2019年1月20日(日)に日比谷スタインウェイサロン東京 松尾ホールにて樋口 紀美子先生をお招きし、「音楽の基礎 バッハ・インヴェンションを学ぶ -樋口紀美子先生によるレクチャー&公開レッスン-」を開催いたしました。
セミナーは、第1部 樋口先生によるバッハ・インヴェンションのレクチャーと全曲演奏、第2部 バッハの曲による公開レッスンの2部構成で行われました。
当日は50名を超える方々の参加があり、一年で最も寒い時期にもかかわらず、会場は汗ばむほどの熱気に包まれました。ドイツで33年にわたりピアニスト、指導者として活躍され、ドイツの空気や音楽を肌で感じてこられた樋口先生のレクチャーと演奏に期待が高まります。
第1部ではまずはじめに、バッハ自身が書いたインヴェンションの前書きを樋口先生がドイツ語で読んでくださいました。そこには、「カンタービレで弾くように」ということがはっきりと書かれてあり、バッハを弾く上でカンタービレは一番大事なことだと先生は強調されました。とかくバッハの音楽を堅苦しいもののように捉えがちな日本の教育を受けてきた私たちには、新鮮な驚きです。
バッハをカンタービレで弾く、それはロマン派のようなテンポルバートを伴ったカンタービレではないけれど、音の上がる下がるや、メロディーの音と音の間の音程や上声と下声の間の音程がどのくらい離れているかを常に意識し、心の中でそれを感じながら弾くことだと先生は教えてくださいました。ピアノという楽器は他の楽器と違い演奏者自らが音程を作らなくてもよい楽器ですが、ピアノを弾く人ももっと音程を感じること、音程感覚を持つことが大切だと、各曲解説や公開レッスンの際に話されていました。
また、私たちが最も迷うアーティキュレーションについては、2度はレガート、3度と4度はポルタート(ノンレガート)、6度や8度はスタッカートという基本はあるものの、曲によって演奏者によって何通りもの解釈や素晴らしい可能性があるそうです。アーティキュレーションが作曲者によって示されていないから難しいと思うのではなく、樋口先生がおっしゃるようにフレーズがどのように始まり、どこで終わり、どこにつながっていくのか、様々な可能性を考えて試しどう弾くかを楽しむぐらいの気持ちを持ってバッハの音楽をもっと楽しんでいきたいと思いました。
レクチャーの後には、樋口先生がインヴェンション全15曲を通して弾いてくださいました。各曲のポイントを伺ってから聴く演奏はなるほどと感じることも多く、レクチャーだけでは得られない貴重な学びとなりました。あらためて15曲を通して聴くことで、樋口先生がおっしゃる前の曲から次の曲への調性の移り変わりを味わい、インヴェンションの新たな魅力を発見できた感じがします。
休憩を挟み、第2部の公開レッスン。冒頭、樋口先生の「音楽に上手、下手はありません。今日初めて聴かせていただく方もいらっしゃるけれど、その方の人間性、出会いを楽しみにしています。」との大変印象的なお言葉に続いて始められました。まず受講生の良い所を褒めて引き出し、問題解決のための方法が次々と提案され、演奏がより音楽的に生き生きと変わっていく、先生の持つ音楽の深さと熱意に、受講生のみならず聴講している私たちも引き込まれるレッスンでした。
第1部のレクチャーで話されていた「心の中で感じて音楽をやること」、「音の方向性を感じ表現すること」、そして「それぞれの調性が持つイメージを感じ調性の変化を味わうこと」などが実際に受講生の演奏に対して投げかけられるので、受講生の演奏の変化を通して、バッハを生き生きと自然に弾くために大切なことがよく見えてきます。
「バッハの時代の音楽は個人的な感情ではない、もっとユニバーサルで宇宙まで行ってしまうようなもの」という先生のお話に、なるほど...だからバッハの音楽は普遍的であり、音楽の基礎なのだと思いました。
素晴らしい現代のピアノで、素晴らしいバッハの音楽を演奏すること―それは、樋口先生の師 J.Sバッハ国際ピアノコンクール創設者のW.ブランケンハイム先生が生涯をかけて目指し、伝えてきたことだそうです。
ピアノが好きで好きでたまらないとおっしゃる樋口先生の音楽への情熱にあふれた、非常に密度の濃いセミナーからは、現代のピアノでバッハを生き生きと演奏するための示唆と、たくさんのヒントやアイディアをいただくことができました。
樋口先生、4時間にわたるエネルギッシュで素晴らしいセミナーをありがとうございました。