2017年4月19日(水)10:30-12:30
会場:東音ホール
講師:上田泰史(うえだ やすし)
演奏:瀬崎純子、林川崇(Pf)、小高根ふみ(Vn.)、村上惇(Ten.)
《30のメカニスムの練習曲》作品849
《24の性格的大練習曲》作品692
《性格的序曲》作品54(連弾) ほか
ピティナ・ピアノ曲事典の副編集長をつとめる上田泰史先生の新刊「チェルニー30番の謎」(春秋社)出版記念セミナーが行われました。上田先生は東京芸大とソルボンヌ大学で博士号を取得し、19世紀フランスのピアノ教育に詳しい注目の若手研究者です。この日のお話は、最先端の音楽学研究の成果でありながら、たいへんわかりやすいものでした。
新刊「チェルニー30番の秘密」のなかでは、19世紀にポピュラーだった楽曲、すでに存在していた楽曲と、チェルニー30番との共通点を「様式」や「ジャンル」という視点からひとつひとつ解き明かしています。その共通点は、当時の耳で聴くことで、「あ、あの様式(ジャンル)だ」と、はじめて気づくことができます。たとえば「ジーグ」、パガニーニのヴァイオリン曲、ハイドンの弦楽四重奏曲、ドイツリート、ベートーヴェンの交響曲などと、チェルニー30番のなかの楽曲には驚くほど似た共通点があるのです。
それらのいわば「元ネタ」と30番の比較について、この日は瀬崎純子、林川崇(Pf)、小高根ふみ(Vn.)、村上惇(Ten.)という、2名のピアニスト、ヴァイオリン奏者、歌手の実際の演奏を交えながら、上田先生がレクチャーするという非常に豪華な内容でした。
例えばパガニーニのヴァイオリンから着想した練習曲については、小高根さんがヴァイオリンで弾きやすい調に移調して、ヴァイオリンでチェルニー30番の中の曲を演奏します。まさに超絶技巧を駆使したヴァイオリン曲のようです。これを知っているのと知らないのとでは演奏のイメージが全く変わってくるでしょう。30番をレッスンで使う指導者は是非知っておきたいところです。また、作曲家である林川さんが主に担当した珍しいレパートリー、たとえばラヴィーナの「12の様式と向上の練習曲」作品14などの演奏は、日ごろ聴き慣れない、19世紀の香りを色濃く伝える印象的なものでした。
実際の演奏を交えた「元ネタ」の考察に加えて、「メカニスム」という言葉についてのレクチャーもありました。上田先生はフランス語の発音に則してメカニ「ズ」ムではなく、メカ二「ス」ムという言葉を使いました。チェルニー30番の原題は「30のメカニスム練習曲」なのです。いま日本のピアノ教育では、よく「テクニック」という言葉を使いますが、純粋に指の動きや身体的な側面については「メカニスム」という用語のほうが適切かもしれないと、上田先生のお話を聞いて感じました。
詳細は上田先生の著書やピティナの連載「ショパン時代のピアノ教育」をぜひ読んでいただきたいのですが、少なくもチェルニー30番に関しては、メカニスム練習曲という題をつけておきながら、チェルニーがさまざまな音楽スタイルを覚えられるよう意図して書いたことがわかります。
セミナーのあとで伺ったことですが、ここまでの研究をしている上田先生ご本人はピアノを専攻したことはなく、趣味でサックスとギターを演奏するのだそうです。実技を専門しないからこそ、変な先入観なしに、客観的に分析ができる面もあるのかもしれません。19世紀のピアノ教育は、現代のピアノ教育のレパートリーや指導法、演奏法の基盤となっていながら、詳細については解明されていない部分も多々あり、これからさらに上田先生の研究成果に注目していきたいところです。