「シンフォニー・ブランチコンサートVol.10」の出演者ピアニスト3名に連続インタビュー。
まずは、プレセミナー講師を担当する尾崎有飛さんに、思い描く「作曲家リスト」について語っていただきます。
初めて弾いたのは、小学5年生の時、2つの演奏会エチュードの「小人の踊り」でした。当時の僕は、キーシンがプロムス音楽祭で「ラ・カンパネラ」を弾いたのを見て、"かっこいい"イメージを持っていたんですね。でも、先生から最初にもらったこの曲は、テクニック的には癖があるし、本当にレッスンに持っていけるようになるのだろうか、と非常に難しく感じました。年齢の割に手は大きかったのですが、単純に、指が回り切らないとか、オクターブの連続の音域が広いとか、まだ追いつかなかない点もあったんですね。
それから「森のささやき」「ため息」などを、そしてG級を受けた中学2年生のとき、ようやく、念願の「ラ・カンパネラ」を弾くことになりました。同門の須藤梨菜さんも同じ曲を弾いていて、レッスンの前後で弾き合っていたのですが(笑)。その後は「バラード2番」「オーベルマンの谷」、そして超絶技巧練習曲の「狩」を課題で与えられた時、「これ、本当に弾けるようになるのかな」という、初めて弾いた時と同じ感覚を持ちました。
いま思い返してみると、このようなエチュードや15分程の規模の曲をやっていくうちに、確実にテクニックがついてきていたように思います。意識するまではいかなくても、当時も何となく感じていました。
高校2年のリサイタルで「ロ短調ソナタ」を入れましたが、その時もまだ自分で選んだというよりは先生に薦めていただいていたように思います。どちらかといえば「弾くのが好き」という方に意識が向いていて、「この曲をこう聴かせたい」というよりは弾いて楽しい、かっこいい、という感覚でしたね。
高校3年の時、ドイツのエトリンゲン、ワイマールのコンクールに参加しましたが、「ダンテを読んで」を入れました。リストの本当の難しさ、曲の背景や、いろいろな物語、詩だとか、そういうところをよくよく分からないといけない、と思い始めたのはこの頃ですね。
今思うと、研究するべき様々なことに気づくのがちょっと遅かったかなと思います、当時の僕は、コンチェルトではラフマニノフは全部弾きたかったしグリーグ、ショパンなども当然知っているけれど最も弾いてたリストさえよく知っていたとは言えないし、それに比べて僕より少し若い世代のピアニストたちは、小さい頃から本当にいろんなものを知っているなと思います。そういうことを含めて、若い人たちのレベルというのは常に上がってきているのかなと思います。
ピティナでグランプリを受賞した年に留学することになるのですが、この年は、ベートーヴェン(リスト編)「トルコ行進曲」や、サン=サーンス(リスト編)「死の舞踏」を演奏会で取り入れました。
留学したいと考えていた頃から、「弾きたいもの」が、確実に編曲作品に向いていったと思います。高校に入ってオーケストラをよく聴くようになったのですが、リストの作品を見ていると、ベートーヴェンの交響曲全曲の編曲や、ベルリオーズの幻想交響曲、リゴレット、ノルマ、ドン=ジョヴァンニ・・・いろいろな作品があるのです。それまでと別の視点から興味が湧いてきて、リストの編曲ものをいろいろ漁るようになりましたね。
もともとシューベルトも好きだったのですが、リストによる編曲を通して新たな視点を持った作曲家でした。リストは結構小さいエチュードでもわりとがっつりしていますけど、ここではそうではなく、シューベルトらしい綺麗なまとまりがありつつ技巧が詰まっている、というのが、自分の当時弾きたいものとしては、ちょうどよかったんだと思います。
ハノーファーに8年留学していましたが、初めの1~2年くらいは、ユトレヒトのリストコンクールに参加したこともあり、常に何かしら弾いていました。でもその後は少しリストから離れていた期間がありましたね。一方で、ロ短調ソナタをもう1回勉強したいとヴァルディ先生にもっていって、アナリーゼしたりしていました。やるなら「勉強したい」分野、研究したい分野になっていったように思います。
ひとつには、そのユトレヒトのコンクールで入賞者の演奏を聴いたのですが、お客さんに魅せる演奏、それがやっぱりリストの演奏としてかっこいいし、魅力的だとは思いつつ、今の自分に向いているかというと、そうではないな、と。ファウストのワルツがとてもかっこ良かったんですけど、方向性が違っても自分ならこういう風に弾きたいな、というイメージが湧いてきました。ファウストを弾くために、図書館にオペラのフルスコアを見に行ったりしたんで、そういうことに興味が向き始めていたのかもしれません。
とにかく、リストはいろいろなものを書いています。完全にピアノのための作品、歌曲、自分の歌曲やベートーヴェン、シューベルト、シューマンなどの歌曲にオペラの編曲、交響曲も序曲も・・・。自分にとっては、いろいろなきっかけで新しい興味を持った時に、いつもリストの作品があったように感じます。
もとからバッハも嫌いではなかったけれど、オルガン作品からのリスト編曲の「幻想曲と大フーガ ト短調」をきっかけに、ますますバッハを好きになったし、興味が広がりました。
ただ、テクニックをつけるのではなく、こういう風にオペラを弾きたいから、つまり表現をともなったテクニックが自然についてくるのは、リストの作品の特徴の一つだと思うんですよ。しかも、ショパンやベートーヴェンのように、その作曲家特有のテクニックではなく、リストで習得したものは、例えば指使いや手のポジションなどそのアイデアなどを他に活かせるんですよね。
そういう意味でも、かなり若いうちから、リストに触れていくのはよいことではないかな、と思っています。
リストの演奏の聴きどころって、何かな、って考えていたのですが・・・。
自分の感覚では、例えば、ベートーヴェンのコンサートを聴きにいこうと思ったら、演奏者が悩んだ末に引き出した、その人なりのベートーヴェンの哲学を、「ベートーヴェン」を聴きにいく訳です。
でもリストって、リストの哲学を聴きにいくというよりは、演奏家を聴きにいくのではないでしょうか。この辺はショパンも、ショパンを聴きたくて、という感じなんですが、でもリストは、演奏家を楽しみに、その人がどういうピアニストか、ということを純粋に楽しめるように思います。
演奏家の特徴が出やすいのかもしれませんね。リストはピアニストの想像力や可能性に多くを託してくれた作曲家のひとりだと思うんです。そのピアニストがどう弾くか、というのがリストの音楽だと思うのです。
今回は、リストの作品を通して、尾崎未空がどういうピアニストなのかがとても楽しめるんじゃないかと思っています。