エディションの違いで読み解くショパンの音楽
2015年11月27日 於:東音ホール
文・写真 山本美芽(音楽ライター)
エキエル版がいいと聞くけれど、ヘンレ版やペータース版は? パデレフスキ版、国内の音友や全音は? たくさんのエディションがあるショパンの楽譜。長年にわたってショパンのエディション研究をしてきた、岡部玲子先生の出版記念セミナーが行われました。
セミナーではまず、なぜショパンの楽譜はエディションによって違いがあるのか、次に挙げる3つの理由について解説されました。
「ショパンが生存中に自分で出版した作品の大多数は、フランス、ドイツ、イギリスの3ヵ国から、ほぼ同時に出版され」「3ヵ国から初版が出版された時点で、3つの初版のあいだにすでに細かい違いが生じていたのです」。
「初版が出版されたあとも、ショパンは弟子のレッスン中に改変を加えることがありました」「のちのエディションではそれらの書き込みも参考にして楽譜が作られています」
「ショパンの死後、19世紀後半から20世紀前半にかけて各地で出版された楽譜の校訂者たちは、ほとんどが偉大なピアニスト、作曲家、教育者でした。彼らは自分の解釈や演奏上の助言を、ショパンが書いたものと区別しないで楽譜上に印刷しました。時には改変まで行いました」
- 以上「」内はすべて、「ショパンの楽譜、どの版を選べばいいの?」(岡部玲子著 ヤマハミュージックメディア)より引用。
こうした理由から、原典版を作ろうとしても難しく、大変複雑な状況になっています。岡部先生は、長年の研究から、現在出ている原典版のヘンレ、ペータース、エキエル、それぞれの違いや、レッスンに直結する問題をいくつか取り上げ、本の内容を実際に演奏しながらレクチャーされました。パデレフスキ版は原典版に含まれないという点も印象的でした。
さらに遺作については、また別の問題があります。Op.66以降の作品番号の付いた遺作、特に「幻想即興曲」などは一般によく知られていますが、 実はショパンの死後にフォンタナにより出版された曲で、フォンタナによる付加・改変が行われています。この問題についても研究が進んでおり、最新の原典版ではどのように扱われているのか、お話がありました。
街のピアノ教室で趣味でショパンを弾く子どもたち全員が、原典版を買うのは現実的ではないかもしれません。しかし最新の研究によって生まれた原典版を見ると、普及していた楽譜とは明らかに違う音になっている箇所が出てきています。この現状について、教える側の先生は知っておく義務があると感じました。少なくとも、コンクールや受験など、公式な場で演奏するときは原典版の使用を検討したほうがよいのではないでしょうか。
いまある原典版に加えて、さらにベーレンライター社でも今後いくつかの曲集について出版の計画があるそうです。各社の最新の原典版を詳細に比較検討してみたいと思いました。
常磐大学人間科学部教授。お茶の水女子大学ピアノ専攻卒、同大学院修士課程ピアノ専攻および博士課程修了、ショパンのエディション研究にて博士号取得、博士(学術)。ピアノを故遠藤秀一郎、山田富士子、室内楽を瀬戸瑤子、音楽学を故大宮眞琴、 徳丸吉彦の各氏に師事。茨城県芸術祭特賞。コンセール・アミ奨励賞。リサイタル、協奏曲、室内楽等の演奏活動の他、ショパンに関する執筆多数。各種ピアノコンクール審査員。PTNA正会員、メディア委員、solaステーション代表。