2008年度グランプリツアー フランス・イタリア2人の芸術監督に聞く

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<フランス編>

ピティナ特級グランプリが出演して5年目となる、パリ・アニマートコンサート。ほぼ毎週火曜日に行われる"Mardis Révélation"には、国際コンクール優勝・入賞レベルの若手ピアニスト2~3名が出演する。その評判が口コミで広がり、毎回大勢の聴衆で埋まるそうだ。1992年にマスタークラスとして始まり、現在のコンサート形式になってから約15年。このコンサートがいつも賑わっているのは何故なのか。今回は芸術監督のマリアン・リビツキ先生にお話を伺った。

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聴衆には「変化」が必要

「実は、以前はマスタークラス形式だったのです。しかし2つの理由により、15年前からコンサート形式にしました。一つには、聴講生が100名でもマスタークラスとしては大きくなりすぎること。もう一つは、才能ある若手ピアニストをより多くの聴衆に紹介したいと思ったことです。アニマートコンサートに招待するだけでなく、様々なコンサート主催者・指揮者・オーケストラに紹介したり、テレビやラジオ出演、フェスティバルに呼んだりしています。」

この15年間で、約500名の若手ピアニストを招待してきたそうだ。しかし、いずれも独演形式ではない。
「若いピアニストが一人で一晩中、聴衆を飽きさせないことは不可能なのです。いかに才能豊かでも、たとえ国際コンクール優勝者でも。だから、キャラクターの異なるピアニストを、少なくとも2人は組み合わせます。例えば一人はバロック、一人はロマン派、もう一人は近現代というように。聴衆には『変化』が必要なのです。」
今回佐藤圭奈さんは、バッハ=ブゾーニ、武満徹とプロコフィエフを選曲。一方、後半に演奏したカナダ出身アヴァン・ユー氏(2008年サンタンデール国際コンクール第2位)は、リストやショパンなどロマン派作品を演奏した。リビツキ先生は「Keinaさんは日本人なのですから、日本の曲を弾くことも大切です」とそれぞれの文化背景も尊重する。

リビツキ先生曰く、アニマートコンサート出演後に国際コンクールで優勝・入賞するピアニストも多いそうだ。また、すでに優勝・入賞歴を持つピアニストもここに集う。世界中の優秀な若手ピアニストが行き交うこのステージは、若い才能のスプリングボードになっているようだ。その評判が定着し、ほとんど広告なしでも聴衆が集まるという。

「私はコンサート・オーガナイザーではなく、ピアノ教授であり、ピアニストです。アニマートでは芸術監督として、音楽面にのみ携わっています。聴衆を魅了できる本物の才能を求める声は、いつでもありますから。
現在この組織は3~4人のボランティアに支えられています。誰一人として報酬を頂いていません。会長パトリック・アマート氏は大変なピアノ愛好家ですが、本職は議員です。また副会長ジャックリーン・ナタリア・クレッチマン女史は、英語やイタリア語など語学堪能で、様々な国の大使館とコンタクトを取ってくれています。音楽に大変精通しており、自宅には素晴らしいスタインウェイとヤマハが置かれていて、よくアーティストを招いてプライベートコンサートを開いています。またジャニーヌ・ジャン女史は会計を担当していて、アニマートの会員をよく知っている方。登録会員(約400名)はプロの音楽家、教授、アマチュア等、また2000名ほどの支持者が国内外にいます。いつも多くの聴衆に来て頂いており、時々ご来場頂いてもお入り頂けないこともあるくらいです。それはこのコンサートの質の高さが知られているからだと思います。」

リビツキ先生は国際コンクールの視察や審査、マスタークラス等を通して、才能ある若手ピアニストに接する機会も多い。昨年12月にはこのコルトーホールで、第11回アニマート・グランプリコンクールを自ら開催した。審査員長はフランス・クリダ、出場者はキム・テヒョン(1位・韓国)、イリヤ・ラシュコフスキー(3位・ロシア)等の国際コンクール入賞者クラスで、文字通りレベルの高い競演が繰り広げられた。優勝したテヒョン氏には、フランス人彫刻家によるトロフィーとアニマートコンサート出演機会が与えられた。

そして、惜しくもファイナルには進めなかったものの、将来性ありそうな一人の若者にも別のステージが与えられた。
「優れた才能は見逃さない」─そんなメッセージに聞こえた。リビツキ先生の30年来の友人で、熱狂的な聴衆の一人であるマダムは、今でも一人ひとりのステージを覚えている。


<イタリア編>

歴史ある街から、新しい音楽の形を企画・発信する

中世の街並みが残るボローニャは、ユネスコ指定音楽都市でもある。この街が誇るアカデミア・フィラルモニカは1660年に創立され、モーツァルトやワーグナー等が名誉会員となっている音楽の殿堂。現在はクラウディオ・アバドが音楽監督を務めるオーケストラ・モーツァルト(及びアカデミア・オーケストラ・モーツァルト)の本拠地でもある。ここでも、特級グランプリ出演リサイタルは5年目を迎える。
生粋のボローニャ人ジュゼッペ・ファウスト・モドゥーニョ先生は、このフィラルモニカでオーケストラ事務局長、コンサートシリーズ主催、レクチャーコンサート企画出演、音楽院教授など、多忙を極める毎日を送っている。今回モドゥーニョ先生に、「イタリアにおける音楽・芸術のあり方」についてお話を伺った。

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モドゥーニョ先生はイタリア人らしく大きな声で話し、緻密に考えて大きく動く人だ。音楽の捉え方も大きい。
佐藤圭奈さんリサイタルの日。コンサート冒頭に出演者紹介と曲目解説をして下さったが、「ショパンの幻想ポロネーズは美しいだけでなく、1ページ1ページがフラスコ画のように冒険に満ちている」や、「プロコフィエフは、20世紀初頭に台頭した未来派という芸術思潮の影響を受けている。それは・・・」といったように、音楽と美術をつなげて想像力を広げてくれる。

音楽を愛してやまないイタリア人は、「その演奏家が楽譜から何を発見し、どのように我々に伝えてくれるのか」という知的好奇心をもって、音楽に耳を傾ける。その好奇心の幅広さは、さすが発明家ダヴィンチを生み出した国とでも言おうか。例えばこの週、モドゥーニョ先生は『モーツァルトと画家フラゴナールの関係性』についてのレクチャーコンサートを控えていた。こうしたテーマ性のあるレクチャーには、200名以上の聴衆がすぐに集まるそうだ。

昨年は、トリノ大学の物理学教授と共に『18世紀における音楽と科学』について講演を行った。内容は、ニュートンによる万有引力発見と、バッハの調性音楽確立の同時代性について。モドゥーニョ先生曰く「彼らがほぼ同時期に、自然の中にある規則性を発見したのは偶然ではないと思います。同様に、20世紀初頭に訪れたアインシュタインの相対性理論発見と、調性音楽の崩壊と新しいシステムの到来がほぼ同時代、というのも偶然ではありません。私はこのような考え方を好みます。なぜなら、自分が今見聞きしている事象をより良く理解できますし、音楽をどう考えればよいかが分かりますから。」
音楽は音楽だけで存在しているわけではない、とモドゥーニョ先生。「音楽とは、科学的発見や哲学的探求(の成果)が反映された言語なのです。そして音楽語法は時代によって変わります。なぜ変化が起こるのか、それは世界をとらえる人間の目や意識が変わるからです。」

音楽はトータル・アート

音楽は音楽だけにあらず―イタリアでは音楽を、美術・文学・科学などとつながっているトータル・アート(総合芸術)と捉えている。それは教育制度にも反映されているが、モドゥーニョ先生の受けてきた教育は一つのモデルケースとも言えるだろう。ミラノやローマ等の大都市の音楽院には国立学校が併設されており、音楽専門教育と一般科目を同時に勉強できるそうだが、モドゥーニョ先生も11歳より通学。その後大学で文学学士号を取得、音楽院でピアノ(フランコ・スカラ教授門下)・作曲・指揮を学んだ。音楽院でのピアノ指導は22歳からで、すでに27年目を迎える。アバドの信頼も厚く、昨年までオーケストラ・モーツァルトの事務局長も兼任していた。

なお今年3~4月には、『Intorno A...』と題した連続4回のレクチャーコンサートを予定している。プログラムは、ボロディン、ウェーバー、テレマン、ブラームス。例えば、"Intorno a Borodin"とは「ボロディンを巡って」という意味。となれば、同時代の音楽家や美術、歴史の話も入ってくるだろう。「私のレクチャーでは、主に大人の聴衆を対象にしています。まず親御さんが興味を持って、家庭の中に自然に音楽を持ち込んでほしいのです。ファミリーで音楽に親しんでほしいですね。」幅広い教養と深い音楽知識を持って、新しい音楽的発見を聴衆に伝える。―どの仕事をしても、そのポリシーは貫かれている。

<写真>モーツァルトホールは客席135席の8割が定期会員。毎週2回行われるコンサートの他、レクチャーコンサート、カンファレンス、子供対象コンサート等、幅広く催し物を開催している。(*2月16~|20日毎朝、児童たちをアカデミア・フィラルモニカに招待。アカデミア・オーケストラ・モーツァルトも演奏に参加)

<オーケストラ・モーツァルト情報>

アカデミア・フィラルモニカは、オーケストラ・モーツァルト、並びにアカデミア・オーケストラ・モーツァルトの本拠地である。オーケストラ・モーツァルトは巨匠クラウディオ・アバドが芸術監督・指揮を務める若手オケ(約45人)で、オーディションで選ばれたヨーロッパ各国の優れたアーティストによって、極めて高い水準を誇っている。原則として国籍・年齢不問。5年前に創設され、年4回(各15日間)、イタリア及び近隣国を中心に活動している。アカデミアはそれ以外の期間に活動が行われ、現在は2人のアメリカ人を含むイタリア人で構成されている。(オーディションは18ヶ月に1度。両オケに所属しているアーティストもいる。

アバドは子供のためのコンサートも企画しており、昨年11月には俳優のロベルト・ベニーニ(『ライフ・イズ・ビューティフル主演』)をナレーターに起用し、500人の子供合唱団をバックに、プロコフィエフ「ピーターと狼」のコンサートを行った。

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