- 第7回
- 2016年11月8日(水)
- 林田 直樹先生
- 「聴く」のススメ
- 坂かず先生
第7回ワークショップはフリー音楽ジャーナリストの林田直樹先生をお迎えしました。インターネットラジオの「カフェフィガロ」で毎週日曜日クラシック音楽を担当する林田先生の語り口は明快で、刺激いっぱいの2時間でした。
最初に林田先生から会場の先生方へ「バッハ以前の音楽、オルガン曲、チェンバロ、フォルテピアノ、ジャズ、民族音楽、前衛音楽、オペラ」など多岐にわたる分野に対して「聴いたことがありますか」と質問がありました。会場の先生方がどの分野も網羅していることに林田先生は驚かれつつ、「音楽生活と食生活は似ている。同じものばかり食べずに野菜もお魚もお肉もバランスよく食べましょう」という言葉でセミナーが始まりました。
セミナーは「聴く技を高めるため」の27のポイントが書かれたレジュメに沿ってお話がありました。こちらでは、その中の印象的だったいくつかをご紹介したいと思います。
音楽を聴くときは、左右の耳だけでなく、皮膚や身体全体を使い空気の振動を感じることが大切。また利き耳ではないほうの耳を意識して音楽を聞くのは「聴く技」を高めるためにとても良い。
音の減衰、余韻とは。オーケストラでは特に顕著でドヴォルザークの新世界は最後の減衰の中に音楽の全てが存在するほど。またグールドは減衰を強く意識していたピアニストであり、ピアノでは不可能なビブラートを求めて鍵盤の隙間を広げたかったほど。これらのエピソードとともに、林田先生は「どう消えていくのかが音の美しさの根本だと僕は思う」そうおっしゃっていました。
熊川哲也さんは振付をするとき、音楽の裏側で動いている音に動きのヒントを求めるそうです。音楽を視覚化しているダンサーや振付師は素晴らしい音楽家であり、バレエをはじめとする舞踏を観るのは音楽の解釈の幅を必ず広げてくれる。
演出として雑踏の音をラジオでかけてみると、町の音も音楽になるものだそうです。生活のノイズ(雑音)は絶対除去できないものであり、逆に音としての「味」。
このなかで興味深いお話がありました。パリのソムリエから林田先生が伝授された、本当のワインの飲み方。コルクの栓を開けるときの音、グラスに注ぐときの音を楽しみ、色をよく観察し、香りを良く嗅ぎ、味わい飲む。そして最も大切なことは食事が終わり24時間経ち1週間たち、そのワインが体にゆっくり降りてくる感覚です。「これは音楽そのもの。五感を働かせて聴き(飲み)ましょう!」とおっしゃる林田先生に会場の先生も深く頷きます。
他にも聴く技として「倍音は香りと同様」、「聖なる時間を持つ」、「MP3を警戒せよ~圧縮耳からの脱却」、「前衛音楽を面白がる」などたくさんのお話がありました。
その後、会場の先生方もさすがに普段聞かないジャンルの音楽を何曲か聴かせていただきました。最初の曲「マンゾーニ<古今集による6つの歌>」はイタリア人が想像する絶望している日本人女性の姿や雪の中の幻想的な世界が声の多重録音で表現されている不気味な響きの日本語の歌です。「相当危険な前衛音楽でしたがいかがでしたか?」という林田先生の問いかけで我に返った先生方が次に聞いたのは西洋と非西洋のウード奏者とチェンバロ奏者が一緒に音楽を作っている「クープラン<神秘的な障壁>」。こちらは非西洋の響きがとても刺激的でした。その他、ジャズやオペラ、バレエなどの映像も見せていただきました。
最後に林田先生は
「このように、西洋の音楽とは全然違うところに一歩足を踏み入れてこそ、西洋音楽に戻った時に新しい発見がある。世界の中でヨーロッパ音楽がいかなる意味を持っているかは非西洋のものを聞くことで逆に認識できる。幅広いジャンルの音楽を聴いてみてください」と締めくくりセミナーは終わりました。
聴くということがどういうことなのか学ぶことができました。前衛音楽は遠近法の絵画のように聞こえ、私の耳に奥行きを与えてくれました。また韓国の曲、ジャズ、西洋と東洋の融合音楽、オペラなど普段聞かないような音楽を紹介していただき、最後のチャイコフスキーの「白鳥」を聞いた時の聴覚の抜け感に感動しました。それらの音楽を聴かせていただくことで自分が一方通行にしか音楽を聴いていなかったことに気づかせてくださったことに感謝します。このワークショップでは普段出会うことがない先生方から興味のあるテーマを学ぶことができて心躍ります。講座の余韻に浸りながら帰途につきました。
ワインのたとえがとてもわかりやすかったです。注ぐ音、色を見る、香りを嗅ぐ、飲み、体に降りる感覚を味わい、時間をかけて吸収させる。音楽も「その時」だけでなく、ふとした瞬間に受け入れるものが確かにあると思います。そして音楽は人生と同じ。一期一会、その音楽と出会う瞬間を楽しみ、心を開いていけば得るものがたくさんあるのだと思います。今日の林田先生の選曲もとてもよかったと思いました。特にマンゾーニの歌曲が印象的でしたが、日本的だったのか違和感なく受け入れられました。私たちのピアノを追及することはもちろん必要ですが、外側に目を向けて、身近になかったものを受け入れる器を育てていくことの大切さを学びました。