご自身がピアニストではないので、作品を仕上げるために私が演奏して、コンテスタント目線の意見やアイデアをお伝えする立場です。2021年・2022年も横から新曲課題曲の作品を見ていて、コンテスタントそれぞれの「別の側面」を引き出せるような曲を提供したいと思うようになりました。 今年提供した私の作品「内なる眼 -ピアノのための- Innervisions for Piano」は、一言で言うと、コンテスタントの「根性」を引き出したいという想いをこめて書きあげています。譜面は比較的シンプルで、譜読みのハードルは高くないと思いますが、フォルテが多く、4分程度ですが体力のいる曲です。演奏する人のコアにあるエネルギーを投じてほしい1曲なので、ぜひ全力で、楽しんで弾いてほしいです。そして、こうした機会に、日本の作品や現代の新しい曲を演奏することに、関心を高めていただけたらと思います。

2020年、初監修した新曲を演奏したセミファイナリストたちと
多様な活動の広げ方

現在は大学で作曲を専攻しながら、演奏、作曲、生徒のレッスン、エレクトロポップのバンドでの演奏など、いろいろなことにチャレンジしています。いろいろな角度から音楽に向き合うことで、音楽の中のジャンルの境界線、あるいは音楽と他のアートのジャンルの境界線の間を探っていくのは、作曲のヒントにも繋がる大事な取組と思っています。
たとえば最近だと、ダンサー・振付家の方と一緒に、「バッハのフーガの技法に振付をつける」という、ダンスと音楽を融合した公演に演奏で参加させていただきました。聴覚の芸術と視覚の芸術が融合した時、どういう表現の可能性が開けていくのか、ということには、とても興味があります。音楽×ダンス、音楽×絵、といったアートジャンルの境界線も、クラシックとポップス、ピアノと別の楽器といった音楽の中での境界線も、行き来することで様々なものが見えてきます。こうした模索から新しい音楽を創っていく方法は、今後も続けていきたいですね。

「フーガの技法」共演者たちと
アートジャンルの「境界」を超える経験を蓄積中

別々のジャンルのものを組み合わせて構築していく作業には、特級に参加した時の「プログラムの構築」という経験が、実は重なるところがあります。プログラムづくりは、演奏家の個性が出る非常に創造的なプロセスで、特級を通じてとてもクリエイティビティを鍛えられた場面の一つなんです。形は違いますが、新しい音楽を創るプロセスのいろいろな段階で、特級で体験できたことが活きていると感じます。

エレクトロポップデュオ「東京○×問題」としてのデビューなど、ユニークな活動の広げ方を見せています。
特級挑戦者へ応援メッセージ

当時は必死でしたが、振り返った時、グランプリに至るまでに応援してくれた人の声が自分のエネルギーになっているのは確かです。特級参加前は、演奏する場は主に大学や門下生同士の演奏会でしたが、特級グランプリとして様々な褒賞コンサートに参加させてもらって、「仕事」として人前で演奏する機会が増えました。各地でのコンサートは応援してくれる方とのコミュニケーションの場でもあり、音楽で「お金をいただく」ということのありがたさや責任を体感する機会でもありました。私はこの経験を通じて、音楽を生業にしていきたいという想いが強くなったと思っています。

入賞者記念コンサートは、特級入賞者に「仕事」としてピティナが出演を依頼する機会。当時の懇親会の写真には、その後特級に挑戦した後輩が複数名写っています。

特級の経験は、必ずいろんな道筋につながっていきます。私がずっとやりたかった「作曲家」に着地したように、狙ったところにいくかもしれないし、もちろん逸れることもあるかもしれません。ただ、どこに着地したとしても、たくさんの作品と向き合い、没頭した時間は、先々の大事な指針になると思います。結果ももちろん気になると思いますが、決して結果だけにとらわれず、是が非でも「良い経験」にしてほしいです。

じっくりと特級から現在のご活動までのつながりをお話しくださいました。ありがとうございました!

Vol.1 梅村知世さん -「伴奏者」の立場から-
Vol.2 今泉響平さん -「アドバイザー」の立場から-
Vol.4 関本昌平さん -「指導者」の立場から-

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