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- 上田泰史先生 (2017年10月4日(水):開催)
- チェルニー30番を読み解く
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2017年度の音楽総合力upワークショップも後半戦の始まりです。第6回はピティナピアノ曲事典の曲目解説執筆者でおなじみの上田泰史先生をお迎えし、著書「チェルニー30番の秘密」を中心にお話を伺いました。ピアノ演奏協力に秦はるひ先生、村上崇さん、京谷光真さん、歌は村上惇さんにお越しいただきました。ファシリテーターは佐々木邦雄先生、セミナーの中では佐々木先生の編曲された「原曲がそのまま弾けるチェルニー30番 連弾伴奏集」も連弾で演奏され、ソロとは一味違った素敵な響きを味わいました。
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音楽ジャンルとしては新しい部類の「練習曲」。どのようにして生まれたのでしょうか。時代背景として産業革命が大きな役割を果たしています。ピアノの弦をより大きな力で張る技術が生まれ中音域の響きが豊かになったこと、また新しい機能「ダブル・エスケープメントシステム」が開発されたことにより急速な連打が可能となりました。その結果、新しい機能を使ったピアノのテクニックを磨くための練習曲が作曲家たちにより次々と発表されたのです。そして、練習曲は1830年代までにひとつの作品ジャンルとしてソナタや幻想曲、ワルツに並ぶ地位を獲得し、創造的な技巧と詩的な表現の探求の場として定義されるようになりました。
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日本語では「練習曲=指の鍛錬」の意味合いが濃く、つい味気ない音楽だと思い込んでいる人も多い「練習曲」。フランス語では
「エグゼルシス」→演奏のための身体の活動・反復的・機械的
「エチュード」→精神の活動・知識・学識
の2つの領域に分けられます。私達が何気なく使っている「練習曲」という言葉はまさにフランス語でいうところの「エチュード」です。そこには「精神的な学習」(具体的にはピアノ音楽の作曲様式や分析)が含まれます。これを知ると「練習曲」の堅くて辛いイメージが覆ります。
練習曲の代表選手である「チェルニー30番」は1856年に出版されたチェルニー晩年の作品です。861まである作品番号の作品番号849、チェルニーの亡くなる1年前にパリで出版されました。各曲はどのような様式の上に成り立っているのでしょうか。セミナーでは5曲が取り上げられました。
〈第2番〉リート風の旋律
左手分散和音による伴奏に、2小節で1フレーズを形成する楽句が反復音を伴い、繰り返し現れます。同じくウィーンで活躍したシューベルトの有名な歌曲「野ばら」のメロディーも似たような構造を持っています。第2番にはウィーン古典派のリートの精神が息づいているのです。
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〈第6番〉バレエ音楽~森の情景
第6番によく似たラヴィーナの練習曲が9年早い1847年にフランスで出版されています。両方の曲には上下行する32分音符の音階が配置され、leggieroで軽快に妖精が踊っているような情景、また途中でホルン5度が登場し、森での狩を思い出させる響きも共通します。単なる偶然かもしれませんが、チェルニーがサロン音楽家であったラヴィーナにフランスの"粋な"様式の影響を受けたのかもしれません。
〈第16番〉ヴァイオリンの技巧
他の楽器の作品を演奏することでピアノの演奏技術に磨きをかける。リストは《パガニーニに基づく超絶技巧練習曲集》で悪魔的と言われたパガニーニの演奏技巧をピアノに取り入れました。シューマンも同じく「24のカプリース」をもとに2つの「パガニーニによる練習曲」を生み出しました。同じコンセプトで作られたであろう第16番をヴァイオリンで演奏したものはカプリースの一曲かと錯覚するほどでした。
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〈第26番〉ギター風の技巧
1821年、ピアノ製造者エラールによって開発されたダブル・エスケープメントシステムがの特許が認可され、鍵盤上の急速な連打が可能になりました。第26番は人の声に近い中音域の旋律を連打の音型に重ねて、リズムの伴奏と旋律を同時に鳴り響かせています。ギター風の性格を持つ様式に声楽的表現を組み合わせた特徴的な練習曲です。
〈第28番〉ベートーヴェン風の交響曲
チェルニーはベートーヴェンの弟子であり、シンフォニーを書くことには慣れていました。この曲を管弦楽の響きで想像してみると、朗々と流れるような左手のメロディーはチェロ、右手の細かい刻みはヴァイオリンやヴィオラにぴったりです。チェルニーを介してベートーヴェンの孫弟子にあたるリストの書いた《交響曲第3番変ホ長調「英雄」》のトランスクリプションと並べると、書法は全く同じと見て取れます。この時、チェルニーの頭の中にはオーケストラが鳴り響いていたに違いありません。
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1842年、チェルニーはモシェレス、ヘンゼルト、リストなどに続き《24の性格的で絵画的なサロン用大練習曲 作品692》を出版しました。京谷光真さんの演奏で、その中より「第4番/孤独者の散歩」、「第9/勇壮」が演奏されました。それは私達が普段親しんでいるチェルニーの音楽とは大きくかけ離れ、壮大で美しく、大変聴きごたえのあるものでした。
当時、弟子や若い世代によって推し進められた練習曲の急速な発展を目の当たりにしながも、尻込みすることなく作曲家としての威厳を示したチェルニーの先入観にとらわれない寛容な一面を見ると、お稽古時代に刷り込まれた堅物なチェルニーのイメージが変わります。
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さらに秦はるひ先生に1836年刊行の《フーガ演奏の教本(練習曲)作品400》より第1番と第6番を演奏していただきました。この曲は厳格な多声様式と共に複雑な演奏技法を学べるようにと作曲されたものです。どちらのフーガも大変美しくピアニスティックな作品でした。「楽譜を手に入れて、ぜひ弾いてみたい」とおっしゃっていた先生もいらっしゃいました。
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セミナーの中では、独唱曲を聴かせていただいたり、リートをみんなで歌ってみたりと、これまで触れることのなかったチェルニーの作品に出会うことができました。チェルニーの作品は音楽の都ウィーンの様々なジャンルの作品、パリのピアノ音楽の特徴が巧みに埋め込まれています。今回のセミナーでは、お堅いイメージの「チェルニー30番」が色彩感あふれる生き生きとした音楽作品に変わりました。これから「チェルニー30番」をレッスンや練習することが何倍も楽しくなりそうです。
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