日程:2017年5月6日(祝・土)会場:王子ホール 主催:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会/企画:演奏研究委員会/協力:王子ホール
第2部の始まりでは、まず、ソアレス先生が「音の循環」と呼ぶピアノ演奏の流れを表したモデルについて説明され、その中でテクニックの位置づけ(4)が示されました。
①楽譜からの情報 → ②情報を理解 → ③想像 → ④想像した音を出すための動き→ ⑤楽器からの音 → ⑥鳴った音を耳が認識 → (再び③へ)
②「情報を理解」とは、第1部で触れた和声・フレージングなどを含んだ音楽的な内容の理解を、③「想像」は主に②をもとに音楽的なイメージを描き、実際に頭の中で音を鳴らすことを指しますが、テクニック以前の演奏の根本でありながら、現代のピアノ教育の現場ではなおざりにされがちなこの2つの過程の重要性、さらに楽譜を読んですぐに音を出してしまうことの危険性を「循環」全体の説明の中で特に強調されました。
続いて実際の演奏テクニックについて、ソアレス先生が基本としているいくつか事柄の中から、まずあらゆる技術の基本となるべき「打鍵後の脱力」と「離鍵」の意識の大切さを、そして実際の指導に際して重要になるいくつかの技術、すなわち「親指の潜行」、「ポジションの移動」、腕を使った豊かな響きを作る練習、体の左右の独立に必要な背すじの安定などについて、ご自身によるデモンストレーション映像とチェルニーの練習曲を題材とした実際のレッスンの映像を交えながら解説されました。
次に、だいぶ進んだ段階で大切になる「鍵盤の感覚」を体感してもらうために、第1部で演奏した渡辺君に再び登場してもらい、鍵盤が底に到達するまでの指先の感じる微妙な感覚、弱音から強音まで異なるディナーミクによって手のひらが感じる緊張の変化などを確認し、最後に脱力した状態での高度な2音の同時打鍵を、ショパンの三度のエチュードで実際に練習。手のひらの脱力をはじめとするソアレス先生からのアドバイスは、この曲を学習する人にとって貴重な、示唆に富んだものでした。
続く第2部後半の公開レッスンでは、ショパンのエチュードを2曲ずつ、森本隼太君(中1、Op.10-5, 10-12)と谷 昂登君(中2、Op.10-8,10-4)が演奏。
技術面では、和音をつかむ時の脱力と小指を中心としたバランスの作りかた、ミスをしやすい広い音域のアルペジオに対してのポジション移動、手のポジションの安定を崩してしまう手首の誤った動作などについてのアドバイスのほか、体のシステムとしての屈筋と伸筋の相互関係についても触れられ、上半身においては腹筋と背筋のバランスの取れた姿勢が、長時間の演奏を考えた時に大切になることなども説明されました。
また、フレーズの中での音楽の動き、さらに緊張と弛緩・クライマックスなどを考慮した曲全体での構成など、技術的な側面を超えて、エチュードをひとつの楽曲として考えた上でのより音楽的で知的な要求に対しても、生徒さんたちは持ち前の知性と安定した技術力で応え、充実したレッスンが展開されました。
第3部は、まずソアレス先生が音楽教育に対する考え方やこだわりと言ったものを自由に述べられ、その後は、参加者の方々との交流を深めたいとの先生のご希望もあり、 時間の多くを会場の皆さんとの質疑応答に充てられました。
まず、ご自身の教育の目標は、ピアノを弾くことではなく「演奏」、つまり「芸術性」であり、そのために2部で説明された「音の循環」を基本としていることを、次いで生徒自身の意見を常に求め、生徒自身が最初から持っている欲求やエネルギーを呼び出し育てることの大切さ、指導者として体の動きから心の動きまで含めた生徒の状態を細かく読み取る観察力、教養、知識のなどの必要性を説明されました。
具体的な指導の内容としては、小さな子どもに対して、バーナムの小品を全調移調して弾かせることによる調性感(緊張感、音色の変化など)の習得、カンタービレの重視、手の形など技術的な基礎の必要性などについて映像を交えながら解説。また、コンクールを重視した結果、こうした基礎的な力が身に付いていない例を挙げられた上で、視野を広く持ち、教育全体を考えながら指導することの重要性、コンクールでの入賞ではなく、自身の演奏を完遂して満足感を得て次に進むことを演奏の「成功」と捉えるべきであることなど、内容の濃いお話を伺うことが出来ました。
続く質疑応答では、●実際の和声の指導法 ●バロック時代の美意識を学ぶ手段 ●指をあげる練習の目的などについて、会場から質問があげられました。
◆和声については、幼少期から遊ぶように一緒に弾きながら学んで行きつつ、 和声に対しての「意識」 を持たせ、自発的な学習に結びつけるのが大切であること、◆バロック時代の美意識については、ロココ様式による華やかな装飾を持つ建築や貴族の服装など、現代では手に入れやすい様々な視覚的な側面からの情報も、当時の人々の趣味や芸術的なこだわりを知る上で大きな手がかりになること、その上で、複雑な現代から比較して、バロックの音楽をただシンプルでドラマ性に乏しいと捉えるのは間違いであること、そして何より沢山の曲を勉強することでバロックらしいもの、そうでないものの違いが分かり、他の時代の様子も理解できる◆ 指上げの練習については、屈筋と伸筋とのバランスの大切さ、バッハでは離れた位置からのタッチも必要となることなど、各質問に丁寧なアドバイスでお応え下さいました。
また、演奏者などの名前についての質問もありましたので、第1部で聞き取り難かったと思われる演奏家の名前を補足させて頂きます。
チェンバロ奏者としてフェルナンド・ヴァレンティ(F. Valenti)、マリオ・ヴィデッラ(M.Vidella)、現代のピアニストとしてフリードリヒ・グルダ(F. Gulda)
限られた時間の中でしたが、ソアレス先生の目指される音楽教育像と、その根底を支える温かな人間性を垣間みることの出来た、すばらしい一日でした。
撮影:財満和音・末木裕美(正会員/演奏研究委員)
徹底研究シリーズ2017クラウディオ・ソアレス全3部の模様をパソコンやタブレット、スマートフォンで聴講することが出来ます(有料)。是非、ご自宅での学びにお役立てください。