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- 小宮山淳先生(調律師)(2018年12月5日(水):開催)
- 調律師とピアニストのコミュニケーション
ピアノは調律というメンテナンスが必要な楽器です。演奏前に奏者自身がチューニングする楽器と違って、ピアノにおいては奏者と調律師は別の人間が一般的です 。そのため自宅にピアノを持っていても、内部の構造や調律に関して細かく知らない人は多いのではないでしょうか。また調律師になるためにピアノ演奏の技術は必須ではありません。自身でメンテナンスをしない奏者と演奏をしない調律師の二人が一台のピアノに向き合うのですから、納得のいく音を作り上げるには双方がコミュニケーションをとることが大切です。
河合楽器の小宮山淳さんは、国際コンクールで調律を担当するなど世界の舞台で活躍しています。
2015年のショパン国際ピアノコンクールで選ばれた4つの公式ピアノメーカーは、カワイ 、ヤマハ 、スタインウェイ、ファツィオリでした。出場者は予選からファイナルまで、試弾をしながら自分に合うピアノを探します。このような舞台に日本のピアノメーカーが二つも選ばれるというのは、その技術が世界に認められている証拠となるでしょう。
しかし日本において、コンサートグランドピアノといえばスタインウェイが多く使われている印象があります。もし知名度や人気でピアノに順位をつけるのならば、コンクールの舞台で4つのピアノを選定する必要はありません。実際、ファイナルでは10名の出場者が半数ずつスタインウェイとヤマハを選択しました。彼らが求めているのは自分の思い描くパフォーマンスを叶えられるピアノです。それぞれのメーカーの調律師はそれに応えられるように、自社の個性を活かしつつ、ショパンの世界を表現できるような音色を作っていくのです。
2006年に突然の引退宣言をした ロシアのピアニスト、プレトニョフ 氏は2012年、指揮者として来日した際、静岡にあるカワイの工場を訪れました。何台かのコンサートグランドピアノの「ドレミファソ」を弾いた後、そのうちの一台に「モスクワ音楽院のものに一番近い」と、そして「このピアノで演奏活動を再開する」とおっしゃったそうです。その光景を目の当たりにした小宮山さんはプレトニョフ氏の音に対する感性の鋭さに驚きます。そのピアノはモスクワ音楽院に置かれているものと一番近い時期 に製造されたものだったのです。
コンサートでの調律の際は「音をもっと柔らかくしたい」と言われ、何時間もかけてフェルトに針を刺す作業を繰り返しました。小宮山さんが不安になるくらいの柔らかさを追求したプレトニョフ氏が「これでいい」と首を縦に振った時はホッとしたそうです。彼にはそのピアノから引き出すことが出来る自分の音色が明確だったのでしょう。
自分の求める音を探すには、メーカーの知名度などで判断せず、様々なピアノに触れてみるのがいいでしょう。好みの音色も奏法も人によって違うので、自分に合うピアノは自分で探すのです。
小宮山さんは「どんな希望でも言葉にして伝えて欲しい」と言います。調律師に任せれば、一番良い音を引き出してくれるのではないかと考えていましたが、その音色が自分の好みや奏法に合うとは限らないのです。
調律師はピアノのお医者さんです。定期検診でただ悪い所がないか見てもらうのと、日頃の状態や気になっていることを伝えるのとでは、診察する側の見方も変わってくるでしょう。調律したピアノはまるで生きているかのように日々変化していきます。その状態をよく観察し、把握していくことが必要です。
誰かに任せきりにしていても、自分の求める音には出会えません。調律師への注文が増えていくことは、自分の音を見つめて形にしていく過程となるのです。私達のピアノはコミュニケーションを取ることによって、まだまだ変化していくかもしれません。楽器の魅力を引き出してくれる調律師と、その魅力を形にできるピア二スト。互いになくてはならない存在である二人が、上手くキャッチボールが出来るようになって初めて、そのピアノが持つ最高のパフォーマンスを発揮する準備が整うでしょう。どの鍵盤からも心地の良い音が響く、世界に一つだけのピアノが誕生するのです。
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調律の際に「どんなことでも良いので伝えてほしい」という小宮山さんの言葉を聞いて、今までは自分でどうにかしようと思っていた部分も、もっと調律師とコミュニケーションを取ろうと思いました。先生のお話から、人間力、コミュニケーション能力など、技術に留まらない一流の条件を感じることが出来ました。