- 第4回
- 2016年7月20日(水)
- 広瀬 宣行先生
- 音律と奏法
~本来協和していない平均律の調律で、いかにして美しいハーモニーを作るかを考える - 坂かず先生
第4回音楽総合力upは広瀬宣行先生のレクチャーでした。トピックは「音律と奏法」です。配布資料には調律についての説明と数字の羅列。始まる前にはヒソヒソと「難しそう」という声があちらこちらから聞こえてきます。
レクチャーが始まると広瀬先生のお話、実際の音出し実験、プロ顔負けの歌声、時折挟まるギャグや脱線(!)。会場の先生方は広瀬先生に釘付けで頷いたり笑ったり。とても密度の濃い2時間を過ごしました。
現在私達の使っているピアノはオクターヴを12等分した「12平均律」という方法で調律されています。調律法の歴史に注目すると、ギリシャの哲学者そして数学者であるピタゴラス学派により展開された「ピタゴラス音律」、私達もよく耳にする「純正律」、「中間音律」などを経て、それぞれの長所短所が淘汰され現在の12平均律へと流れてきました。
「ピタゴラス音律」は完全五度の振動数の比率2:3を12回積み重ね、その結果ドから2オクターヴ上のシ♯へ行き着くと半音の幅の24%高くなってしまうこと、長3度や長6度の響きが悪くなってしまうことがデメリット。また「純正律」で調律された鍵盤楽器は転調への対応ができないことがデメリットとなります。「中間音律」は両者の短所を埋めるような立場で鍵盤楽器に適用しやすく、どこの長3度も純正に保てるメリットがありましたが、5度の響きに難があり、転調しずらいことがデメリットでした。そんな時代を経て私達の使っている「12平均律」へと行き着きます。
平均律ではオクターヴを12等分して全ての半音(100セント)を同じ幅へと統一します。この調律法は合理的なものとして扱われ自由な転調はもちろん、ドビュッシーやシェーンベルク等による12音技法も発案されることとなり音楽の発展に大きく貢献しました。が、純正律に比べ平均律では長3度が14セント広く、短3度は16セント狭く、完全5度は2セントであるが、やはりわずかに狭くなってしまうのです。
私達はその音のひずみを持つ12平均律で調律されたピアノを演奏しているわけですが、そのうねりをどう扱えばよいのでしょうか。広瀬先生が純正の響きと平均律で調律されたピアノの響きの違い意識をされたのは20歳の時。ピアノ三重奏がきっかけだそうです。弦の2人が作る音程がピアノが作るものとは全く違う世界だということに大きなショックを受けたそうです。
まずは純正律の響きを広瀬先生と一緒にいらしてくださった東京音大の学生さん3名と広瀬先生ご自身の合唱で聞かせてくださいました。純正律の澄み切った響きがとても美しく感動的でした。ハーモニーを作り上げていく上では絶対音感より相対音感が大切で、ほかのパートを聞きあってハーモニーを作っていくことの大切さがよく分かりました。
12平均律で調律されたピアノではピッチを合わせていくことはできないのか。広瀬先生の演奏とともに解説が続きます。ショパンは豊かな倍音の響きを愛し、そのうねりを利用して作曲していたことはノクターンの5番の最後などに特徴が見られます。ブラームスのラプソディー1番の消え入るような最後も倍音の響きを意識していることがわかります。倍音を聞けている演奏者の音はすぐわかる、そう広瀬先生はおっしゃっていました。倍音がわかると演奏は面白い、響きの中に溶け込む音を探し、耳の中にある残像を良く聞くようにと実際に音を出しながらの説明に会場の先生方は引き込まれていました。
ピカルディー終止についても興味深いお話がありました。短調の主和音の短3和音の第3音は自然界には存在しない人工的な響きであり、その緊張感から解き放たれて神様にかえりたがるのが長3和音なのではないか。このお話は特に印象に残りました。
平均律で調律されたをピアノを弾くときは、バスの音から生まれる倍音を聞き、純正の響きを耳の中に持って演奏することで、逆に平均律から生じるひずみが適度なビブラートとなり音にあたたかみがでるのではないか、広瀬先生のおっしゃることに会場の先生方は大きく頷きながらレクチャーが終了しました。
そして、レクチャーの後は夏休みの前のお楽しみ、懇親会です。メディア委員長の武田真理先生もいらしてくださり、今日の講座の感動を分かち合いました。その後は、美味しいお料理と共に広瀬先生と学生さんを囲んでの立食パーティー。先生方も今日のレクチャーについてお聞きしたいことは尽きず質問攻めでした。少し落ち着いてからの会場の先生方の一言コメントでは、恒例の時間オーバー続出。お互いの今日の感動と興奮を分かち合い大盛り上がりで懇親会が終わりました。次回は夏休み明けの9月。元気にまたお会いしましょう。
平均律、純正律、その他のさまざまな調律法...に興味があり、いろいろな本を手にとってはみるのですが、数字やグラフのオンパレードにいつも挫折していました。それを今日は実際の声のハーモニーや、調律の実験の音源で聞かせていただき、純正律の溶け合う響きなどを体感することができ、感激でした。自然の響きにはない短調の持つ緊張感、その終わりに来るピカルディ終止の意味。ショパンが平均律のうなりを利用して作っていたこと。譜面の音をただ追っているだけでは表現しきれない、響きからのアプローチに目からウロコでした。同じハーモニーでもメロディーが第3音から、第5音から、さらにテンションから、と始まりの音が違うことで心持ちが違うような気がしていましたが、そのことにも合点がいきました。そしてピアノの弱点のように思っていた平均律も、その特徴を理解し、演奏の工夫によって、ピアノならではの魅力的な響きを作ることができる、というメッセージに非常に勇気をいただきました。
東京音大付属高校で教えていらっしゃる広瀬先生は話が分かりやすく、付属高校の生徒になりきってお話をお聞きしました。ピアノが弾ける、歌が歌える、作曲の知識がある広瀬先生から、音楽が総合芸術だということを感じました。
4人の合唱はお互いの音を聞き合いながら作り出す純正律の響きが素晴らしく、東音ホールが響きに包まれ、まるで教会に行った気さえしました。お互いの声を聞きながらハーモニーを作り上げるということは、私達がピアノに向かうとき、ベースに耳を傾けて、そこから自然発生する倍音の響きを感じてメロディーをのせていくことと共通することがわかりました。また新しい音楽の楽しみを教えていただきました。ありがとうございました。