日程:2013年11月6日 / 会場:ヤマハミュージックアベニュー横浜
3回の連続セミナー「聴く力を育てるピアノレッスン」も、いよいよ最終回。
まず山本先生が取り出したのは、ご自身が執筆したフュージョン・バンド、T-SQUAREの今年のツアー・パンフレット。
「今日のテーマ、ニュアンスに深く関わる話が載ってるんです」。
バンドのメンバー達が、いかに音色に情熱をかけているか、が紹介された。
あるサックス奏者は、ステージ前、全神経を集中して、よく鳴るリードを"選ぶ"。
別のサックス奏者は、選ぶ際には悩まず、鳴りやすい状態になるよう、細心の注意を払って"育てる"。
演奏中も、あえてピッチを他の楽器と微妙にずらすこともある。
こだわりの結果を、CDで聴いた。
彼らが追及しているのは、正確さではない。音楽的であることだ。
様式が重視されるクラシック音楽のレッスン現場は、楽譜を追うだけで精一杯になりがちである。
先生も生徒も、忠実かどうか、正確かどうか、に意識が向かいやすい。
もし音楽の目指す先が正確さだけであるなら、人間が演奏する意義はないだろう。コンピューターにお任せすればよい。
なぜ人間は、人間の演奏する音楽を求めるのか?
楽譜には記載できないもの。ニュアンスに惹かれているのではないか?
ここでワーク。
「自分のレッスンでは、これがニュアンスの指導に該当するのでは?」という情報をシェアし合う。
タイミング。テンポ感。音量バランス。フレーズ感。響き。
気持ち。イメージ。色彩感。陰影。グラデーション。コントラスト。
ニュアンスは、魅力的な演奏と、退屈な演奏の分かれ目として大きく関わるのだ。
正確には弾けるものの、ニュアンスが表現されない生徒に、どのようにアプローチするか?
まずはジャズピアニスト、小曽根真のCDを聴き比べる。
20代の頃の演奏と、クラシックを学んだ後の演奏で、印象がどのように違うかを話し合う。
余談ではあるが、小曽根さんはクラシックを学ぶために、仕事を休んでイーストマン音楽院に留学し、その間はいっさいジャズを弾かずに、チェルニーやバッハの平均律、ショパンのエチュードなど基礎から徹底して学んだ。それまでジャズで弾いてきたノン・レガート奏法と、クラシックのレガート奏法との折り合いには苦心したという。
紆余曲折を知った後では、更に音色から深みを感じ取れる。
ニュアンスを聴き取れる耳、それを解説できる言葉も、指導者としての重要な力量だろう。
生徒への最もシンプルなアプローチとして紹介されたワークが、「名前の呼び掛け」。
優しい呼び方、悲しい呼び方、たしなめる呼び方、など生徒の名前に様々な気持ちを込める。
口にするのは名前だけなのに、伝わるものが変わるのだと、瞬時に理解できる。
逆に、先生や家族の名前を生徒に呼ばせるのも効果が高そうだ。
1つの曲を、「上手いバージョン・下手バージョン」で弾いて聴かせる。
『ブルグミュラーでお国めぐり~素直にはずんでカーニバル』(後藤ミカ)や、
『アラベスク』(ブルグミュラー)『スペインのダンサー』(バスティン)など、受講生も参加しての実演が披露された。
正確さだけを追及する演奏と、ニュアンスを追及する演奏の違いが表れているハイレベルさに、感嘆の声が漏れた。
弦楽器とアンサンブルする。
受講者の中に、演奏活動をなさっているバイオリン講師がいらしたため、山本先生の依頼により、弦楽器との合奏体験も実施された。
教材は『室内楽はじめの一歩~ブルグミュラー編~アラベスク』。
非常に慣れた曲にも関わらず、いつもとは違うオブリガートが聴こえ、耳が戸惑う。意識が"聴く"ことに集中せざるを得ない。
資料映像からも、弦楽器の演奏をトレースすることで、ニュアンスを吸収できると実感出来た。
音楽ライターである山本先生。
一流ミュージシャンにインタビューすると、
「大物と一緒にどれだけ出来るか」「良いインプットがどれだけ出来るか」
「引き出しをどれだけ多く持てるか」などの話題が、年中出てくるそうだ。
限られたレッスン時間の中で、音楽的なインプットに時間を割く、というのは判断に迷うところもあるが、ニュアンスの改善には大いに有効なのだ。
私自身も、師と連弾すると、"聴く力""表現の感性"などが高まるのを感じる。
連弾教材やアンサンブル教材を活用したり、ソロ曲を右手担当・左手担当に分かれて連弾したりと、まずは最も身近な"上手な人"である先生と演奏する機会を多く設けることで、生徒のニュアンスは向上するだろう。
その先には、ピアノ・ソロに限らない、音楽の楽しみが無限に広がっている。
ニュアンスは、演奏者同士、または演奏者と聴き手の共感だ。立場の枠を越え、人と人として心を響き合わせられる、音楽の最も魅力的な要素と言える。
「相互作用」「内的聴覚」「ニュアンス」。
この3つを網羅することが、ピアノ教育界における【21世紀型教育】である。
音楽ライター。東京学芸大学大学院教育学研究科修了。音楽誌ムジカノーヴァに連載執筆中。
これまでに国内外の主要なピアノメソッドの著書・訳者、ピアニスト、演奏家、ピアノ指導者など、100人以上に直接取材を行う。
最新刊は、「自分の音、聴いてる? 発想を変えるピアノ・レッスン」(春秋社)。 2013年よりセミナーを本格的に展開。2人~3人組に分かれて意見を話し合い、発表して深める「グループワーク」を必ず取り入れている。ライターとして培ったインタビューの手法を応用し、受講者と対話しながら視点を深める形式は、参加者から「客観的な視点が持てるようになった」と強い支持を得ている。
2014年より、神奈川県相模原市の自宅にて、横浜セミナーでレクチャーした「自分の音、聴いてる?」について、改めて1章ごとに詳細解説する定員7名のホームセミナーを毎月行う予定。募集は、無料メールマガジン「音楽センスを伸ばしたい!」、オフィシャルサイトにて。
facebook、twitterでも発信中。