◆ 第1部(12:00-13:30) 音をつくる、響をつくる
◆ 第2部(14:00-15:30) レガートの奥義
◆ 第3部(16:00-17:30) 芸術作品への仕上げ
日程:2018年5月13日(日)会場:JTアートホール
主催:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会/企画:演奏研究委員会
音のそのものの持ち得る多様な音色とその聴き方に重点が置かれた第1部でしたが、続く第2部は、それらの音のつながりである「レガート」を焦点に、ショパンのノクターンを題材にして展開されました。
まず第1部でも触れられた、打鍵後のハンマーの振動を利用して音の揺らめきを作るタッチと、それによる音色の変化を再確認。
続いて単音のレガートの訓練として、指の代わりに一本の「鉛筆」を用いた練習を紹介され、その作業の持つ意義、即ち敢えて自己の皮膚感覚の延長ではない「物」を使った困難な状況のもとで「一音をどう弾くか」から「隣り合う音をいかに変化させつつ一つのフレーズを形成するか」を模索するプロセスの中で、繋がる音に対する「耳」と「意志」を鍛えることの重要性が示されました。また、タッチを「速度」と「深さ」の2つの観点から分析し、速いタッチを生み出す技術的なインストラクションなども絡めながら、音色への示唆に富んだ考察が展開されました。
続いて、 フレーズに見立てた1m程の長さの紐(リボン)をアイテムとして用いながら、 「フレーズの始まりから終わりまでの全体の形が常に見えている感覚」「一つのフレーズがどこから発生しどこに向かって行くのかという視覚的なイメージ」「フレーズとフレーズの関係性」など、鈴木先生のフレーズの捉え方のポイントが、ノクターン嬰へ短調 Op.48-2の演奏とともに巧みに説明されました。
さらに、音楽の流れを作る重要な要素である和声進行を気圧の変化によって起こる「空気の流れ」に例えられ、ノクターン変ニ長調Op.27-2、ロ長調Op.62-1などの演奏を通しては、和声の流れ、調性の違いなどから溢れでる音楽的なイメージを多彩な音色と言葉で表現されながら、レガートのためには決して一つの場所にフレーズが留まらないこと、フレーズを支える音楽的な動きを担う左手の伴奏の重要性などを強調されました。
第2部後半の公開レッスンのモデル生徒は、八木大輔君(中3)。演奏曲はノクターンロ長調 Op.32-1。
まず、H durという調性について、いくつかの曲例を挙げながら、その性格や特徴を考察。また、レクチャーで用いた紐を使っての、フレーズのより具体的な捉え方のほか、メロディーに含まれる非和声音の性格の微細な聴き分けと具体的な処理の仕方、和音の配置の違いから生まれる性格の違いと音色の選択など、鈴木先生の高度で音楽的な要求にも繊細な音と感性で応えていました。
松浦:レガートを実現させるためには、フレーズの中で多様なタッチを組み合わせるとのお話があったが、具体的な組み合わせや法則、また鈴木先生が具体的に気をつけていることがあれば。また、伴奏との兼ね合いの中でレガートが生まれるとのことだが、具体的な注意点などがあれば。
鈴木:組み合わせについて特に法則はないが、和声との関係、例えば倚音がどれだけ強い意志を持った音なのかを感じ取った上で、深くタッチしてあまり早いうちからから音の揺れが起きないようにしたりとか、フレーズの終わりは空気と同化するような音になるように気をつけたり、また、フレーズの冒頭で印象の大部分が決まるので、その音色には気をつけなければいけない。伴奏との兼ね合いについては、音楽そのものの中での役割は メロディーより伴奏の方が大きい。 その上にメロディーをのせる時にどのように引っ張って行くかは左手の分析の結果によって導かれる。
松浦:ハンマーが再接近することで音色が変化することはよくわかったが、音そのものにどういう理由でどういう変化が生じているのか?
鈴木:音楽家があまり物理の専門家のような謎解きをしない方が良いのではと思うが、音が空気の振動で伝わることを考えれば、やはり内部で何かしら空気の流れが変わるのでは?あまりそれ以上の謎解きをすると、生徒たちが間違った方向へ走ってしまったりする気もするので、すべて音でその違いを聴き分けるくらいで良いのではないか。
第3部は、ショパンのエチュードを題材に、講座の中でこれまで見てきた事柄のまとめに加え、さらに芸術作品への仕上げを目指して音楽の全般的な事柄まで含めながら、モデル生徒のレッスンを中心に進められました。 短い時間でしたが、優れた技術と柔軟な感性を持ったお二人の演奏も相まって、高度で充実したレッスンが展開されました。
まず冒頭で、モデル生徒の片山響さん(高1)と黒木雪音さん(大2)のお二人に、この部のレッスンで演奏していただく曲のメロディーの主要音を使って、講座の大きな柱であり第3部のレッスンの根底にも据えられる、低音と中・高音域の倍音を同時に弾いての「音の調和」を聴く訓練を体験していただき、同時にハンマーの動きや様々なタッチによる音色の変化を耳で再確認しました。
公開レッスンは、片山さんによるエチュードハ長調 Op.10-1から。左手から作り出される音楽の流れ・方向性(鈴木先生が「風」と表現される)というものを感じ、バスの持つ倍音を含んだ響きをなぞるようにアルペジョを奏しつつ、掛留を始めとする和声的な要素を丁寧に拾いながら、曲全体を壮大なコラールのように捉えた音楽作りが進められました。
続いては、黒木さんによるエチュードへ短調 Op.25-2。同じ調性によるリストのエチュード「軽やかさ」との類似点と相違点を検証し、さらにこの曲の難しさでもある右手の三連符に忠実に演奏することに力点を置きながら、細かな音型の持つ揺れ動くようなニュアンスのより繊細な表現などを通して、楽曲としての方向性がより明確に提示されました
片山さんの2曲目は、エチュードへ長調 Op.10-8。アウフタクトの持つ「風」のような音楽の動き、続く分散和音の音域ごとの音色と強弱の変化から始まり、コーダにおいては細かな音型を、より慎重なペダリングの上で「縫うように」表現することで、さらに生き生きとした音楽像が浮かび上がりました。
最後は黒木さんによるエチュード変イ長調 Op.25-1「エオリアンハープ」。時間の都合で冒頭の1フレーズのみのレッスンになってしまいましたが、響きを「波紋」に例えて、それが広がり解けて行く中にフレーズの最高音「F」をどのように漂わせるかなど、響きの操りかたについての示唆に富むアドバイスを頂けました。
末木:小学生、中学生のいわゆる成長期にあたる生徒さんの中には、体の変化に伴い様々なアンバランスが生じ、演奏に支障を来すことで本人も悩んだりする例もあると思うが、そうした時期の生徒さんに鈴木先生はどのような指導をされているのか?
鈴木:それに対して明確な答えを持ち合わせていないが、そうした肉体的な意味での変化や障壁があっても、求める音にたどり着く方法は一つではないはず。求める音はぶれないで、その時々の条件にフィットするやり方で目標とするその音に近づくことが大切では。音という指針があれば、その頂上に向けた山の上り道は無限にあるはず。
レポート:松浦健(正会員/演奏研究委員)
質問者:松浦健・末木裕美(正会員/演奏研究委員)
撮影:財満和音・江崎晶子(正会員/演奏研究委員)