【実施レポ】音楽総合力UPワークショップ2017 第5回 小森輝彦先生

文字サイズ: |
2017/09/20
音楽総合力UPワークショップ2017 音楽総合力UPワークショップ2017
実施レポート
レポート:坂 かず先生
  • 5
  • 小森輝彦先生 (2017年9月6日(水):開催)
  • 洋の東西のメンタリティーギャップ ~日本人が西洋音楽をするということ~

第5回音楽総合力upは日本人初の宮廷オペラ歌手として17年間ドイツでご活躍された小森輝彦先生にお越しいただきました。今回は長いヨーロッパ生活でのご経験より「日本人が西洋音楽をするということ」というトピックでたくさんのことをお話いただきました。

小森先生のヨーロッパでの最初の仕事はプラハ国立歌劇場での「椿姫」のジェルモン役でした。ヨーロッパの歌劇場はレパートリーシステムといい、各歌劇場が独自のレパートリー(演目)を持っています。歌手は劇場と専属歌手契約をし、劇場は基本的に同じ演目を繰り返すので、時には練習のない本番もあり、自己責任で準備することが課せられるそうです。
若かりし小森先生もデビュー時には、それまで演じた経験のなかったジェルモン役をやっとの思いで本番をこなされたそうです。そんな初仕事のエピソードからセミナーが始まりました。 。

ヨーロッパの専属歌手たちはまるで劇場に住んでいるような感覚でその街に暮らします。「おらが我が街の劇場」を聴衆も歌う人も誇りに思い、街にはその文化を愛する空気が自然と漂います。それに比べて日本では舞台はむしろ非日常で祝祭的であり、文化として生活の中に舞台が少ないことに違いを感じるそうです。 私たち日本人が西洋音楽をするということは、まずその文化背景や民族の違いを認識し、己を知ることから始まります。「僕はドイツ文化を学びにドイツに行き、向き合ったのは日本人としての自分自身だった」という小森先生の言葉がとても印象的でした。

「菊と刀」の著書で有名なアメリカの人類学者、ベネディクトは、日本文化を「恥の文化」だと指摘しています。多神教の日本では神や仏の意識はそれほど強くありませんが、それ以上に世間の目、他人の目を意識します。なにより他人に笑われたくない、恥をかきたくない、これが個人の行動を規定するというのです。演技の打ち合わせの場面で、日本人は「演技が苦手なんです」と演技の方法を知りたがり、それに対して西洋人は下手でもなんでも体当たりで「表現する」ことを見てきた小森先生は、日本人の「恥の文化」がそこにも存在するとおっしゃっていました。

自らを「発音フェチ」だと称する小森先生、さすが発音に対しての考察は強い説得力のあるものでした。子音と母音の違い、子音の中でも音程を持つ無声子音と音程の無い有声子音、母音は音ではなく「口腔の震え」など、図を使い実際に声を出しての説明は興味深いものでした。母音と声は相反する要素であり、「母音と子音を切る」、「母音と声を切る」、これらはまさに「西洋の分断」の文化がベースにあると考えられます。

生まれた時から自然とドイツ語を口にするドイツ人と違い、小森先生は自身が日本人であるからこそ必要となった「技術としての発音」を身に付けました。 ドイツ語の歌曲の中で「子音にかける時間」には大きな役目があります。日本語のように母音と子音がセットになって発音されるのとは違い、ドイツ語を発声するときには、子音と母音の両方を意識します。その時、子音の作り出す不協和音はすなわち次の和声の予告となるのです。そうなると休符も単なる「休み」ではなくなります。作曲家はその「子音にかける時間」を含む設計図をわかって書いているに違いなく、小森先生の「設計図」はドイツ人も唸らせるものだそうです。

生徒さんには「演奏者である自分をペットだと思え」と説いているそうです。ペットには躾(=練習)が大切であり、それよりも知っておくべきことはそのペットの持つ独自のキャラクター。舞台で緊張した時に音程が上がる(または下がる)タイプ、テンポがテンションによって上下する、どのようなキャラクターなのかを熟知し、「ペットを飼いならしておく」という喩えに会場の先生方、大いに沸きました。

2011年の東日本大震災時、ドイツにいらした小森先生は、祖国が大変なことになった時に何もできない自分への無力感に苦しんだそうです。そんな中、チャリティーコンサートで歌った「死んだ男の残したものは(武満徹)」を聴かせてくださいました。たくさんの会場の先生方が、小森先生の歌声と谷川俊太郎の歌詞に涙しました。歌い終わった小森先生はその場の私達の心がひとつになった共体験を静かに振り返り「このような曲では感情的になりそうな自分との戦いです」とおっしゃいました。表現者になるより、そこでは自分をなくして空っぽでいられるように。座禅でいう無我の境地です。 「素晴らしい人はその時その時で透明になれる。空っぽになるために技術を磨き、教養を付けるということ。また万全の準備をして自分を空っぽにする勇気を持たなければいけない」という演奏者としてのお言葉はとても心に染み入るものでした。日本人は空っぽにすることがむしろ得意な民族なのではないか、我々が何者で、どこに向かっているのかを常に考えながら西洋音楽と向き合いたいものです。


こちらの講座は「音楽総合力UPワークショップ2017」のeラーニングコースでご覧いただけます。eラーニングコースは随時受け入れており、途中からでも2017年度すべての講座のご視聴が可能です!

  • 「音楽総合力UPワークショップ」は定額見放題のeラーニングではご視聴いただけません

今後の講座予定はこちら


【GoogleAdsense】
ホーム > ピアノセミナー > ニュース > > 【実施レポ】音楽総合...