循環のカタチ Vol.1 梅村知世さん -「伴奏者」の立場から-

循環のカタチ
Vol.1 梅村知世さん -「伴奏者」の立場から-

特級のステージを経験した皆さんは、その後様々な形で次の世代の音楽教育をサポートする立場に進んでいきます。クラウドファンディング期間後半の連載では、そうした「循環」を体現しているこれまでの特級入賞者へインタビューしていきます。

第1弾は2010年特級グランプリ・聴衆賞を受賞されたピアニスト、梅村知世さん。現在は主に日本とドイツで演奏活動をしながら、昨年からは特級三次予選の2台ピアノ伴奏者として、後輩たちの成長をサポートしていただいています。


特級のステージを振り返って

2010年当時は、特級ファイナルが第一生命ホール(東京・中央区晴海)で開催されていました。2018年からサントリーホール(東京・港区赤坂)での開催に移り、客席数も3倍近くになったことで、コンクールでありながら、より「観客に聴かれるコンサート」の要素が強くなったように感じます。2022年のファイナルを聴きに行きましたが、コンクールとは思えないくらい客席が埋まっていてびっくりしました。プロの指揮者・オーケストラとの共演というだけでも学生には大変貴重な機会ですが、あんなに大きなホールで満員のお客様に囲まれての演奏というのはなかなかできることではないので、さらに良質な体験ができるようになったんだなと。

インタビューの様子

私は当時、特級ファイナルで演奏したベートーヴェンの「皇帝」を、前年に別のコンクールでも選んで挑戦していました。「コンクールでベートーヴェンを弾く」という難しさに悩んだ時期があったのですが、どうしてもドイツ音楽で挑んでみたくて、特級でのプログラムは自身の「こういう演奏がしたい」というおもいを形にした内容になっていたのを覚えています。特級ではこのように、一次予選からファイナルまででパーソナリティが表現されるプログラム設計力や、短期間で初見の楽曲やコンチェルトを仕上げる力など、演奏技術だけでないさまざまな力が試されますが、これらはその後国際コンクールに挑戦する時や、現在の演奏活動にとても活きていると感じています。

当時のファイナル演奏動画より。こだわり抜いたベートーヴェンを弾ききり、ステージで満面の笑顔
三次予選の公式伴奏者として

三次予選でコンチェルトのソロをピアノ伴奏で弾く機会がある、というのは、技術的に伴奏とあわせる回数が増えるありがたさもありますが、より重要なのは「ファイナルを見据えたメンタリティになれること」だと思います。三次の後にはセミファイナルというリサイタル形式の大舞台が待っていますが、それを通り越して、「ファイナル」を見据えるんです。覚悟が決まるラウンドというか、これによってコンテスタントは腹が据わるのではないでしょうか。

先日の特級三次予選のリハーサルにて

とはいえ、2台ピアノの三次予選も伴奏者との練習は事前の練習が1回と、当日のリハーサルだけです。昨年から公式伴奏者としてお手伝いさせていただいていますが、挑戦者たちの人生を背負うような役目なので、少しでも皆さんの演奏のプラスになる伴奏ができるようにと、身の引き締まるおもいで弾いています。伴奏は、ペアになったコンテスタントの方が「どう弾きたいか」に、短い時間でいかに寄り添えるか、が重要です。先ほども言いましたが、この観点では「プログラム」に一番パーソナリティの情報が詰まっているので、一次予選からファイナルまでどのようなプログラム構成で挑んでいる方なのかは、事前に必ずチェックしています。
若い人たちがひたむきに頑張っているエネルギーを真横で感じていると、自分も頑張ろうという気持ちになるので、私自身、とても励まされます。真っ只中の皆さんには不安も大いにあると思いますが、「これを乗り越えたら、人生がいろいろな角度に広がるよ!」と背中を押してあげたいですね。

インタビューの様子
現在とこれから

 現在私は、主に日本とドイツで演奏活動や指導者としての活動を行き来しています。最近は指導・セミナー講師・審査員・マスタークラスなど、誰かをサポートする仕事の割合が増えていますね。特級の伴奏もサポート側の仕事ですが、演奏活動以外のこうした活動は演奏家としての自分にとっても大変学びの多い機会です。伴奏相手がいたり、指導・セミナーで教える相手がいたりすることで、曲の理解や表現の言語化が進むからです。自分の音楽性を見直す時間でもあるので、演奏活動と決して切り離せない仕事ととらえています。

各地で開催される課題曲セミナー講師としてもひっぱりだこ

 別の角度では、今現在ピアノ・音楽を習っていない子にも音楽に触れる機会をつくるアウトリーチ活動も試行錯誤しています。ピティナの学校クラスコンサートでも演奏していますが、地元岡山では、学校にピアノがあっても全然使われていないとか、使っても校歌だけ、といった環境の学校があります。残念ながらドイツでも、やはり生の音楽に触れる機会が減っていることを感じる瞬間はあります。こうした中で、自分が演奏家として・指導者として子どもたちに何を届けられるだろうと、よく考えています。両国に軸足がある自分だからできる、日本とドイツの架け橋となるような音楽活動を考えていきたいです。

第17回ロベルト・シューマン国際コンクールでは最高位に。特級から世界に羽ばたいたピアニストの一人です。
特級挑戦者へ応援メッセージ

応援してくれる人、聴いてくれる人の存在は、演奏活動の「核」です。演奏は、一人でやっていても成り立ちません。私自身、リサイタルを聴きに来てくれるお客様や、学校クラスコンサートで演奏を聴いてくれた子どもたちからのメッセージなど、これまでたくさんの声を頂戴しましたが、どの言葉も一つひとつ、心に残っています。大きなコンクールを通じてもらった言葉や学んだことは、人生の財産になります。

地元・岡山に戻った時には、地域の小学校での学校クラスコンサートにも出演

人の繋がりも財産になります。実は私が特級に参加した時のファイナリスト4人は、今でもとても仲良しなんです。私以外の3人は、昨年はPre特級の2台ピアノ伴奏で再会していました。今年の9月に大阪のすばるホールで開催される「ベートーヴェン・ピアノフェスティバル」では、私が参加していた当時のファイナリストから現在特級に挑戦している方まで、これまでの特級挑戦者たちがたくさん参加しています。現在はコンテスタントと応援者の関係ですが、コンクールが終わった後は共に学び合う仲間になれることが楽しみです。頑張ってください!

これまでの特級経験者たちが勢ぞろいするコンサートを、嬉しそうにご紹介くださいました。温かいエールを、ありがとうございました!

 

Vol.2 今泉響平さん -「アドバイザー」の立場から-
Vol.3 片山柊さん -「作曲家」の立場から-
Vol.4 関本昌平さん -「指導者」の立場から-

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