文・山本美芽(音楽ライター・ピアノ教本研究家 )
日程:11月25日
会場:カワイ表参道店
メシアンの弟子としても知られる藤井一興先生によるピアノ研究セミナー。藤井先生の愛弟子である三輪昌代先生が代表をつとめる表参道スマイルステーションの主催で行われました。今回は、ショパンのエチュード1‐5番(作品10)と、それと同じ調のバッハ平均律をあわせて演奏・考察するという大変興味深い取り組みです。
1 バッハ平均律BWV846/ 1番 ショパンエチュードop.10-1 C-Dur
2 バッハ平均律BWV865/ 20番 ショパンエチュードop.10-2 a-moll
3 バッハ平均律BWV854/ 9番 ショパンエチュードop.10-3 E-dur
4 バッハ平均律BWV849/ 4番 ショパンエチュードop.10-4
5 バッハ平均律BWV858/ 13番 ショパンエチュードop.10-5 Fis-Dur/Ges‐Dur(異名同音)
ショパンが毎日のようにバッハの平均律を練習していたことは有名です。
藤井先生は両者を弾き比べ、10‐1とプレリュードの1番は左手のバスがCで、右手が8分音符が拍の頭にあり、まず16分音符による一度の分散和音と、あまりに共通点が多いことを指摘されました。続けて弾きながら、和声や転調、不協和音など、アナリーゼをしつつ、「この不協和音程を感じて」など、音楽の構造からどのような音色、タッチ、バランスで弾くべきかを示しました。時々「悪い例」として、乱暴なタッチも演奏してくださり、それまでの雅やかで美しい響きとの違いにびっくりしますが、確かにそれがふだんよく聞く音であることに愕然とします。
バッハでも藤井先生は場所によって微妙にペダルを踏んでいました。
平均律4番のフーガの最後の部分ではソステヌートペダルを使って全音符が4小節続くタイを伸ばしていました。いったん弾いて減衰した音なのに、鍵盤を押し下げダンパーが解放されたままなので、他の倍音が鳴ると共鳴して再び鳴り始める。そのお話しのあとに演奏を聴くと、確かにそうなっています。惜しげもなく、5声の難しいフーガで美しい横の流れとハーモニーをつくりだす方法を披露してくださいました。
いっぽう藤井先生がショパンエチュードを弾き始めると、なめらかでスピードのある指はこびにうっとりと受講者たちが聴き入りました。10‐1のアルペジオを弾くときには、どの音が音階第何音か考え、倍音に気を付けながら強すぎず、弱すぎないバランスを追求して透明な響きを作るというお話がありました。
10‐2では右手首の振り方、腕のなかの「中身を変える」、腕から手をぶら下げる感覚、3の指のストレッチ方法など、まさにテクニックの奥義の連続。10‐3「別れの曲」では、31小節目、34小節目がエキエル版で音が変わっている問題について触れ、藤井先生がミラノでエキエル先生に直接お話を聞いたという驚きのエピソードが飛び出し、会場もしんと静まりかえりました。
10‐4でも指づかいやダイナミクス、ペダリング、いったん弱くするとよい箇所など、絶対に聞いておきたい話の連続。最後のダダーンという和音は「ワン・ドロップダウン・ツー・プレイ」といって腕を一度落とす動作で、鍵盤からの跳ね返りを利用して2音を弾くそうです。
最後にこんなお話がありました。
「様式は違いますが、ショパンはバッハをお手本にハーモニーを書いています。ショパンでもバッハでも、左手を聴くことが大切です。バスに"のせる"と転調しやすいし、ハーモニーの彫りが深くなりますね」
作曲家でもある藤井先生。楽曲の深い理解は、そのまま1音1音をどう弾くべきかの解釈に直結しており、驚くべきピアノの音色の美しさ、ハーモニーの立体感、それらが織りなす深い説得力に、ただただ、ずっと聞いていたい、もっともっと知りたいという強い思いがあとからあとから湧いてくるような、かけがえのない時間でした。
★次回、表参道スマイルステーションによる藤井先生のセミナー★
「藤井一興ピアノ研究セミナーVOL.4調性による色彩とファンタジー2」
2017.3.3(金曜日)
表参道カワイサロンパウゼにて10時半‐
ショパンエチュードとバッハの平均律の続きをとりあげる予定です。
※この日の講座はプロのカメラマンによってDVD収録されています。
2016年年末に完成の予定です。
ご希望の方は表参道スマイルステーション(090-5309-2076)にご連絡いただくか
こちらにメッセージ頂けますと幸いです。
olivier.messiaen1908-1992@jcom.home.ne.jp
やまもと・みめ◎音楽ライター、ピアノ教本研究家。東京学芸大学大学院教育学研究科音楽教育専攻修了。中学校(音楽)、養護学校にて教諭と勤務したのち、執筆活動をはじめる。
ピアノ指導者としても大学在学中から現在までレッスンを行う。「ムジカノーヴァ」「ジャズジャパン」等の音楽専門誌にて、国内外の一流アーティストに多数取材。
「もっと知りたいピアノ教本」(大半を執筆、音楽之友社)「21世紀へのチェルニー」(単著、ショパン)などを執筆、ピアノ教本についての研究をライフワークとして続け、
多くのピアノ教本の著者・訳者に直接取材した経験を持つ。中村菊子、呉暁、樹原涼子などピアノ教本の著者・訳者からは厚い信頼を得ている。2006年―2010年の間、
夫の転勤のためアメリカ・カリフォルニア州在住。州立シエラカレッジにて単位取得。アメリカのピアノ教本事情を研究。帰国後、2013年より著書「自分の音、聴いてる?」
(春秋社)をテーマにしたセミナー、また音楽指導者のためのライティングセミナーを全国各地で行う。音楽教育学の知識と、音楽ライターとしてプロの音楽家・教育者との膨大なインタビュー経験、
自分自身のピアノ指導・子育て経験、ピアノ学習、全国のピアノ指導者との密接な交流から得た現場発の問題点など、理論と実践を融合しながらピアノ教育が進むべき道を先導している。ピアノを多喜靖美氏に師事。
室内楽を多喜靖美、松本裕子の両氏に師事。2015年より「ピアノ教本、かしこく選ぼう」セミナーを全国で行う。あわせて指導者向けの「ライティングセミナー」、
参加者が実際に弾き合いながら学ぶ「ひきあいセミナー」なども開催中。オフィシャルサイト http://mimeyama.jimdo.com/
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