2018年3月5日、ヤマハ岡山店サロンにて小倉貴久子先生をお招きし、「現代ピアノで四期を弾き分ける」と題してセミナーが開催されました。
雨の降る足元の悪い中、クラシックのピアノ曲が当時どの様な楽器で作曲されたのか、それを知って現代のピアノの演奏でどう弾き分けて行くのか、という貴重なお話しを聞きに、37名の受講者が集まりました。
【バロック】
始めに小倉先生の演奏で「インヴェンション第1番」(J.S.バッハ)を聴かせて頂き、チェンバロ(弦をはじいて音を出し、強弱がつかない)とクラビコード(金属製の タンジェントが弦を押し上げ、指でビブラートがつけられる)の違いについてされました。そし て、この 「インヴェンション」はバッハの長男、次男の教育(特にクラビコー ド) のために書かれたものと話されました。現代では、ピアノでチェンバロを模倣した様に演奏される(ノンレガートになる)が、バッハはむしろビブラートがつけられる クラビコードでいかにレガートにするか、アーティキュレーション(どうつなげてどう切るか)をどうするかについて考えていたとの事でした。
また、18世紀は修辞学が大切にされていて、バッハもよく学んでおり、言葉の様に弾く、フレーズの中に言葉がある事を意識していた、何となく切ってしまうと違うところでアーティキュレーションしてしまう、そして、作曲家自身が書いたレガートはとても強調されるべきである、と話されました。その事がわかるためとして、ドーヴァー という自筆譜のサイトがあり、実際に小倉先生が購入された「インヴェンション」の自筆楽譜(およそ1500円)を見せてくださいました。他にも、ノートイネガル(不均等)、ノートエガール(均等)という言葉があり、現代のノートエガールの考えが音楽的でなくする事がある、フランスのバロックはノートイネガル(長短長短・・・と、スイングの様)で 、均等に、にはわざわざノートエガールと書いてある、というお話は初めて聞いた興味深い内容でした。
【古典】
よく知られている通り、「古典」という時代が突然来た訳ではなく、バッハの息子達から続いて来たものであり、ベートーヴェンも、ツェルニーのレッスンに、カール・エマニュエル・バッハの「正しいクラヴィーア奏法」を使っていました。
また、この時代に消えて行ったサロン風の曲、この時代の人々に愛された流行の曲が数多くあったが、モーツァルトは幼少期から多くの国を旅して各国の流行曲を知っていて、エリート教育を行った父もどんなものが売れるかわかって指示していました。晩年のモーツァルトは、父の束縛から逃れて自由に書いて、当時の人に受け入れられない曲も沢山書いたそうです。
ここで、モーツアルトの「ソナタK.331」を抜粋して演奏しながら解説してくださいました。今までの楽譜は初版譜を基に作られていましたが、近年ブダペストで発見された自筆譜は結構違うところがあったそうです。皆に驚かれた事として、第2楽章(a moll)が途中一部A durだった事、有名なトルコ行進曲の「シラ#ソラド」の「シ」は単前打音だった事を紹介し、その部分を演奏してくださいました。また、この時代のフォルテピアノは弦がゆるい張力で張られていて、響きが残りやすかったので、現代のピアニストも少しだけダンパーが上がった状態で演奏する方法がよく使われているそうです。
【ロマン派】
ロマン派を代表する作曲家として、ショパンが取り上げられました。プレイエルやエラールのピアノ(この時代も鋼鉄フレームはなく、ダンパーの力が弱く、弦の張力も弱く、倍音が響く)を好み、ハンマーがついていない、ヴェールの様な感じで弾いていた、指を寝かせて鍵盤と仲の良い感じで弾いていたと、当時ショパンの演奏を聴いた人の言葉も残っているそうです。
また、バッハやスカルラッティが好きだったショパンは同じように言葉を大切にしていて、マズルカに歌詞を付けて歌う女性(ショパンの弟子)もとても人気があったらしいです。それで、歌の伴奏をすると、左手が音楽を作っていて、右 手がそれに乗っかっているというショパンの音楽がよくわかるという事でした。
【近現代】
現代のピアノの特徴は、それまでの時代のピアノと比べてとても重く、そのためどの様に鳴らすかに気が行く様になります。逆にラヴェルの時代にはppが難しくなり、ラヴェル自身も1820年(エラールが現代のピアノに近いダブルエスケープメントを発明したのが1821年)より前のピアノが好きだったそうです。
ドビュッシーも、グランドピアノも演奏したが、アップライトピアノ(シングルエスケープメント)も所有し、好んで弾いていたそうです。現代のピアノは改良を重ねて今に行きつき、最良になった、アップライトは置き易く購入し易いけど、少し劣るものと思っていたので、意外な話しでした。
そして、最後にドビュッシーがショパンの演奏法の流れを受け継ぎ、波のようなムードで演奏したといわれる「ベルガマスク組曲第1番」を演奏してくださいました。
四期の時代の流れが、楽器の進化と共に聞けて、わかりやすかったです。初めて聞く興味深いお話しも多く、現代のグランドピアノがとても立派なものと思っていましたが、各時代の作曲家が、自分の時代の楽器を最大限に活かす様に作曲しているので、それを踏まえて現代のピアノを演奏する事がとても大切だとわかりました。このレポートへ載せられなかった事も時間の許す限り沢山お話ししてくださいました。あっという間の2時間でした。
小倉貴久子先生、わざわざ岡山までお出でくださり、貴重なお話しを聞かせて頂き、ありがとうございました。