3.この企画のねらい

楽譜 自立した音楽家とは?~自分で楽譜を読み、自分で考えて弾く力を
「先生に教わった曲は見事に弾けるけども、楽譜だけを渡してもどう弾いたら良いのかわからない子がいる。コンクールで優秀な成績をおさめても、音楽家として自立しているかどうかは別。」そんな話をよく聞きます。「自立」というのは結構あいまいな言葉ですが、音楽家にとっての自立とはなんでしょう。いかに上手に演奏できても、先生に言われるがままにしか演奏できないようでは、自立した音楽家とは呼びにくいのではないでしょうか。
ピティナでは来年、『「音楽総合力UP」ワークショップ』として、音楽の基礎力とは何か、基礎力を鍛えるにはどうすれば良いのかを考え直すワークショップを行ないます。講師の先生方に、お話をうかがいました。

| 武田真理先生インタビュー | 佐々木邦雄先生インタビュー |



武田真理先生に聞く 音楽の基礎力とは「楽譜を深く読み込む力」
─ 先生の考える「音楽の基礎力」についてお聞かせください。

「音楽の基礎力」とは楽譜を読み込む力です。それは音符を追うだけでなく、音符の向こう側にあるものまで見通す力です。ピティナのコンペをはじめ、多数のコンクールの演奏を聴く機会がありますが、「とてもよく弾けているけれども、きちんと楽譜を読んでいない」演奏に出会うことが少なくありません。音楽の一番の基礎力は楽譜をいかに読めるかという読譜の力だと思っています。
また、一方で楽譜がないと手も足もでないという人もいます。例えば、合唱の伴奏をするときに、旋律しか書かれていない楽譜を渡されて、これに適当に伴奏をつけてください、と頼まれる場面があるとしますよね。すると、突然不安になってしまうのです。楽譜がないものに対応することができないのですね。旋律に適切な伴奏をつけて弾くという力は、ある意味、楽譜がきちんと読める力と通じています。そういった音楽の基礎力をつけると、演奏や指導の幅がもっと広がると思っています。

─ 先生は、第2回の「音楽史」を担当してくださいますね。お話の概要についてお聞かせください。

ピアノの製作技術の発達と演奏技術や作品の変化は、密接に関係しあいながら音楽史が刻まれてきました。2時間でお話できることは限られてしまいますが、その変遷についてお話したいと思っています。

─ ワークショップの受講者は、どのような方を対象に考えていらっしゃいますか?

もちろん、できることならピアノを演奏する全ての方々に受けていただきたいですが、時間的な制約からも、今回はピアノ指導の先生方を主な対象に考えています。さらに、10回の講座をトータルで聞いてもらえる方というのが一番大きな条件なのかもしれません。単発の講座は、世の中にたくさんあります。そうではなくて、これはトータルで聞いてもらうことによって、音楽の基礎力を総合的に見直すことができるのではないかと思っています。私たち講師陣は、それぞれの持ち時間に自分たちの好きなことをお話するというのではありません。全体としてまとまったひとつの内容となるように、お互い意思疎通をし、連携しあってそれぞれの講座の内容を決めていく予定です。
「楽譜を読み込む力」と言いましたが、楽譜の見方が変わってくるだけでもかなり違ってくるはずです。例えば、音源のない初めての曲に出会ったとき、どのように演奏すればよいか、どのように指導すればよいか、困ってしまう先生方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。そういった問題をクリアできればと思っています。受講者の皆さんからの意見もたくさん聞かせていただきたいです。




佐々木邦雄先生に聞く 自立した音楽家とは「自分で考えられる人」
ピティナ・メディア委員の佐々木邦雄先生は、来年ピティナが主催する「音楽総合力UPワークショップ」のチーフとして、全体のガイド的な役割を担われます。ソルフェージュやアナリーゼといった「基礎」の技術が、指導に必要となる局面について、佐々木先生にお伺いしました。
─ 先生がお考えの「自立した音楽家」とは?

一言で言うと「自分で考えられる人」ですね。何か1つを与えられたら、そこから自分なりの回答を導き出せる人。例えば、ある楽譜を与えられたら自分なりに、自信を持って弾くことができる人です。
楽譜といってもいろいろありますが、そのまま弾けばそこそこの形になるようなものでも、少なくともアナリーゼはしなくてはならない。また、楽譜にはメロディしか書かれていないようなものもあります。これなどは、総情報量の5%くらいしか書かれていないと言えるかもしれない。その5%から、音楽を膨らませて完成品にしていく力がなければいけないですね。さらにいえば、作曲家は「こんな雰囲気の音楽を作ってください」などと頼まれて音楽を作ることがあります。ピアノを弾く方々にも、何も書いてない五線紙に音符を書いていく楽しさを、経験してほしいと思います。できる範囲でいいんです。「できる」「できない」はふまえたうえで、自分なりの回答を出せるというのが、自立した人でしょう。
ピアノ指導でいうなら、生徒が「これ弾きたい!」と言って曲をもってきたとき、それが自分が習ったことのない曲だったとしても教えられるかどうか。私はそういう場合、まず生徒にその曲を弾いてもらうわけですが、生徒が演奏している間、頭はフル回転ですよ。瞬間的にアナリーゼしなきゃならないし、その生徒の力量も考えながら、どういうアドバイスができるのかを判断しなければなりません。私の場合初見でどんな難曲でも演奏できるというわけではないですから、相手が求めているものを、どうやって表現しようか、ということを考えます。
結局、何かを達成すれば自立できる、というような基準はないんです。凄い人は凄い。自分は自分なりで良いと思います。とはいえ、ピアノ指導者であれば、導入から初級レベルの曲なら、数回弾いてみて、その曲の狙い、演奏法、構成などだいたいのことは分かるようであって欲しいですね。指導すべきポイントを瞬時に見極めて、自分で演奏なり、言葉なりで表現できる力が必要だといえます。

─ 来年行なわれるワークショップについてお聞かせください。

日本では、音楽というのは一人ないし、ごく少ない人数の師匠から習うもので、あとは独力で勉強していくしかないというようなケースが多いのですが、来年行なうワークショップでは、アナリーゼや即興理論を深く習得された複数の先生方から、生きた情報を受け取ることができます。その中から、自分なりに必要なものを消化して、栄養として欲しいですね。ピアノ指導にも音楽の基礎力が必要です。ピアノを弾くといっても、その根底には音楽があるわけです。音楽をピアノで表現するわけですよね。この機会に音楽を「総合的に」とらえなおしてはいかがでしょうか!

(取材・構成:實方康介・永田夏樹)
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